第2章 第6話「魔法についての授業」

 冒険者学校の初日の午後は「相互自習」だった。


 これはアレンたち転入生が基本的なことを学べるようにという学校側の配慮で、ロープの結び方や薪の組み方など、冒険をする上での基本技能を転入生に教えつつ、在学生たちも改めて確認するという時間となった。


 アレンの自己紹介にややざわめいたクラスだったが、その後は大きな事件もなく、授業も無事終わった。


『明日は魔法学の授業だって。初めての講義だ。楽しみだね』

『俺も今回はちょっと楽しみだぞ。前の世界に魔法はなかったからな。どう体系化されているのか、気になってたんだ』


 そんな話をしながら、アレンは寝床に潜る。




 翌日。

 1コマ目の授業が始まる時間になると、昨日のムーリオ先生が教室に入ってきた。

 しわのないローブを着てきっちりと髪をまとめ、眼鏡をかけた姿は、いかにも真面目そうに見える。


「さて、魔法学の授業ですが、今日は新学期1回目。

 転入生もいることですし、改めて、皆さんには五属審判ごぞくしんぱんをしていただきます。さて、五属審判とは何か、覚えていますね?わかる人?」


 一人の生徒が手を挙げて答える。


「魔法の五つの基本属性、火、水、土、風、木について、どれに適性があるか測るテストです」

「はい、その通り。

 補足すると、五属審判では適性の有無だけでなく、どれほどの威力や効果を出せるかについても測ることができます。一度審判した人は、適性の有無自体は変わらないかもしれないですが、以前から威力が変わっているかどうかも確認できますので、決して無駄な時間にはなりません。

 では、五属審判をどうやるか、覚えている人。まずは「火」から」


「特殊な素材でできた松明に魔力を込め、火が発生するかどうかを見ます」


 先ほどとは別の生徒が答える。


「正解です。その松明は、こちらになりますね」


 先生は袋から赤黒い木の枝を取り出した。


「この木の枝は、フレイムツリーという魔植物の一種の枝を加工しています。

 フレイムツリーは、発育中の木の実を害獣から守る際に、末端の細い枝に自ら火をつけて、その枝を切り落とす習性があります。木が魔力を込めると、枝が魔力と反応して燃えるんですね。その末端の枝が、火の五属審判を行うのによく使われます。いわば触媒ですね」


 ムーリオ先生の講義は続く。

 その他の属性についても、その属性の魔力を込めた際に反応しやすい物質を触媒として審判を行うようだった。

 まとめるとこのようなことらしい。



…魔力を込めると水が発生する布。

 砂漠に棲むある種のカエルは、水分が少ないと魔力を発生させ、その魔力と自分の皮を反応させて水を生み出す。そのカエルの皮を加工して布にしたものである。



…ケースに入った小さな土くれ。魔力を込めると土が増える。

 ある地方には全長三十センチ程の巨大なアリが生息している。

 そのアリたちは、自分たちの唾液を土に混ぜてアリ塚を作る。

 肥大化したアリたちの住居を作るには、その場にある土だけでは足りず、いつしか唾液と魔力を反応させて自分たちで土を増やすようになった。そのアリ塚から取った土である。



…小さな木の筒。魔力を込めると風が通り、ヒュオーッと独特の音が鳴る。

 ある鳥のオスは、くちばしで木を削りながら少しずつ加工して、この筒を作り上げる。筒が出来上がるのには何年もかかる。

 魔力を込めると鳴る音はメスへの求愛の証であり、メスは自分の気に入った音の筒の持ち主とつがいになる。

 その鳥が住む森では、繁殖期になると筒の奏でる様々な音色が響き渡る。


…鉢植えの木の芽で、土に魔力を込めると芽が急速に成長する。

 動物に寄生して魔力を吸い、成長する木がある。それを元に、人間に害のない形で観賞植物として楽しめるよう品種改良を重ねたもの。



「魔法を使うときは、自分の中にある魔力のを変化させて様々な現象を生み出します。

 例えば一口に火の魔法と言っても種類は様々ですが、「火魔法のための質に魔力を変化させる」点ではどれも同じです。

 この質変化については本能的なもので、できるかできないかはその人の生まれ持った素質となります。できる人は念じればできますし、できない人はどう努力してもできません。


 五属審判とは、それぞれの属性に適する質に変化させた魔力について、少量でもその魔力によく反応する素材を使うことで、「自分が質を変化させられているか」を測る実験です」


『……なるほどな。アレン、お前は既に五属性の魔法を使えるんだろう?カントナの町で「五属審判」をしたのか?』

『いや、五属性については学んだけど、もっと感覚的なもので、ここまで理論立てて教えてもらったことはないよ。「五属審判」も初めて知った』


「それでは、触媒を各自に配りますので、適宜「五属審判」を始めてください。

 触媒は、威力に応じて色や大きさが変わり、初級から十級までの十段階で測定できます。

 説明書も一緒に渡しますので、よく読んで、現時点の威力までしっかり確認しておくこと」


 そう言ってムーリオ先生が触媒を配り始める。


「アレン、魔法についてはどのくらい知ってるの?」


 ソニアが話しかけてきた。


「五属審判はやったことないけれど、一応五属性全て、初級程度なら使えるよ」

「へえ、全部使えるなんて、すごいじゃない。私は適性があるのは風と水だけよ」

「ただ、威力がなかなかね。でも、最近は威力も上がってきたから、今日はちょっと楽しみだ」

『おい、触媒だが、先生に頼んで二つずつもらっとけよ』

『二つ?何で?』

『お前一人で魔力を込めた時と、俺も力を込めた時と、両方測っておいた方がいい』

『!?そうか』


 ムーリオ先生がアレンの席までやってきたとき、アレンは先生に触媒を二つずつもらえるよう頼んだ。


「二つですか……?触媒は安価に流通していますし、数は十分あるから、構いませんが……」


 少し不思議そうな顔をされたものの、アレンは先生から触媒を受け取った。


『最初は俺だけで魔力を込めてみるよ』

『ああ』


「さて……まずは、火!」


 火の触媒である松明に魔力を込めるアレン。

 すると、松明にオレンジ色の炎が灯った。


「オレンジ色だ」

「ええと、説明書には、オレンジは二級って書いてあるわ」

「二級か!町にいた頃は初級だったし、やっぱり威力が上がってる!」


 その後も次々と触媒に魔力を反応させる。


<裕也補助なし>

 火……二級

 水……初級

 土……二級

 風……二級

 木……初級


『ふう。……それじゃあ、次はまた火だ。裕也、お願い』

『おう』


 改めて松明を机に置き、アレンは魔力を込める。

 同時に裕也も力を合わせた。


「……青色だ」

「青色は……五級よ!すごいじゃない!」

『五級っていうとどれくらいだ?』

『五級以上だと戦力として十分勘定でき、戦闘の軸にできると聞くよ!

 俺が五級……はは、ちょっと信じられないよ』

「ちょっと、何黙ってるのよ」

「あ、ごめん。ちょっと自分でもびっくりしちゃって」


<裕也補助あり>

 火……五級

 水……三級

 土……四級

 風……四級

 木……二級


「……どうして二回目の方が軒並み成績がいいのよ?」

「最近ちょっとコツを掴んだみたいで、魔力の込め方を変えてみたんだ」

 本当のことを言うわけにもいかず、アレンは誤魔化す。

「コツって何よ!私にも教えて」

「いや、感覚的なものだから、説明しようがなく……」


 そんな会話をしているうちに、ムーリオ先生が声を張る。


「皆さん、そろそろ終わりましたか?

 終わった人から片づけを始めてください。講義の続きに移ります」


 アレンとソニアは触媒を片付け始めた。

 しばらくして教室内が落ち着いたことを確認し、ムーリオ先生が講義を再開する。


「今日の結果はあくまで現時点の威力を測ったにすぎません。

 自分に向いている属性ならば、魔法は使っていくことで威力が増していきます。

 魔法使いを目指すのなら、修行を怠らず威力を伸ばしていきましょう」


『狩りで火、風、土はよく使っていた分、威力が増したのかな』


 アレンはムーリオ先生の話を聞いて考える。


「とはいえ、向いていない属性の場合、いくら使用しても早くに限界が訪れます。

 どの属性が自分に向いているのかを知るにはある程度修行をやり込むしかありませんが、一つの指標になるのが才能タレントです。

 例えば風魔法に類する才能タレントを持っているならば、風の属性が向いていると保証されているようなものです。どんどん伸ばしていくといいでしょう。

 一方、魔法に関係ない才能タレントだったとしても、上位の魔法を習得してマイナスになることはありません。冒険者になるのであれば、魔法についてはある程度修めていった方が将来役立ちますよ」


 講義の時間も終わりが近づいていた。


「最後に。

 今日は基本の五属性を確認したわけですが、五属性とは別に「特殊属性」があります。「特殊属性」は基本五属性以外に属する魔法の総称で、それはそれは多岐にわたります。

 基本の五属性はある程度多くの人が習得できるのに対し、「特殊属性」は向き不向きが人によって大きく異なります。次回以降の授業では、特殊属性についても扱っていきます。

 それでは、今日はここまで」


 気づけば、二コマ分の授業はあっという間に終わっていた。

 昼食後の授業は魔法学の復習。各々が伸ばしたい分野の魔法の練習に費やした。



 帰宅後、アレンはリッツ郊外の荒野を訪れていた。授業に刺激を受け、放課後も魔法の修行を続けたいと思い、ソニアに場所を教えてもらったのだ。

 タイガも運動がてら一緒である。


炎球フレイムボール!」


 裕也の補助のもと、四級程度の魔法も練習に組み込む。


『……だけど、今までずっと初級だから、それ以上のクラスの魔法についてそもそもあんまり知らないな』

『そうだな。授業で聞けたら聞くといい』

『うん』


 アレンの修行に付き合っていたタイガが言う。


「アレン、強いまほう使えるようになってきているけど、何でその「ごぞくせい」とかばっかり使う?」

「五属性じゃない魔法?先生の言ってた特殊属性のことか?」


 アレンが問いかけると、タイガからは思わぬ答えが返ってきた。


「さあ。でも、にんげんって、まほうあんまりくわしくないんだな。

 おれたちのほうが魔力についてわかってるし、うまくつかえる」

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