第3章 第2話「殻(シェル)と内力(リソース)って何だ?」

 アレンたちが村に入ろうとすると、ナタリーと同じような見た目の人々が数名現れ、道を塞いだ。皆、剣や槍などで武装し、険しい表情をしている。


「おい、ナタリー!どうして猿人など連れてきた!」

「驚かせてすまない。だがこの者たちは、猿人ではない。人間というらしい」

「人間?そんなこと信じられるか。猿人は頭が回り、嘘つきだ」

「彼らは敵ではない。その証拠に、見ろ、そこの同朋を」


 タイガはアレンの傍で、いつ襲い掛かられても大丈夫なように身構えていた。アレンはタイガの背を撫でながら声をかける。


「タイガ、たぶん大丈夫だよ。ナタリーさんが説明してくれる」

「そうか。わかった」


 タイガも警戒を解いてアレンの横に座った。


「……確かに、敵対している者にこのような態度を取ることはない」

「あの猿人も、同朋に危害を加える気配はないな」

「と言うかあの同朋、言葉を発しているぞ」


 狼人たちはひそひそと話している。そしてこの村でも、言葉を話す暴狼バーサクウルフは珍しいようだった。


「……すまなかった。非礼を詫びよう。

 そして暴狼人族の村へようこそ。我々は君たちを歓迎する」


 リーダー格の男はそう言って、頭を下げた。


「いえ、危害を加えられたわけではありませんから。こちらこそ、ありがとうございます」


 アレンも頭を下げるのを見ながら、ナタリーが言う。


「さあ、今夜は宴にするよう村長に伝えておこう。アレンたちは、それまでしばらく私の家で休んでおいてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 アレンたちはナタリーの家に通され、しばらく休息をとるのであった。



 その夜。

 村の真ん中の広場には大きめの焚火が炊かれ、それを囲みながら、五十人ほどの暴狼人が集まっていた。アレンたちもその中心部に招待されている。


 村長らしき少し年老いた暴狼人族が叫ぶ。


「皆よ!

 今日は久しぶりの客人じゃ!ささやかながら歓迎の宴を催そう!心行くまで楽しむがよい!」

「うおお!」


 村長の号令に暴狼人たちが叫び、一斉に肉に齧り付いた。


「さあ、アレン殿たちも召し上がってくだされ」

「は、はい!」


 村長に促され、アレンも大きな肉の塊に口をつける。


「くっ、でかい!」


 しかし大きすぎる肉は、噛み切るのもなかなか大変だ。


「おら、食うぜ!」


 ヨウダイは、いつもの上品な食事作法を捨て、大きな口で肉の端をかじる。


「モグモグ……ほういうのもはまにはふぁるふない(こういうのもたまには悪くない)」


「ふん」


 ドラコは構わず肉を食い千切りながら、いつもと変わらない様子だ。


「えい!」

「わっ、先輩すごい!私も!」


 ソニアとレナも意を決して肉に齧り付いた。


「あはは先輩、口の周りがタレでいっぱいですよ」

「そういうレナちゃんこそ、鼻の頭」

「えっ……わっ!」

「ふふふ」


 女子二人も楽しそうだ。


 タイガもがつがつと肉に嚙り付いていた。


「おいしいかい、タイガ」

「ん、量が多くてうれしい。味はまあまあ」


 いつでも正直なタイガである。

 こうして、アレンたちは食事を楽しんだ。



「……では、気付いたら森の中で、このサバンドールについては何も知らないと」

「はい。失礼ながら、あなた方のような獣人の皆さんにも初めて出会いました」


 村長と話すアレン一行。


「逆に我らも、人間という種族は知らぬ。アルトリアという地名もな。すまないことだが」

「いえ、仕方ありません」

「でも実際、これからどうするよ?」

「そうね……家にはもう、帰れないのかしら?」

「えっ、そんな!」


 ヨウダイたちは、あまりの情報のなさに、途方に暮れつつあるようだ。しかし、アレンには考えがあった。


「遺跡を探したらどうだろうか」

「遺跡?」

「うん。あのとき、転移装置から聞こえてきた声。最後に、「転送ポイントにズレが生じました」って言ってたでしょ?」

「えーと、確かにそんな気がするな」

「よく覚えていたわね」

「ポイントがズレたってことは、逆に言えば、正しいポイントがあるってことだ。

 俺たちが使ったことのある転移装置は、必ず装置同士を行き来するだろう。

 先生の話だと、転移装置は古代文明の技術の転用ってことだったし、おそらくこちら側にも本当は転移装置があるんじゃないかな」

「じゃあ、それを見つければ!」

「ひょっとすると、元の装置があったところに戻れるかもしれないってことね!」


 アレンの提案に、ヨウダイたちも納得する。


「そういうこと。

 村長さん、この辺りで、古代文明の遺跡に心当たりはありませんか?」

「ふむ……最近我も年で、あまり出歩かんでの。ナタリー、どうじゃ?」

「遺跡なら、いくつか知っている。ここからなら二つほど心当たりがあるな」

「それじゃあ!」

「ああ。今日は遅いから、明日明るくなったら訪ねてみるとしよう」

「ありがとうございます!」


 とりあえずの今後の方針が決まり、ホッとするアレン一行。


「ただ、遺跡までの森は、安全というわけではないぞ。まあ、君たちなら何とか耐えきれるだろうが」


 そう言ってナタリーは、アレンたちを眺める。


「……それにしても、君たちは、なかなか歪というか、もったいないな」

「こりゃ、ナタリー!客人になんてことを!」

「でも村長も、気になるでしょう?」

「まあ気持ちは分からんでもないが、初対面の方々に言うことでもなかろう」

「でも、彼らが安全に家に帰るには、戦力は少しでも高い方が……」


 突然意味不明の会話を始めたナタリーと村長。

 置いてけぼりを食らうアレンたち。


「あのう!俺たちがもったいないって、どういうことですか?」

「ああ。特にアレン、ヨウダイ、ドラコだな」

「ん、俺?」

「どういうことだ?」


 ヨウダイとドラコも反応する。


「そうだな……まずはヨウダイ。

 君は、剣を使うようだが、槍の方が得意だろう?」

「何!?わかるのか?」

「ああ。シェルから出る内力リソースの量が、槍の穴からたくさん出ているからな。

 剣もそれにひっ迫するくらいだが、槍を一切使わないことには少し驚いたぞ」

「うん、何を言っているのか、全然わからん!」


 ヨウダイは開き直ったかのように叫ぶ。


シェル内力リソース?」

「何だ、知らないのか。

 内力リソースはすべての力の源。シェルはそれを覆う外殻だ」

「いや、それでもわからないっすよ」

「んー……まず、これらは目に見えるものではない。

 我ら暴狼人族バーサクウルフぞくじんは特に内力リソースの扱いに長けた種族で、口で言うのは難しいが、自他ともにそれを感知することができる」

「はあ……」

「生き物は皆、体内から内力リソースを引っ張り出して生きている。

 内力リソースを覆っている殻、容器がシェルだ。

 シェルには無数の穴が開いており、内力リソースシェルの穴というフィルターを通ることによって、様々な力に変化する。

 運動能力を上げる穴、計算能力を上げる穴、といった具合で、本当に色々だ。

 そしてヨウダイ、君は槍を扱うための穴が一番大きく、たくさんの内力リソースを引き出すことができる。しかし、剣の穴もある程度は大きく開いていて、ある程度内力リソースを引き出せるから、剣でもそれなりには戦える」

「……」

「剣の穴をそれだけ大きく開けるには、相当修練を積んだんだろう。それは称賛に値する。

 ただ、槍もしっかり扱えるはずだ。

 そして、剣や槍といった、同種だが別物の穴が、両方ともそれだけしっかり開くことは少ない。剣と槍の両方を使えば、唯一無二の戦士になれるかもしれない。

 なのに剣一辺倒の様子だから、もったいないと言ったのだ」

「……なるほど。理屈は未だによくわからんが、言いたいことはわかったよ。

 ありがとう。ちょっと考えてみたい」


 ヨウダイはそう言って、目を閉じた。


「次は、ドラコ」


 ナタリーはドラコの方を見る。

 しかし、何故かとても厳しい表情でナタリーを睨みつるドラコ。


「……ドラコは、どうやら掴んでいるようだな」

「ああ。シェル内力リソースという言葉や概念については初めて耳にしたが、おそらく何を言いたいのかは分かる。しかし、こちらにも都合がある、とだけ伝えておこう」

「分かった。無理には語るまい」


 ナタリーの方はあっさりと引き下がった。


「ちょっとドラコ、どういうことよ?」


 ソニアが言うも、


「……すまない」


 ドラコも口を噤んでしまった。


「まあまあ、言いたくないことは無理に言わなくていいよ」


 アレンが窘めたところに、ナタリーが言う。


「そしてアレン。

 君は、もっと複雑だ」

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