第2章 幕間

第2章幕間「仲間たちの日常」

 レナが転入してきてから一週間後、強盗事件の起こる一週間ほど前の、ある日。


 アレンはヨウダイから呼び出しを受けていた。


『大事な話があるって言ってたけど、何だろう?』

『さあな』


 夕方になり、寮の部屋から出て多目的室に行くと、ソニアが本を読んでいる。


「やあ、ソニア。勉強?」

「ええ。ビスタ先生から、医学系の本を何冊か借りたの」

「休みの日でも勉強なんて、偉いね」

「私が目指すのは治癒医師だから」

「治癒医師?治癒術師とは違うの?」

「ええ。病気や怪我を治すには、二つの方法があるでしょう?魔法で治すか、医学的に治すかよ」

「うん。ただ、治癒魔法が使える人は少ないから、ほとんどの場合は薬や手当で治すよね」

「そう。薬や手当などで治すのが、医学的に治すってこと。その専門家が医者ね」

「でも、魔法で治した方が便利だし、症状が重い人でも治せるんじゃないの?」

「その通りよ。魔法での治療を専門にするのが治癒術師」

「そうだよね。治癒医師っていうのは?」

「魔法と医学の両方からアプローチする癒し手のことよ。

 治癒魔法は確かに便利で協力だけど、いくつかデメリットもあるの」

「デメリット?」

「ええ。

 まず、治癒術師の中には、医学的知識が少なすぎて、適切な治療ができていない人もいる。

 その場で最適な治癒魔法を選択したり、適切な強さでかけたりするには、医学的な診断技術が必要よ。でも、治癒魔法は貴重な【才能タレント】だから、そういった知識がなくても、使い手は重宝されてしまう。結果、本当に適切な治療ができない治癒術師でも、それなりの地位を得てしまうという現状があるわ」

「げっ、そうなんだ。俺も気を付けよう」

「それに、治癒術師は本当に少ないから、継続的な治療を受けることは難しい場合があるわ。だけど、魔法に頼らないといけないから、自分で治療を続けていくこともできない。

 医学なら、魔法ほどの技術は要らない。軽い持病やリハビリだったら、むしろ医学的アプローチから治療して、患者さんが家に帰っても自分で治療を継続できるように指導してあげる方が、よい場合もある」

「なるほど、確かになあ」

「そういうわけで、私は治癒魔法と医学、両方を扱える治癒医師を目指しているの。

 ……まあ、治癒魔法の方の適正があまりないから、そうせざるを得ないんだけどね」


 やや悔しげな顔をするソニア。


「いや、でも、そう考えて行動できるのはすごいと思うよ。俺も休みの日でも魔法の修練をするけど、これはソニアにとっての修練なんだね」

「分かってもらえてうれしいわ。あっ、それと私、今夜は寮に帰らないから。クラレさんにも伝えてあるし」

「そうなんだ。了解。気を付けてね。俺も、ヨウダイと約束があるんだ」


 そんな会話をし、アレンは寮を出た。

 待ち合わせに指定されたレストランへと向かう。


 繁華街には、いくつもの店がある。もちろん飲食店も多い。

 アレンはその中に、冒険者らしき男たちが楽し気に飲んでいる店を見つけ、やや懐かしい気持ちになった。しかし、今日の目的地はそこではない。


 ちなみにアレンは現在、寮の近くのレストランでアルバイトをしている。学費と寮費を免除してしてもらっているとはいえ、生活費まで面倒を見てもらっているわけではない。幸い、実家が同業のため一通りの雑用ができるアレンは、即戦力として歓迎された。

 アレンに限らず、同級生たちはアルバイトで生活費を稼ぐ者が大半だ。働く時間が増やせるという意味でも、学校の授業数の少なさはありがたかった。



「スターレイ……ここだ」


 流星をイメージしたデザインの看板に、「スターレイ」の店名。なかなか小洒落た雰囲気のレストランであった。


 やや緊張しながらも、店のドアを開ける。


「いらっしゃいませ」

「すみません、ヨウダイ・アキハで予約がありますか?」

「はい、承っております。お連れ様がお待ちです。ご案内いたします」

「ありがとうございます」


 店員に従い店内を進む。

 既にほとんど満席のようだが、各自は穏やかに食事を楽しんでおり、喧騒とは無縁の空気が漂っていて、先ほどの店とは対照的だ。


『うわあ、こんな店、来たことないよ。緊張する……』

『おいおい、大丈夫か。緊張しすぎると失敗するぞ。ほどほどにな』


「よう、アレン。来たな」


 既に待っていたのはヨウダイとドラコ。


「うん、お待たせ」

「お疲れ」


 軽く挨拶を交わしながら、アレンは席に座る。


「ええと、用事って?」

「まあまあ、こういうところでは先に食事を楽しむのがマナーだろ。ここは雰囲気の割にリーズナブルだからな。いくつか頼もうぜ」


 そういうとヨウダイは、メニューを見るようアレンに促す。

 実家の料理店とは全く違った雰囲気の料理名が並んでいた。正直どんな料理なのかよく分からないものもいくつかある中、何とか予想できそうなものを選ぶ。


 ヨウダイとドラコも手慣れた様子で注文した。


 飲み物と料理が運ばれてくる。

 盛り付けや切りつけに凝っており、見た目も華やかなものばかりだ。


 アレンは普段とは違う料理をどう食べるか四苦八苦しながら、何とか食事を進める。

 ヨウダイは。一つ一つを味わうように綺麗にナイフとフォークを扱っている。

 ドラコも慣れた感じで、黙々と料理を平らげていた。


 食事中は、授業の感想やクラスメイトの話など、普段通り話題を交わした。最後のデザートまで食べ終わり、アレンはようやく一息つく。


「俺、実家が料理店なんだけどさ。冒険者向けの酒場みたいなところだから、こういう店は初めてなんだ」

「ああ、そうだったのか。そりゃ悪いことしたな」

「ヨウダイは慣れている様子だったね」

「……こいつはお坊ちゃまだからな。育ちが良いんだ」


 ドラコがやや皮肉めいて返す。


「うるせえよ。

 でもよ、こいつこそ、こんな体格がたいの癖して、食べ方は綺麗なんだよな」

「……ふん。悪いか」

「まあ、冒険者をやってたら、こういう店に来ることもあるだろ。特にランクが上がって、その分報酬も増えると、依頼人は上流社会の人間になってくる」

「そうか。そう考えると、慣れておかないとなあ」

「ま、ランクの高い冒険者なんて、俺たちの立ち位置からはまだまだ先だけどな」

「あはは、そうだね」


 アレンが答えると、ヨウダイが一口水を口にする。


「それで、話のことなんだが……」


 これまでとは打って変わって真剣な表情のヨウダイ。


「……うん」


 アレンも思わず唾を飲んだ。



「お前さ」




「……うん」





 更に間を空けるヨウダイ。





「ソニアとレナちゃん、どっちが本命なんだ?」



「ハア!?」


 思わす声を大にするアレン。


「シーッ!バカ!」


 慌てて小声で注意するヨウダイ。


「す、すみません……」


 アレンは周囲の客に頭を下げ、小さくなる。


「……どっちが本命って、どういうことさ?」

「バカ、お前、ここ最近、クラスはこの話題で持ちきりなんだぞ」

「ええ……」

「どうしても女子が少ないからな。今まで一番人気はソニアだったが、お前、同じ寮だからって急速に仲良くなったろ」

「うん、まあ……」

「そこに、ソニアに負けずとも劣らない美少女のレナちゃんが転入してくる。

 クラスの男共は、割れに割れたよ」

「割れた?」

「ソニア派とレナちゃん派にな。

 ソニアは美人だが、性格があんなんだろう。恋愛対象としてどうかという評価もある一方、気さくで話しやすい雰囲気が良いという奴もいる。

 スレンダー派からの支持も厚い」


 いつもは飄々とクールなヨウダイだが、いつになく熱がこもっている。


「一方のレナちゃんは、正に正統派美少女。

 女の子らしい口調、性格は、瞬く間に野郎共の心を掴んだよ。曰く、「あの先輩呼びはヤバい」。

 かくいう俺もちょっと揺らいだ一人だ」


 レナは年下ということもあって、アレン以外のクラスメイトを「〇〇先輩」と呼ぶのであった。


「そして、童顔にあの巨乳。

 ソニアにハマり切れない男たちにとって、理想を体現した女子が現れたってわけだ」


「はあ……」


 ヨウダイの熱弁ぶりに、口を挟めないアレン。


「それだけならよかった。問題は、お前だ」


 ビシッとアレンを指さすヨウダイ。


「そんなクラスの二大巨頭となった二人と、異常に仲良さげなアレンとかいう奴。

 まあいい奴なんだろうけど、問題は、お前と女子二人がどういう関係なのかだ。


 今日はな、クラスを代表して、真実を追求しに来たのさ」


 一気にまくし立てたヨウダイは、またコップから水分を補給する。


「で、どうなんだ?」


「ちょっと待ってくれよ。何だってそんな話をしなきゃならないんだ。

 って、ドラコも同じ用事なのかい?」


「……すまん。

 だが、同じ仲間パーティーってことで、何人もの友人にお願いされると、断り切れなくてな」


 本当に申し訳なさそうな顔のドラコ。


「そんな……。ヨウダイの方こそ、どうなのさ。どっちかのことが好きなの?」

「いや、俺は特には。彼女いるし」

「ええ!?彼女!?」

「まあな」


 少し得意げな顔のヨウダイ。


「……先月フラれてただろう」


 ドラコがぼそりという。


「ゲッ!何で知ってるんだ」

「動物園の入口。閉園前」

「ギクーッ!」

「あそこのマスコットキャラがいるだろう」

「ああ、子供向けの?」

「お前が彼女に別れを切り出された時、近くに着ぐるみがいただろう。子供たちにお菓子を配ったりしていた」

「ええと、そうだっけ?」

「ああ。あれ、俺だ」

「マジで!?……そういや、確かにいたわ、着ぐるみ!

 あれお前だったの!?」

「まあな。バイトだ。

 着ぐるみは重いし暑いから、結構割が良いんだ。体力仕事は得意だからな」

「えー、俺、あの動物園でデートするの、やめようかな……」

「ふん。そうやって女をとっかえひっかえしているから、フラれるんだろ」

「うるせえ。そういうお前こそ、どうなんだ。彼女いるのか?」

「いないが。作ろうとも思わん」

「とか言っちゃって、好きな子くらいいるだろ。まさか、ソニアかレナちゃんか?」

「いや、それはない。同じ仲間パーティーだ。こじれては困る」

「それはそうだけどな。でもどっちがタイプなんだ?」

「どちらもタイプではない。強いて言えば、強い女性が好みだしな」

「強い女性ねえ……まさか、ケリー先生!?」

「違うわ!!」

「だよな」


 ここでヨウダイがアレンに向き直る。

 

「さて、アレン。お前はどうなんだ?」


 矛先が自分から逸れたと思って安心していたアレンだったが、見逃してはくれないようだ。


「……俺も正直、恋愛感情とかよくわからないよ。

 レナは小さいからずっと一緒で、妹みたいなものだし。

 ソニアとも仲は良いし、尊敬できることもたくさんあるけど、友達さ」


 とりあえず、自分の気持ちを正直に言う。


「ま、そんなことだろうと思ってたよ」

「やっぱりな」


 気が抜けたように返事をするヨウダイとドラコ。


「じゃ、クラスメイト達には適当に伝えておくとするかね」

「ああ。言質が取れたから、あいつらもいったんは納得するだろ」


 結局のところ、アレンの与り知らぬところで、二人がクラスでの立ち位置を調整しようとしてくれた、というのが真相のようだ。


「ありがとう。

 大体、あの二人も、別に俺のことなんて何とも思ってないだろう」

「いや、それは分からないだろ。女は演技が上手だぞ」

「そういや、ソニアは今日は寮に帰らないって言ってたな」

「何だって?おい、それって、男じゃないのか?」

「いや、知らないよ」

「おいおい、男の家に女が泊まるなんて、やる事は決まってるだろ。ソニアも美人だしな。しかし、これは事件だぞ……」


 そう言って顎に手を当てるヨウダイ。


「いや、男の家に泊まるかなんて分からないよ。女友達かもしれないし」

「そうだぞ。と言うか、これ以上無駄に首を突っ込むな」


 アレンとドラコはヨウダイを窘める。


「……それもそうだな。

 あいつにはあいつの自由があるもんな」


 ヨウダイも、この件については追及しないことにしたようだ。


「そろそろお開きとするか。

 今日は呼び出してすまなかったな。お詫びにおごるよ」

「ええ、それは悪いよ」

「いいからいいから」

「ご馳走様」

「お前は払え!」


 その後、アレンはドラコと寮に向かった。

 そのまま就寝しようとベッドに潜る。


(ソニア、どこに行ってるんだろ……)


 ふと思うアレン。


(<おいおい、男の家に女が泊まるなんて、やる事は決まってるだろ>)


 更に、先ほどのヨウダイの言葉が頭によぎる。


(……いやいや、俺には関係ないって)


 そう思いながらも、悶々としながら、しばらく眠りにつけないのであった。



 -----------


 翌朝。


「おはよう、アレン」

「おはよう、ソニア。帰ってたんだ。

「ええ、ちょうどさっきね。

 昨日はレナちゃんのところに泊まってたのよ。彼女、女の子の友達が少なくてちょっと寂しいって言ってたから」

「ああ、そうだったんだ」

「ええ。あの子、やっぱりいい子ね。大事にしなさいよ」

「うん。

 ……っていや、俺とレナはただの幼馴染で、兄妹みたいなもんだよ」

「だとしてもよ。さあ、ご飯食べちゃいなさい。私はジャンさんの家でいただいてきたから」

「うん。いただきます」


 そんな会話に、ホッとするアレン。


(あれ、俺、何でホッとしてるんだろ……)


「どうしたの?ボーっとして」

「!!いや、何でもないよ」




(青春だねえ。ま、俺は不干渉で。

 しかし、俺も年かな……)


 若者たちの会話に付いていき辛くなったことに、若干の年齢を感じる裕也おっさんであった。

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