第3章「サバンドール地方 突然の別離」

第3章 第1話「初めての獣人」

 青い体毛に覆われており、普通の狼よりもやや長めの耳。

 そこだけを見れば、タイガにそっくりだ。


 しかし、近づいてくるのは、服を着て、二足歩行をしている狼。


 互いの姿がそれぞれはっきり目視できる距離になると、その異様さは明らかになる。

 よく見ると、美しいコバルトブルーの髪の毛は長めに伸びて後ろで束ねており、胸部の膨らみやしなやかな手足から、おそらく女性であることが見て取れた。

 背丈は百七十センチほどで、一般的な人間の女性で言うと、かなり長身の部類だが……。



「何だ、あれ……」


 ヨウダイが呆然と言う。


 しかしその狼人は、


「また同朋を殺めるつもりか!」


 そう叫び、剣を抜いてこちらに襲い掛かってきた。


「あぶねえ!」


 狼人がアレンに切りかかるも、間一髪、ヨウダイが自身の剣で受け止める。


「いきなり何すんだ!」

「問答無用!同胞に危害を加える奴は許さん!」


 ヨウダイが抗議するも、狼人はそう答えて、剣を振る。


「おい……何だってんだ」


 訳も分からず受けるしかないヨウダイ。


「ちっ!【蛇剣じゃけん】!」


 狼人が叫ぶと、急にその太刀筋が変化した。


「くっ、何だ、曲がる!」


 今まで直線的だった剣が、まるで蛇のようにぐねぐねと曲がりながらヨウダイに迫る。ヨウダイは必死で受け続けるも、足がずりずりと後ろに下がっていく。




「ぬん!」


 その横から、ドラコが殴り掛かった。


 しかしその動きも読まれていたのか、狼人はひらりと身を交わし、すれ違いざまにドラコの腕を切りつけていく。


「チア!」

「何だと!?」


 ドラコはそれを筋肉で無理やり受け止めた。

 そして片方の手でパンチを繰り出しすも、狼人には避けられてしまう。しかし、


「くっ、抜けない!」


 ドラコは筋肉を締めて剣を固定してしまっていた。たまらず距離を取る狼人。



「ドラコ先輩!」

「レナちゃん、ドラコに【治癒ヒール】を!軽くでいいわ、止血をイメージして!」

「はい!【治癒ヒール】」


 レナがドラコに駆け寄り回復魔法をかけると、その傷が塞がっていった。


「すまない」


 短く礼を言うも、狼人から目線は切らない。


 改めてアレンたちと狼人が相対した、その時。




「クオオオ!」


 空から甲高い鳴き声と共に、鳥の群れが現れた。


「何だ!?」

「こっちに来るわ!」

「くっ、イビルバードか!」


 翼を広げた全長はそれぞれ約一メートル。茶色の羽に赤い目をした鳥たちが、アレンたち目掛けて飛んでくる。


「みんな、鳥たちに備えるんだ!」


 アレンが急いで全員に向かって叫ぶ。ヨウダイとドラコは、戦闘対象を狼人から鳥の群れに切り替えた。


 しかし、


「キャア!」


 鋭い嘴と爪を武器に襲い掛かる鳥たちの猛攻に、レナが耐え切れず悲鳴を上げる。


「レナ!」


 アレンは叫ぶので精いっぱいだ。


「ガウ!」


 タイガがすかさずレナの方へ走り、襲い来る鳥たちに向かって飛び込む。牙で鳥の一匹を捕まえ、容赦なく喉を食い千切った。絶命した鳥を放ると、まだこちらを伺う鳥に向かって、威嚇の姿勢を取る。


「グルルルル……」


「タイガ君、ありがとう!」

「タイガ、よくやってくれた!」


 レナとアレンが叫ぶ。


「気を付けて!大きいのが行ったわよ!」


 何とか鳥の攻勢を凌いでいたソニアが、大声で皆に告げた。


 周りの鳥たちの三倍はあろうかというような大きさの鳥が、上空から一直線に下りてきている。


「やべえ!でかいぞ!」

「レナとタイガの方へ向かってる!」


 ヨウダイとアレンが叫ぶも、ドラコ含め、鳥たちに邪魔されてレナたちの援護に向かうことできない。


「ガア!」


 タイガは、高速の襲撃を受け止めようと構えた。

 


 あわや激突のその瞬間。



 ガキン!と金属音がする。


 狼人が、大きな鳥の嘴を剣で受け止めていた。


「【蛇剣】、百々蛇どどへび!」


 曲がりくねった剣筋が四方八方から襲い掛かり、巨大鳥はその場に落ちた。



「……助けてくれたのか?」


 アレンが呟く。

 ボス鳥がやられたからなのか、他の鳥たちも戦闘を諦め何処かへ飛び去って行った。



「待って!様子が変よ!」


 ソニアは狼人に駆け寄る。


 狼人は太ももを抑え、蹲っている。額には脂汗をかいていた。


「くっ、爪の一撃が掠ってしまった……不覚……」

「これは……毒ね。【解毒】ディポイズン


 ソニアが解毒の魔法を唱えると、ヨウダイが言う。


「おいおい、こいつ、俺たちに襲い掛かってきたんだぞ。回復しちゃって、大丈夫かよ」

「何よ、タイガ君とレナちゃんを守ってくれたのよ。それに私は、救える命を見殺しになんてしたくない」


 ソニアが返すと、


「……もう大丈夫だ。すまなかった。

 こちらに戦闘意志はない。すまないが、剣を降ろしてくれないか」


 狼人が両手を上げて言った。


 迷ったようにアレンを見るヨウダイとドラコ。


「……わかりました。こちらも武装を解きます」


 アレンがそう言うと、ヨウダイとドラコはそれぞれ脱力した。


「いきなり襲い掛かってすまなかった。

 猿人族えんじんぞくは同朋を殺して牙を奪うから、てっきりその類の者たちかと」

「わん。ちがう。

 アレンたち、仲間」

「そうです。タイガは大切な仲間だ。殺したりなんてしません」


 タイガとアレンが言うと、狼人は目を丸くする。


「そうなのか。そんなことがあるのだな」

「大体、エンジン族って何だ?」


 ヨウダイが言う。


「猿の系統の獣人のことだ。お前たち、猿人族ではないのか?

「獣人……俺たちは人間といい、獣人ではありません。というか、獣人を見るのも初めてです」

「何だって?ニンゲンとは何だ?」

「人間は……」


 アレンはそこで言葉に詰まる。


『とりあえず、ここはどこか確認したらどうだ?』

「そうだ!

 俺たち、リッツの街から急に転移してここに来てしまったんです。ここはどこですか?」

「リッツ……?聞いたことはないが。

 ここはサバンドール国の、恵みの森だ」

「サバンドール国?……俺たちは、アルトリア国民です」

「アルトリア?知らないな」

「ええ!?」

「まあひとまず、私たちの村に来るといい。客人としてもてなそう」


 狼人の提案に、逡巡するアレン。


「……少し相談してもいいですか?」

「ん?構わんよ。もちろん危害を加えるつもりはないぞ。少し外そう」


 狼人が少し離れたところまで歩くのを確認すると、アレンは皆に問う。


「みんな、どうする?」

「いきなり襲い掛かってこられたからなあ、しかも強い」

「ああ。まだ本気を出してはなさそうだったしな」

「でも、もう戦う気はないって言ってくれたわよ」

「……と言うか、ここは本当にどこなんしょう?アルトリアを知らない人なんて、いるんですね」

「逆に俺も、サバンドール国なんて聞いたことない」


 そこで裕也が口を挟む。


巨壁ジャイアントウォールの向こう側、じゃないか』

『えっ!?』

『俺たちは遺跡から転移してきたんだ。原因は分からんが、おそらく遺跡の転移装置が復活したんだろう。

 先生が言うには、遺跡を作った古代文明の水準は今よりも高いそうじゃないか。巨壁ジャイアントウォールを超える手段を持っていたとしてもおかしくはない。そう考えると、お互いの国の見当もつかないこの状況も説明がつく。

 あと、壁の色もこの前見たのとは違ったしな』

『……』


 アレンはしばし呆然とする。


「どうしたのアレン、黙っちゃって?」


 ふと我に返ると、レナが心配そうにアレンを覗き込んでいた。

 アレンは裕也の考えを皆に伝える。


「……俄には信じられん」

「でも、確かにありえない話じゃないと思うぜ」

「と言うか、それならなおさらどうやって帰るのよ」

「そうだね。

 ひとまず、やっぱりあの人の村ってところに行ってみようよ。情報を集めないことには、どうしようもない」


 アレンはそう結論付け、狼人に声をかけた。


「そうか。

 村までは歩いて一時間ほどだ。それほど危険はないが、さっきのイビルバードみたいな例もあるから、警戒だけは怠らないでくれ」

「はい、ありがとうございます」

「それと自己紹介がまだだったな。

 私は暴狼人族バーサクウルフじんぞくのナタリー。君たちは?」


 軽く自己紹介するアレンたち。


「では、行こう」



 ナタリーの案内で、アレンたちは歩きだした。


「あなたは暴狼バーサクウルフなのですか?」


 道中アレンが尋ねる。


「ん?暴狼バーサクウルフはそこのタイガ君だろう。

 暴狼人バーサクウルフじんは、暴狼バーサクウルフから進化した種族だよ」

「じゃあ、猿人族っていうのも?」

「猿から進化した種族だな」

「他にも獣人はいるんですか?」

「ああ。獅子ライオン族とか、縞馬族とか。

 大概の動物は進化して獣人になった。進化せずに動物のままの同胞も残っているがな。それはどっちが悪いとかではなく、生き方の問題だ」


 そんな会話をしながら歩を進めていくと、


「……しっ。隠れろ」


 ナタリーが促す。


 道から外れて木の陰に身を隠すと、程なくして、武装した一隊が通り過ぎて行く。

 直立で二足歩行している点はナタリーと同じ。違うのは、見た目が明らかに猿であった。

 ゴリラやオランウータン、チンパンジーなど、見た目は色々だったが、全員猿の系統の獣人のようだ。全部で十人程度いた。


 アレンは小声でナタリーに問いかける。


「あれが?」

「ああ、猿人族だ。

 先ほども言ったが、奴ら、私たちの同朋である暴狼バーサクウルフの牙を、宝として集めている。

 もちろん私たちも動物は殺すし、守りたいと思うのは同朋だけだ。食べられたり、災害が原因で死んでしまうのは仕方がない。

 だが奴らはそうじゃない。私利私欲のために同胞を殺されるなど、許すことはできない」



 やがて猿人達の部隊の姿は見えなくなり、そこから三十分ほど更に歩く。やや開けたところに、木を組み合わせて大きな葉っぱで覆った家が何件も見えてきた。


「ようこそ、私たちの村へ」


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