第2章 第13話「揺れる思い」

「レナ!」


 強盗に攫われたレナを追おうと、アレンは思わず駆け出す。


『裕也!【強化エンチャント】頼む!』

『おう!出力最大だ!』


 通常の人間なら馬に追いすがることなど不可能だが、【強化エンチャント】により強化された脚力で、何とか見逃さずに追跡ができた。しかも、


『今日は調子が良い日だ!』


 普段よりも魔力の出力量が少し上がっていた。


『ああ!』

(だが、これはひょっとして……)


 裕也は頷きつつも、少し懸念がよぎる。


「ちょっと!やめて!離して!」


 強盗はナイフを仕舞い、代わりに力任せにレナを後ろ手に拘束しながら馬を操っていた。

 レナは必死に身を捩り、強盗から逃れようとする。


「おい、娘!暴れるな!死にてえのか!」

「何やってんだ、ここで衛兵に追いつかれるとまずいぞ!

 【睡眠スリープ】!」

「あっ……」


 見かねた強盗のもう片方は、睡眠の魔法をレナにかけた。レナは抗うことができず、眠りに落ちてしまう。



 少し先に見える強盗たちを懸命に追跡していたアレンからも、暴れるレナが、急に気を失ったように項垂れたのが見えた。


『あいつ、レナに何かしたぞ!』

『落ち着け。人質であることを考えると、殺してはないはずだ。

 それよりも、絶対に見失うなよ。アジトを突き止めるんだ。そうしたら衛兵を呼べる』


 そうしてしばらく、一定の距離を保ちながら追跡を続ける。

 強盗たちはリッツの街の外れ、老朽化して廃屋と化した家が多い地域へと入っていく。日はもう暮れており、満月が東の空から昇ってきていた。アレンも何とかここまで来れたが、これまでに相当量の魔力を消費してしまっていた。


『……おい!』


 裕也は体内の異変に気付き、アレンに声をかける。


『どうした!?』

『まただ!吸い込まれる感じ!

 入れ替わりが起こるかもしれない!』


 最初の時以降、入れ替わりが起こることはなかったが、あの時と同じ感覚がしたのである。


『そんな!』

『……ダメだ!抵抗できない!』

『レナ……を……おね……がい』


 そう言い残しながら、意識を失うアレン。

 溜まらず急ブレーキがかかる。





「……やっぱりか」



 裕也は手の平を見て、身体の主導権が移ってしまったことを確認した。



「今は疑問は後だ!」


 改めて、追跡を再開。

 馬は見失ってしまったが、蹄の後を頼りに道を曲がる。


「!?」

「おう、よくもここまで追ってきたな」


 待ち伏せだ。曲がった道の先では、強盗二人は馬から降りて待ち受けていた。


「バレてたのか」

「てめえがずっと追ってきてたのは気づいていたからな。

 ここまで来たら人はいねえし、アジトを突き止められる前に消してやらあ」


 剣を構え、じりじりと裕也に迫ってくる強盗たち。


「レナは無事なのか」

「はっ、この娘は保険だ。ま、これから死ぬてめえには関係ねえだろうがな!」


 裕也は、レナは馬と一緒に道の脇に寝かされているのを確認すると、


「……やるしかないな。

 【強化エンチャント】!」


 【強化エンチャント】を改めてかけ直し、戦闘に備える。




 強化した脚力で、まずは強盗とレナの間に入る裕也。



「【炎球フレイムボール】、連射!」



 レナを背後にしながら、強盗たちに向かって、野球ボールほどの炎の球を連射する。



「ぐおっ、やべえ!」

「【水壁ウォーターウォール】!」


 強盗の一人が水魔法を唱えると、水の壁が強盗たちを守るように出現。


「兄貴、助かりやした」

「油断するな!こいつ、やるぞ!」



「水の壁か。それなら……」



 裕也は炎球を継続。

 裕也と強盗たちの間に湯気と化した水蒸気が発生し、互いの姿が見えなくなる。



「おらあ!」



 裕也は炎球に紛れて、拳大の石を投げつけた。

 強化エンチャントで速度を増した投石は、水の壁を通り抜けて、強盗の片割れの顔面に命中。


「あべし!」

「ちぃ!」


 水壁を発生させていた方の強盗が、たまらず水壁と一緒に移動を開始する。



「ちょ、兄貴!」



 先ほど石が当たった方の強盗の出足が遅れ、身体が無防備になる。


 すかさず石を投げつける裕也。



「今だ!」

「ぐはあ!」



 先ほどは水の壁により多少威力が落ちていたが、今回はそのままの速度だ。裕也は、石を食らった方の強盗が意識を失うのを確認する。


「まず一人」



 しかし、


「……へへ、そこまでだ」


 強盗のもう一人がその隙に、レナを確保し、胸にナイフを押し当てていた。



「レナ!」

「この女の命が惜しかったら、大人しくするんだな」

「ちくしょう、レナを放せ!」(……考えろ、どうする!?)

「おら、両手を上に挙げて、後ろを向け」

「くっ……」



 強盗の命令に従うしかない裕也。



「ほら、その藪のところまで移動しろ」



 距離を取るよう指示され、仕方なく移動する。




(魔法……五属性……火、水、風、土、木……特殊属性……

 やったことはないが、いけるか?)


 裕也はイチかバチか、手を挙げたまま魔法を発動した。


 強盗は、


「さあ、そのまま大人しくしてろよ!」


 そう叫んで、馬に乗ろうとする。



(行け!)


「ぐああ!何だ!」

「できたか!」


 振り向くと、強盗の身体にロープのような物が巻き付いている。これは裕也の仕掛けだった。


 裕也は秘かに発動したのは、木魔法の【生長】と【操作】。これを手近な藪の植物にかけてのだ。

 ただし、生長させたのは根の部分。それは地面の下を伸び、強盗の背後から奇襲。

 ナイフを持った手を根で締め付けた。


 たまらずナイフを落とす強盗。


強風ストロングウィンド!」



 裕也は弓を取り出し、風魔法で速度を増加。

 矢は見事に強盗の肩に命中し、強盗はその場に崩れ落ちた。



「レナ!」


 レナの下へ駆け寄る裕也。



 ----------------


 時はやや遡って、戦闘開始後、裕也が【炎球フレイムボール】を発生させた頃。


(んん……)


 激しい轟音に、レナは意識を取り戻していた。

 しかし睡眠魔法の効果は完全には切れておらず、目をしっかり開けることができない。

 何とか目を凝らそうとすると、薄ぼんやりした視界の中で、強盗たちと誰かが戦っているのが見えた。


(アレン……?

 何だか、いつもと雰囲気が……)


 しかし、身体を動かしたり、声を発することができない。


(ダメ……また、眠りに落ちて……)


 必死で睡魔に抗おうとするも、抵抗能わず意識が遠のいていく……。


 ---------


「レナ!大丈夫か!レナ!」


 裕也は何度も呼び掛ける。


「……アレン?」


 使い手が気絶し、魔法による強制睡眠がようやく弱まってきた。レナは頭が覚醒していくのを感じながら、ゆっくりと立ち上がる。


「レナ!気づいたか!」

「ええ。もう大丈夫。

 ここはどこ?……そう、強盗は!?」


 自分が強盗に襲われていたことに、ようやく思い当たった様子のレナ。


「ああ、そっちは心配いらない」

「……倒れてる。アレンが?」

「まあな。ここはリッツの街の外れだ。

 ちょっとそこで待っててくれ。念のため、奴らを拘束してくる」


 そう言うと裕也は、馬の方へ駆け寄った。


「これでいいか……」


 手持ちのナイフで馬の手綱を切って、ロープ代わりに。

 強盗たちを木の下まで運び、二人の身体を木の幹に縛り上げた。


「これでひとまずいいだろ。

 さあ、帰ろう。歩けるか?家まではちょっとかかるぞ」

「……ええ」


 頷くレナを見て、裕也もまずは安心すると、街の方に向かって歩き始めた。

 しかしレナは、その場に少し立ち尽くしたままである。


「……どうした?やっぱり歩くのは厳しいか?」

「……ううん!今行くよ!」


 レナは声を張り、先を行く裕也に返事をした後、気付かれないように呟いた。




「……やばい。かっこいい」

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