第2章 第7話「魔法についての授業・裏」

「にんげん、まほうのこと、よくわかってない。

 魔力のつかいかた、へた」


 タイガはそう語る。


『……どう思う、裕也?』

『わからんが、急に言葉を習得したり、犬に変身したりしだした奴だぞ。人間が知り得ない能力があるのかもしれない』

『そうか……』


「タイガ、魔力の使い方が下手って、どういうことだ?」

「魔力もいろいろある。どんな魔力をもってるかはそいつ次第だけど、アレンは、せっかくいろいろな魔力をもってるのに、ほとんどその「ごぞくせい」しかつかってない。もったいない」

「魔力が色々?五属性しか使ってない?タイガにはそれがわかる?」

「においがするから。

 人間はたいてい、5しゅるいのにおいのどれかが強い。多分それをごぞくせいってよんでる。

 アレンからは、ごぞくせい以外のにおいもたくさんする。すこしずつだけど」

「五属性以外……特殊属性のことか?」

「ごぞくせい以外のにおいを持ってるにんげんもたくさんいるけど、みんなそれをあんまり使ってない。

 アレンなら、からだの力も弱くて、はやさもおそいんだから、まずはからだを強くしたほうがいい」

「身体を強く?」

「そう。こうやる」


 そういうと、タイガはぐっと前傾姿勢をとった。

 後ろ足の筋肉が大きくなり、溜めを作った後、一気に走り出す。

 超スピードで辺りを一通り駆け回り、タイガはアレンの下へ帰ってきた。


「初めて会ったときに使ってた奴か!」

「そう。アレンもつかえる」

「どうすればいいんだろう?」

「……それはわからない」


 魔力の扱いに長けているとはいえ、ほとんど感覚と本能でそれを制御しているタイガには、口で説明するのはなかなかに困難なことであった。


「まあ仕方ないか。やってみるよ」


 アレンはそう言うと、全身に力を込めるイメージをしてみる。


『!!

 おい、わかったぞ。これだ!』


 裕也が反応すると、アレンは魔力に身体を覆われたような感覚になる。


「何だこれ!身体がスイスイ動く!」


 試しに走ってみる。


「うお!速い速い!」


 普段の一.五倍ほどのスピードで五十メートルほど走り、ユーターンして戻ってくる。


「すごいや!」


 体感で言うと、身体が魔力で強化されて、ふだんの一.五~二倍くらいの力で行動できるようになっていた。


「ほら、できた。でもまだまだ。ひきだしている魔力がすくない」

「そうなんだ……。

 ムーリオ先生は、魔法の威力は修練で上がるって言ってたけど、それは本当?」

「なれれば、もっとたくさん魔力をひきだせる。とくにアレンなら。ほかのにんげんでは、むずかしいかもしれないけど

「俺なら?」

「うん。にんげんの魔力、ドロッとしていて、だすのに苦労しそう。

 でもアレンの魔力はさらさらしてるから、ひきだすやすい」

「ドロッと?サラサラ?」

「おれたちの魔力はみずみたいな感じ。なのににんげんの魔力はどろどろしてて、うごかしにくそう。

 でもアレンの魔力はおれたちみたいな感じ。さらさらで動かしやすい。

 だけどだせる量がすくないから、つよくない。でもれんしゅうしたら、もっといっぱいだせるようになる」

「おお!」

「……かも」

「あらら」


 最後は自信なさげなタイガに、アレンもずっこける。


「でも、この強化の魔法はすごいよ!ありがとう、タイガ」 

『それに、他の人間が知り得なかったことを知れたのも大きいぞ』

「……おれいならうまいものがいい」

「ははは、わかったよ。今日はもうクラレさんがご飯を用意してくれているだろうから、明日、美味しいものを探しに行こう」

「わん!」


 その日はそれで修練を終え、帰宅することにした。

 道中、アレンはタイガに尋ねる。


「それにしても、タイガは賢いな。

 俺は大人たちから、暴狼バーサクウルフは狂暴な魔物だって聞いてたんだ。でも、タイガからは全然そんな感じがしない。タイガが特別なのかな?」

「おれたちは、子どものころ、とても弱い。

 さっきの強化の魔力は、暴狼バーサクウルフならだれでも使える。

 でも子どもだと、魔力も少ないしもともとのからだも弱いから、あんまり強くなれない。

 だから子どものころは別の魔力を使う。それを使うとすごく強くなれるけれど、その分なにもかんがえられなくなって、いろんなものをこわしたくなる。そのわざをとうちゃんたちは狂化バーサクって呼んでた」

「強くなる代わりに狂暴になっちゃうのか」

『人間と相対するときは戦いになるから、その狂化バーサクの技を使う個体が多かったんだろう。人間からしてみたら、暴狼バーサクウルフ狂化バーサクして襲ってくるわけだから、狂暴な魔物にしか見えなかったのかもな」

「そう。それと、おれたちは魔物じゃない。動物」

「えっ、そうなの?ごめんね」

「まあいいけど」

「ところで、タイガにも父さんや母さんがいたんだね」

『……当たり前だろう』


 やや呆れ声で突っ込む裕也。


「おれが小さいころ、べつのまものに殺された。

 とうちゃんもかあちゃんも俺たちをまもろうとしてくれたけど、結局にげきれたのは、きょうだいの中でもおれひとりだった」

「そうなんだ……。ごめんね、辛いことを思い出させて」

「……どこがつらいんだ?よわい奴がつよい奴にたおされるのは、しかたない」

『……さすが野生、シビアだな』

「それに、アレンの魔力、さらさらできもちいい。かぞくがいたころをちょっと思い出す」

「そうなんだ。でも、仲間に会いたいとか思わないの?」

「おれたちはおとなになったら、ひとりで生きていく。むれを作るのは子どもを育てるときだけ。ひとりがふつう。

 ……でもとうちゃんとかあちゃんは、どこかに暴狼バーサクウルフだけが暮らすばしょがあるって言ってた」

「へえ……どこにあるんだろうね」

「とうちゃんもかあちゃんも、とうちゃんとかあちゃんのとうちゃんとかあちゃんから聞いただけで、どこにあるのかはしらないって」

「そうなんだ。タイガは、そこに行ってみたい?」

「うーん……いってみたいけど……」

「けど?」

「ごはんのおいしさによる!」


 相変わらずのタイガであった。


「……あれ、でも、俺と最初に戦った時、狂化バーサクは使ってなかったよね?」

「つかうまでもなく勝てるとおもってた。よわそうだったし」

「ははは……」


 力なく笑うアレン。


「おもってたよりは強くて、ちょっとあせった。でもあのままやってたらおれが勝ってた」

「……まあ、否定はしないよ。

 あーあ、俺も精進しないとな」


 話をするうちに人の気配もだんだん増えていき、タイガはまた犬の姿に変身した。



 帰宅後。


『今日はいろいろとびっくりな一日だったよ』

『ああ。二日目にして、大きな収穫がたくさんあったな』

『うん。来てよかった』

『……タイガの言ってたことだがな』

『ん?』

『「魔力にも色々あって、どんな魔力を使うのかで魔法が変わる」って話だ』

『そうみたいだね』

『おそらく俺も、魔力を種類別に感知している』

『えっ!?そうなの?』

『ああ。お前が魔法を使うとき、「引っ張られる感じがする」と言っただろう。

 その引っ張られる場所は魔法によって違うんだ。それはおそらく、魔法の種類によって違う感覚を得ているんだろう』

『なるほど……』

『そして、俺が「押す」と表現している感覚だが、それはお前からしたら、「魔力を引き出すのを補助されている」ということになるんだろうな。

 何にせよ、この憑依現象は、魔力に大きく関連してそうだ』

『……裕也は、この状態をどう思っているの?』

『どう、とは?』

『解消したい?自由に身体を動かしたい?』

『何だ、お前の方こそ、いきなり変な奴に憑依されて迷惑だろうが』

『最初は驚いたけどね。でも、もう慣れてしまったよ』

『そりゃどうも。……俺も不思議と、自分の身体が欲しいとは思わないな。現状に特に不満はない』

『それならいいんだ』


 そんな会話をしながら、今日も終わっていく。



 それから一週間ほどが過ぎた。

 三日目の授業は一般教養で、読み書きや計算など。

 現代日本で教育を受けた裕也にとってはあくびが出る内容だ。アレンは途中参加な分、ついていくのに必死だったが。そして三日目午後の自習と、四日目の相互自習の時間を経て、休みに入る。


 休み明けの初日。

 アレンにとっては初めての「物理戦闘」の日がやってきた。

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