第2章 第8話「物理戦闘の授業」

 校庭に集合した生徒たちの下に、講師と思われる大人がやって来る。


「さて、初めましての人もいるか。

 私が「物理戦闘」の授業を受け持つケリーだ。よろしくな」


 ケリー先生は女性で、しかも比較的小柄だった。

 髪はかなり短くしており、黒い道着姿はいかにも格闘家然としている。


「……授業名からして、男の先生が来るものとばかり思ってた」

「ケリー先生はリッツでは有名な格闘家よ。女性ながら、多彩な技で男を圧倒してきたんだから」


 アレンの呟きに、ソニアが小声で答える。

 ケリー先生はそれを特に咎めることなく、アレンの疑問に答えた。


「ははは、確かに女性冒険者は魔法で戦ったり、パーティーで補助役を担当することが多い。私も体力では男に劣るから、その分技術で補っている。

 そしてここは学校だからな。身体能力に頼らない戦い方をする私に、教師として白羽の矢が立ったというわけだ」

「なるほどなあ」

「さて、自己紹介も済んだところで、早速授業に入る。新入りもいるし、今日は組手をしてもらおう。

 男女分かれて、10分ずつの組手。けがはさせないようにな。

 全体をAとBの二組に分ける。先にAグループが10分間組手し、Bグループが見学。

 次はBグループの番で、Aグループが見学。その後組み合わせを替える。AとBがいい感じに混ざるように調整してくれ。

 以上を繰り返す。武器はなし。魔法もなしだ。

 ゆくゆくは武器や魔法を組み込んだ戦闘も取り入れるつもりだが、今日はあくまで、各自が現時点でどれほど動けるかを測るのが目的だと思ってくれ。

 ……では、散開!」



 ケリー先生の号令とともに、生徒たちは互いに距離を取る。



「よう、転入生君。いっしょにやろうぜ」



 アレンに声をかけてきたのは、


「君は確か、ヨウダイ君」


 初日に喧嘩をしていた、優男風の方だった。


「ああ、ヨウダイでいいよ。転校初日は、すまなかったな」

「いいさ。大した怪我じゃなかったし」

「それはよかった。時に、格闘の経験は?」

「……それが、からっきし。

 故郷では狩りをすることが多かった分、ほとんど弓やナイフ頼りだったんだ」


「用意はできたか!」


 ケリー先生が叫ぶ。


「……やろうか、アレン」

「お手柔らかに頼むよ」


 互いに構えるアレンとヨウダイ。


「それでは……始め!!」


 ケリー先生の号令が校庭に響き渡った。




「はっ!」



 最初に仕掛けたのはヨウダイ。

 号令と同時に距離を詰め、アレンの顎めがけて鋭く右手の拳を突き出す。



「うおっ!」



 咄嗟にヨウダイから見て右に避けたアレンに対し、突き出した右腕をそのまま肘鉄に変えるヨウダイ。


 アレンはその腕を右手で何とか掴み、掴んだヨウダイの腕を引っ張ることで自分の方に引き寄せて、空いた左手で相手の鳩尾にパンチを繰り出す。


 しかしこれはヨウダイの左手によって防がれ、二人は取っ組み合う姿勢になる。



「……やるな」

「いや、ヨウダイ君こそ、すごいよ」



 声をかけながらも、互いに力で優勢を取ろうとする二人。

 しかし腕力はほぼ互角のようで、アレンの方がたまらず掴んだ腕を離して距離を取る。


 その後も、ヨウダイは様々な角度から攻撃を繰り出してくる。

 アレンはそれを何とか避けるが、二人の格闘経験の差は如実に現れ、反撃することすらままならない。



「……にゃろう、ちょこまかと」

「ハア、ハア……」

「残り2分!」


 ケリー先生が叫ぶ。


「……次で決めるぞ」



 ヨウダイは宣言すると、アレンから見てやや右側方向、弓なりに走り、距離を詰めてきた。

 アレンは、どんな動きが来ても対処できるよう身構える。


 ヨウダイは、アレンの右太ももを狙ってローキックを繰り出す。


 アレンがその脚ごと掴もうと腕を伸ばすと、ヨウダイはそれを読んでいたかのように足を引っ込め、死角となるアレンの左の脇腹目掛けて手刀を打ち込もうとする。

 アレンは咄嗟に右に横っ飛びして手刀を避けた。


 しかしヨウダイは手刀を繰り出した勢いのまま回転し、回し蹴りの要領でアレンの足を払う。


 たまらず転んでしまったアレンの顔面に対し、追い打ちをかけるように掌底を打ち込むヨウダイ。


 アレンは思わず目を瞑るが、ヨウダイはアレンの眼前で掌底を止めた。



「俺の勝ちだな」



 にやりと笑うヨウダイ。



「……参りました」




 残り時間はまだ一分間以上残っているが、その後二人は互いの動きを確認するようゆっくりと攻撃を仕掛けあいながら、最初の練習を終えた。


 Bグループとしてアレンたちの組手を見学していた男子生徒のペアが話しかけてくる。


「ヨウダイとあんなにやり合えるなんて、すごいじゃねえか!」

「いや、俺は避けるのに精いっぱいで、ほとんど何もできなかったよ」


 息を切らしながら返すアレン。


「いやあ、あれほど避けられたのも久しぶりだよ」


 一方余裕のある顔のヨウダイ。


「格闘経験はないって言ってたし、実際技術は全然ないと思うけど、目が良いんだろうな。鍛えたらいいとこいけると思うぜ」

「そうなのかなあ」

「ヨウダイがこんなに褒めるのも珍しい」

「まあ、俺の専門は剣だし、剣闘なら一瞬で勝負がつくだろうけどな」


 そんな会話をしていると、ケリー先生が叫ぶ。


「それではBグループの組手を始めるぞ!」


 アレンとヨウダイは見学に移った。


 それからはケリー先生の最初の宣言通り、色々な人と組手を行った。


『……ヨウダイとドラコだな』

『だね。あの二人だけレベルが違う』


 裕也がそう漏らし、アレンも首肯する。


 ヨウダイは明らかに格闘を営んでいるような動きで相手を圧倒していた。

 そのヨウダイと初日に喧嘩をしていた赤髪の方、ドラコは、動きの切れとパワーで群を抜いており、ほぼ全ての相手を開始一分で制圧。その後は相手の強さに合わせて動き、時には指導をしているようだった。


 その後も組手は続く。


「……組もうか」


 遂にドラコと相対する番が回ってきた。


「……お願いします」

「ふっ、そう緊張するな」


 全員が新たなペアを組んだことを確認すると、ケリー先生が言う。


「時間的に、これで最後だ。それでは……始め!」




「行くよ!」



 今日見たドラコの動きから、防勢に回っては不利と考えたアレンは、先手必勝とばかりに真っ先に動く。

 一直線にドラコに向かって駆け、追いすがる直前でスライディング。

 足を狙った奇襲である。



「おっ!」


 軽くジャンプして避けるドラコ。


 しかし避けられるのは織り込み済みで、スライディングの勢いを何とか殺して身を翻し、相手の腹に向かって頭突きを繰り出す。



「頭突きは悪手だぞ」



 呟きながらドラコは、アレンの首元に腕を回して勢いを受け止める。

 そのまま首を絞めてこようとするドラコの目元に向かって、アレンは勢いよく砂を投げた。



「おっと!」



 一瞬怯んだ隙に掴まれた首を振りほどき、そのまま顔面目掛けて右フックを繰り出す。

 しかしドラコは身を屈めて難なくそれを避け、そのままアレンの腹にパンチ。



「ぐふっ」



 鈍い痛みに、アレンはたまらず膝をついてしまった。



「……最初にスライディングしたときに砂を掴んでいたのか。

 狙いは悪くなかったな」



 声をかけるドラコだが、アレンは呼吸を整えるのに必死で、返事をする余裕もなかった。


 その後も、アレンが仕掛けてはドラコが返すという形で、残り時間は過ぎ去っていく。


 結局全く決定打を与えることはできず、その日の授業は終了となった。




 放課後。

 アレンはまたリッツの郊外に魔法の修行に来ていた。

 タイガは今日は留守番。子供たちに捕まってしまったのだ。


『はあ、格闘は全然だったな』

『まあ、やったことがないんなら当然だろう。特にドラコとヨウダイは、相当修練を積んだような雰囲気だし』

『あの二人、どっちが強いんだろう。組手の感じだと、ヨウダイには何とか追いすがれたけど、ドラコには手も足も出なかったな』

『ヨウダイは剣を使うって言ってたろう。あれが本来の実力ではないんじゃないか』

『そうだね。

 ……何にしても、もっと強くならなきゃ、冒険者としてはダメだろうな』

『格闘も最低限は習得しておくべきだろうが、魔法の方を伸ばした方がいいかもな』

『確かに。

 さて、練習だ!』


小火リトルファイヤ!」


 まずは初級魔法で肩慣らし。裕也もそれを補助する。

 しかし初級のつもりが、普段よりもかなり強めの炎が出た。


「わっ、何だ!?」


 慌てて火を消すアレン。


「……別の魔法にしてみよう。微風リトルウィンド!」


 ゴウッ!と地面一帯に風が舞う。


「あれ、すごい威力だぞ……?」




 その後もレベルの低い魔法から徐々に使ってみるが、その威力は軒並み上がっていた。


「ははは、今日は調子がいいぞ!」

『本当だな。どうしたんだ』

「先生の言ってた、「修行を続けると威力が上がる」って、こういうことかな?」


 普段よりも明らかに使いこなせている感覚。それが非常に楽しく、アレンは次々と魔法を繰り出す。


(……こんな一週間やそこらで成果が出るものなのか?)


 裕也はやや疑問に思った。



 そうこうしているうちに、いつの間にか陽が沈む。


『おい、もう暗いぞ』

『……本当だ。ああ、月が出ていてよかったよ。夜でもだいぶ明るい』

『そうだな。そろそろ帰るか?』

『待って!あと一回だけ!』

『わかったよ。一回だぞ』


 調子がいい時の練習は、何事も心地よいものである。

 アレンは最後に、現在習得済みの風魔法の中でいちばんレベルの高い、第三級魔法を放とうとする。


強風ストロングウィンド!』


『!?

 ちょっと待て、何だ、引っ張られすぎだ!

 吸い込まれる……!!!』


 辺りに強風が吹き荒れ、木々が大きく揺れる。


 同時にアレンは気を失い、その場に倒れ込んだ。



 数分後。


「……何だったんだ、今のは。

 おい、アレン。大丈夫か?」


 意識を取り戻し、立ち上がる。

 しかしアレンの返事はない。


「……入れ替わっている?」


 裕也・・の呟きが、風に乗って消えた。

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