第2章 第5話「初日の印象は大事」

「アレン!起きてる!ご飯よ!」


 リッツでの生活の二日目。

 着替えを終えようとしているアレンの部屋をけたたましくノックする音が響いた。


「ソニアか。おはよう、すぐ行くよ」


 返事をしてすぐに大広間へと向かう。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「わん」

「……あれ、もう一人って言ってた生徒は?」

「もう行ったわよ。無駄に朝早いからね、あいつは」

「そうなんだ。結局会えずじまいだったな」

「学校に行けば嫌でも顔を合わせるわ」

「そうだね。学校までは近いの?」

「すぐそこよ。ほら、その窓からも時計塔が見えるでしょう」


 窓の外をのぞくと、確かにそれほど遠くない距離に時計塔が見える。


「本当だ、歩いてすぐだね。学校ってどんなところ?」

「まあ、大事なことは今日説明があると思うけど、一言で言うと、自由ね」

「自由?」

「ええ。大きな学校では毎日何時間も授業があるみたいだけど、うちの学校は授業の数がかなり少ないわ。その分自習時間が多い」

「自習……」

「基本的には、授業で教えてもらったことを自分なりに復習したり、深めたりする時間ね。

 サボっても怒られることはないわ」

「そうなんだ。……でも、冒険者になるために来たんだから、サボってもなあ」

「そうなの。うちの学校の生徒は皆、何かしらのっぴきならぬ事情を抱えているから、後がない。ここで学んで力を蓄えないと先がないって、みんな分かってるし、サボる奴はほとんどいない」

「うん。それは俺も同じだ」

「まあ色んな奴がいるわよ。

 ……一つ忠告しておくとしたら、他人の過去や【才能タレント】について、下手に踏み込まないことね。公表している奴もいるけど、触れられたくないと思っている人もいるから」

「……そうか。わかったよ、ありがとう」


 そんな会話をしながら朝食を終え、身支度を整えた後、アレンとソニアは共に校舎へと向かった。十分ほど歩くと辿り着き、校内に入る。


『学校と言っても、ちょっと大きい屋敷くらいの規模なんだな』

『生徒数三十人くらいって言ってたしね。ただ、庭はすごく広いよ』

『いわゆる校庭ってやつだ。まあ、運動したり、戦いとか魔法の訓練もするからじゃないか?』

『そうか。

 ……タイガ、留守番だけど、大丈夫かなあ。カントナと違って、簡単に森に行けるわけでもないし……』

『クラレさんには美味い飯をお願いしておいたし、大丈夫だろ。それに意外と子供好きみたいだし』

『そうだね……』


 頭の中で裕也と会話しながら校庭に進む。

 すると、


「何だとお前、もう一度言ってみろ!!」

「ふん。名高い真星流も落ちたものだと言ったのだ」

「んだと、この根無し草が!今日という今日は我慢できねえよ。表出ろや!!」

「いいだろう……ふっ!!」

「あぶねえ!!おい、表でっつったろが!」


 何やら言い争いが聞こえてきた。


「……あのバカ二人が」


 ソニアが額に手を当てて、呆れたように呟く。

 腰に剣を当てた優男風の男だが、容貌に反して口調は荒い。

 一方やや色黒で引き締まった筋肉に赤い短髪の男は、強面面だが、口調は丁寧だ。


「戦士ならば、いついかなる時に攻撃されても文句は言えん」

「上等だ!覚悟しろよ!」


 優男風が今にも赤短髪に襲い掛かろうとする。


「わっ、ちょっとちょっと、やめなよ!」


 アレンは思わず二人の間に入った。


「ちょっ、おい!」


 優男風は拳の勢いを止められない。

 頬に一発いいのを食らうアレン。


「いてて……」

「おい、大丈夫か!?」

「ふん、見知らぬ男に咎められるとはな。君も、災難だったな。すまない」

「何だと!」


 なおも挑発する赤髪に、声を荒げる優男風。


「いい加減にしろ!!」


 ソニアがあらん限りの声で叫ぶ。


「ソニア……」

「……」


 さすがにバツが悪そうに、二人とも俯いた。


「ちょっとアレン、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。びっくりしたけど……」


 そう言いつつ立ち上がるアレンの口元から、血が少し垂れる。


「ちょっと!口の中、切ってるじゃない!

 見せなさい」


 言いながらソニアは両手でアレンの両頬を包み、アレンの顔をじっと見つめた。

 ソニアの方がやや背が低いので、アレンは少し見上げられる形になる。


「……ほっといても大丈夫とは思うけど、うちのバカ二人がやったことだしね。

 ちょっとじっとしててね」


 額をアレンの顎に当て、目を瞑るソニア。


「【軽癒ライトヒール】」


 仄かな光が、ソニアの額からアレンの口元へと移った。


「……痛くない」

「治癒魔法よ。初級だけどね」

「すごいや、ソニア。ありがとう」

「いいえ。元はと言えばこいつらのせいよ。

 一応紹介しとくわ。こっちのなよなよしいのがヨウダイ。それでこっちの理屈筋肉がドラコ。こいつがもう一人の寮生なの。

 そして彼は、今日から転入してくるアレンよ」

「おいおい、そりゃないだろう、ソニア。

 ……すまなかったな、アレン。ヨウダイだ。これからよろしくな」

「……ドラコだ。以後、よろしく。……悪かった」


 ヨウダイとドラコは揃って頭を下げた。


「いいよ。俺はアレン。今日からここで学ばせてもらうことになったんだ。

 よろしくね」


 一通り挨拶を終えると、先生らしき人が叫んだ。


「転入生の三人は、午前中は別行動だ。九時までにA教室に来てくれ。

 それ以外の者は、B教室にて自習。休み前の復習を互いにして、思い出しておくこと!」


「……呼ばれてるみたいだし、行かなくちゃ」

「ええ。また後でね」


 --------------


 ソニアたちと別れてA教室に行くと、そこにはビスタともう一人の大人、それに転入生と思しき者が二人いた。


「おっ、来たな」

「すみません、遅れましたか?」

「いや、まだ時間にはなってないさ。でもまあ、揃ったことだし、始めるか。

 まずは、ビスタ冒険者養成学校へようこそ。教師兼校長のビスタだ」

「よろしくお願いします」


 ビスタの口上に、三人が返す。


「……とは言え事務的な説明は苦手でね。ムーリオ、パス」

「まったくあなたは。たまには自分で話してください。

 ……初めまして、私は教師のムーリオです。主に魔法の授業を担当しています。この学校の授業の基本的な流れを説明しますね。まず……」


 ムーリオ先生の話はよくまとまっていて、簡潔で分かりやすかった。

 アレンは以下のように話をまとめた。


・学校があるのは週四日。週三日は休み。

 その週のいつ授業があるのかは、週によって違うので注意。


・授業は一コマ九十分が基本。

 朝は九時開始で、授業ごとに十五分間の休憩。

 午前中二コマ目の終わる十二時十五分から十三時十五分は昼食休み。

 午後にはさらに二コマあり、十六時三十分でその日の授業終了。


・授業は「講義/実習」「自習」「演習」に大きく分けられる。


・「講義/実習」は教師による講義や実習である。

 主に「物理戦闘」「魔法」「冒険技能」「一般教養」の四つ。

 基本的に午前中に行う。


・「自習」は「講義/実習」の内容を復習したり、深めたりする時間。

 主に午後。


・週四日のうち丸一日、四コマ全て「相互自習」の日がある。

 自分の得意なことを苦手な生徒に教えたりする時間。

 転入生に対して、転入前の授業の内容を伝えるのも、「相互自習」の時間に生徒同士で補う。


・授業は基本的に四~五人の班を作って行動する。


・たまに、校外に出て丸一日「演習」となる日もある。


・進級や卒業は基本的にテスト(実技またペーパー)。

 ただし「相互自習」の場合のみ、授業時間内の態度によって評価が決まる。

 その評価には「教えられる生徒」の意見もある程度反映される。


・テストの成績や授業の評価を参考にして、先生全員の同意が得られたら卒業となる。



 なおこのような形態がとられていることに関し、ビスタは補足した。


「教師は俺含め、現役の冒険者でな。毎日学校に出ていては、依頼がこなせん。

 だからどうしても「自習」が多くなるんだ。

 ちなみに、授業は全て無償だぞ。その分の運営費を教師たちの依頼達成金で賄っているってことも、一応伝えておく。

 教師陣は全員Aランク以上の冒険者だから、懐にはかなり余裕があるし、気にしすぎなくても大丈夫だがな。

 俺はほとんど全部の授業を教えることができるが、何分多忙なんでね。顔を出せる時は出すつもりだが、そうできないことも多い。

 「物理戦闘」「魔法」「冒険技能」「一般教養」の授業ごとに1名専属教師がいるよ。一人はこのムーリオだ。他も、授業が始まればわかるだろ」


 大体このような説明がされて、校内の設備を案内してもらい、午前中は終わった。


 昼休み。

 ビスタは教室に顔を出すと、生徒たちに声をかける。


「みんな、ちょっと席についてくれ!転入生を紹介する!」


 ビスタに促され、教室の前に立つアレンたち。


「それでは、順番に自己紹介してくれたまえ」


 前二人がそれぞれ簡単に自己紹介を終え、最後はアレンの番だ。



 アレンは一歩前に出て、席に座す生徒面々を見渡す。



「アレン・ジュークトです。よろしくお願いします。カントナの町で、実家は料理店を営んでいます。

 先日ビスタさんに声をかけてもらって、この学校に来ました。

 俺の才能タレントは……」



 ここで一息つく。




「ありません!」



 堂々と言い切ったアレンの告白に、教室内にはややどよめきが。



「でも、一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」



 そう言って、アレンは頭を下げた。

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