第2章 第9話「満月の夜の再戦」

 裕也は、突如訪れた「体」という感覚を確かめるように、ゆっくりと手や足を動かした。


「……身体に特に異常はなし。

 ただしアレンの意識が不明。魔法はどうだ?」


「……小火リトルファイヤ


 普段よく使う魔法を唱えると、先ほどの通り、いつもよりは威力の増した炎が発生する。


「魔法も異常なしか。さて……」


 裕也はやや考えるも、


「とりあえず帰るか。この状態がいつまで続くのか、分からない」


 すぐにそう思い至り、帰路を急ぐ。幸い今日は満月、夜道は明るく、走りやすかった。


「とは言え、元の世界ほどの明るさではないがな」


 すぐに寮へと辿り着き、まずは食堂へと急いだ。


「ただいま。ごめん、遅くなった」

「遅かったわね。先にいただいてるわよ」

「すぐに行く」


 裕也はソニアの対面に着席する。すぐにクレアさんが夕飯をよそってくれた。


「どうぞ」

「いつもありがとうございます」

「あらあら、今日は丁寧ね」


 出された夕飯を黙々といただいていると、


「……何かしゃべんなさいよ」

「……ああ、ごめん。お腹空いてて」


 実際は、しゃべるとボロが出そうなため黙っていただけであるが、逆に怪しまれてしまったようだ。


「と言っても、郊外の荒野で練習してただけだよ。ちょっと根を詰めすぎただけ」

「あら、感心ね。でも、修練のし過ぎで明日の授業に支障が出ないようにね」

「ああ、分かってる。……ご馳走様でした!」


 裕也はご飯の最後の一口を掻っ込むと、そそくさと食器を片付け始めた。


「ごめん、今日は疲れたし、上がるよ」

「ええ。お休み」

「おやすみなさい」


 何とか夕飯は普段通り切り抜けられただろうか。


「……さて」


 階段を上がると、右手にアレンの部屋がある。

 ちなみにソニアやクレアさんの部屋は別棟。


 しかし裕也は階段を上がって左手の部屋をノックした。


「……ドラコ、いるか?」


 ややあって、ガシャリとドアが少し開く。


「……アレンか。珍しいな。何の用だ」

「昼間の続きをしてくれないか?」

「昼間?」

「組手だよ」

「こんな時間から?」

「今じゃないとダメなんだ。無理か?」

「……いや、特に問題はないが。場所は?」

「学校の校庭でどうだ」

「いいだろう。では、三十分後に校門前で落ち合おう」

「頼む」


 短いやり取りの後、裕也はすぐに校門前に向かう。


 ドラコは約束通り三十分後にやってきた。


「しかし、施錠されているぞ、アレン」

「このくらいの門なら、黙って乗り越えても問題ないだろ」


 そう言って門をよじ登る裕也。


「……もっと真面目な奴だと思ってたよ」


 言いながらも裕也に付いていくドラコ。


「普段は真面目だが、今は別人とでも思ってくれ」


 適当に返しながら、校庭へと出てくる。


「わざわざ悪かったな」

「いや、気にするな」

「基本は昼間と同じルールの組手をお願いしたい。だが、できれば一つだけ魔法を使わせてくれないか?

 そっちも、魔法を使ってくれて構わない」

「いいだろう。

 俺は戦闘に生きるほどの魔法は使えないが、ハンデみたいなものだ。

 しかし、どうして急に」

「どうしてって?」


 裕也は不敵に笑う。



あいつ・・・はそう思わなくてもな。

 やられっ放しは、の性に合わないんだよ」



 そう言い放つと、裕也は身体強化の魔力を解き放った。


「!?

 ……気が満ちているな」

「ほう、わかるのか。

 俺は秘かに強化エンチャントと名付けているよ。……そろそろいいか?」

「ああ。やろう」


 互いに構えを取る。



 昼間の授業と同様、最初に動き出したのは裕也。


 一直線に駆け、スライディングで足元を狙う。


「昼間より速い!」


 しかしドラコは同じくジャンプで避ける。


 またもやスライディングから、相手の腹を狙った頭突きに切り替える。


「だから、頭突きは悪手だと……」


 裕也の頭を捕えようとするドラコ。


 しかし裕也はその直前に頭を更に股下に引っ込め、そのまま地面に手を付くと、大きく前方に一回転しながら後足を大きく振り上げ、ドラコの顔面目掛けて踵を蹴り下ろす。


「!?」


 ドラコは咄嗟に首を横に振って避けるも、裕也の蹴りは、左肩に激しい一撃を食らわせる。


「ぐっ……」


 やや呻き声をあげながら後方へ下がるドラコ。

 その間に裕也も体勢を立て直した。


「……やるじゃないか」

「まだまだぁ!」


 叫びながら、裕也はやや弓なりにドラコに迫り、そのままローキック。

 ドラコは片足を上げて防御しようとするが、裕也は足を引っ込め、反対側の手でドラコの顎目掛けてフックをかける。

 ドラコはそれを上体を反らして避けると、裕也は足払いでドラコの体勢を崩そうとした。


 しかしドラコはそのままバク転の要領で回避し、裕也から距離を取る。


「驚いたな。今のはヨウダイの」

「生憎、格闘経験が少ないもんでね。使える引き出しは全部使わせてもらうぜ」


 その後も昼間と同じく、裕也は攻めてはドラコが受けるという形が続いた。

 しかし昼間とは異なり、ドラコの顔に余裕の表情はない。


「……ちくしょう、やっぱ強いな」

「いや、そちらこそ本当に、昼間とは別人のようだ。

 ……では、こちらからも行こう!」


 今度はドラコが裕也に迫る。

 瞬時に距離を詰めると、素早く身を屈め、裕也の腹にショートパンチ。

 裕也は片膝を上げてこれを受け止めると、今度はドラコが裕也の軸足を掴んで持ち上げようとする。

 バランスを崩しそうになる裕也であったが、強化エンチャントの魔力量を増やして踏ん張る。


「!?」


 予想外の力に驚くドラコの背中に、裕也は体重を乗せて思いっきり肘鉄を食らわせた。



「ぐはっ……」


 たまらず片膝をつくドラコ。

 一時的に呼吸困難に陥ってしまう。



「へへ、どうだ……」


 満足げな笑みを浮かべながら、裕也もゆっくりと倒れ込んだ。



「ゲホッ、ゲホッ!

 ……おい、アレン、どうした!?大丈夫か!?」


 慌てて裕也に声をかけるドラコ。


 抱き起こすと、裕也は満足そうな顔をして静かに寝息を立てていた。


「……どういうことだ、これは……」


 言いながらもドラコは裕也を肩から担ぐ。

 結局、ドラコはそのまま寮に帰ることにした。


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「む……」


 自室に辿り着く直前、裕也は目を覚ます。


「気づいたか。大丈夫か?」

「俺は……気を失っていたのか。ここは、寮?お前が運んでくれたのか?」

「まあな。立てるか?」


 裕也は立ち上がり、身体に異常がないか確認する。


「大丈夫のようだ。……勝負は!?」

「俺もいいのを食らったからな。あのまま続けていたら、どうなっていたか分からない」

「……まあでも、結局倒れちまったみたいだからな。ちくしょう、俺の負けか」

「この勝負は預けておこう」

「そうだな。いつ再戦できるかはわからないが……ありがとうな。すまなかった」

「ああ。養生しろよ」


 そう言ってドラコは自室に帰っていく。

 裕也も自室に入り、湯を浴びた後、床に入るのだった。


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 翌朝。


「うー……ここは?俺の部屋?」


 ベッドにて目を覚ましたのは、


『昨日、郊外で魔法の修行をしてからの記憶がないんだけど、裕也、何かわかる?』


 アレンだった。


『……覚えてないのか。

 昨日はな、あの後、身体の主導権が俺に移ったんだよ。俺がお前の身体を動かしてここまで帰ってきた』

『何だって!?どうしてそんなことが……』

『俺にも分からないが、魔力の使い過ぎとかかもな。昨日調子に乗って、ガンガン使っただろう』

『そうなのか……変なこととか、しなかったよね?』

『…………わりい、ドラコと組手した』

『ええ!?何でまた?』

『まあ、俺は負けず嫌いなんだ。強化エンチャントだけ使ったぞ』

『何だそりゃ……そういえば、何だか身体が所々痛い』

『まあ、負けたけどな。俺も途中で気を失って、あいつが寮まで運んでくれたよ』

『ええ……迷惑かけてるじゃないか。今度お礼言っておかないと』

『すまん。適当に口裏を合わせてくれると助かる』


 こうして、入れ替わりの謎は解けないまま、アレンと裕也の関係はひとまず元に戻ったのであった。

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