第2章 第2話「賢者は肉弾戦もいける」

「スカウトだと?」


 ゴダールが訝しげに言う。


「アレンに、冒険者になれと?なぜ?」

「ああ……」


 ゴダールの問いに、ビスタは言葉を探した様子で少し沈黙する。


「正直に言おう。お宅のアレンは、洗礼の儀で【才能タレント】がないって判定が出たと聞いている。まあ、触れられたくない話題だろうが……」

「そうだな、人の弱みをいちいちほじくり返すのは、感心せん」

「しかし、今後どうするつもりなんだ?」

「それは……」


 ゴダールはアレンを一瞥した。


「この店で働いて、暮らしていけばいいさ。アレン、お前にはまだちゃんと話せていなかったけどな」

「ここに来る前に、悪いが町で少し聞き込みさせてもらったよ。

 アレンに【才能タレント】がないってことは、多くの人が知っていた。

 その割に、アレンに悪い印象を持っている奴は、ほとんどいなかったよ。

 それは、君たち家族、冒険者たちといった環境に恵まれてるおかげだろうし、アレン本人の力、気質もあるんだろう」

「それならなおのこと、それでいいじゃ……」

「だがな」


 ビスタが遮る。


「それでこの先、本当にやっていけるのか?」


 アレンはハッとする。薄々気づいていたが目を背けてきたことを、突然の来訪者は容赦なく叩きつけてくる。


「お前もいつかは老いて引退する。そしたら、そちらの兄さんが店を継ぐつもりなんだろう。アレンは?ずっと家業手伝いか?そこの男の一生は、それで終わるのか?」

「……それの何が悪い。

 働き口があって、ゆくゆくはいい人を見つけて結婚して、子供を育てる。誰もが夢見る、平凡な幸せだ」

「ああ、確かにな。そういう考え方もある。

 君たち家族がそれでいいって言うなら、俺も無理にとは言わないさ」


 ビスタは肩をすくめ、口を閉ざした。


「……ビスタさん」


 今まで傾聴に徹していたマークが口をはさんだ。


「それであなたは、結局何をしに来たんだ。俺たち家族の問題をこねくり回すためか?

 違うだろう。あなたには何か手段があるんだ。それを提示しに来た」


「なかなか切れる兄さんだ。

 その通り。

 俺の学校には、主に【才能タレント】関連で訳ありの奴らが集まってきている。

 この社会は才能タレント至上主義だろう?アレンに限らず、そこに順応できない奴らは、多少なりともいるのさ。俺は今、そんな奴らを一人前の冒険者に育てる施設を作っているんだ。

 冒険者として一人前になれば、とりあえず独りで食っていく分には困らないからな。

 もちろん学校を卒業後は自由だ。実家に帰ってもいいさ。だが、選択肢が持てるのは悪いことじゃない」


「なるほどな……」


 マークは何かを考え込んだ様子だが、それ以上何も言わなかった。


「でもね」


 ジュリアが言う。


「この店の食材の多くは、アレンが狩ってきてくれているんだよ。

 それがなくなるのはちょっと困るねえ」

「まあ、家の仕事との兼ね合いはもちろんあるだろう。

 さっきも言ったが、本当に無理強いしたいわけじゃないんだ。

 ただ、俺は道を一つ示したかっただけ。その道を行くかどうかは、あなた達が決めたらいい。


 ……話はそれだけだ。

 しばらくは町の宿屋にいるから、気が変わったら声をかけてくれ」


 ビスタはそう言って席を立ち、出口へと向かう。


「ああそうだ。

 飯、うまかったよ。最近食べた中でも一,二位を争うくらいだ。ご馳走様」


 最近凪いで穏やかだったジュークト家。

 突然やってきた男は、そこに一石を投じて波紋を起こし、去っていった。


 ゴダールが言う。


「アレン、あんな奴の言うことなんか、気にしなくていいぞ」

「うん……」


 アレンは力なく答えるのだった。


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『……何も言わないんだね』


 その日の夜の就寝前、アレンは裕也に問いかけた。


『ん。俺の決めることじゃない』

『うん、そうだ。俺が決めることだ』


 渦巻く心境を整理できないまま、アレンは眠りに落ちた。



 そして翌朝。

 アレンは狩りに出かけると言い残し、大通りを歩いていた。


『森は反対方向だが』

『……』


 アレンは考え込んだまま、町で唯一の宿屋の前に立つ。


「やあ、来たか」


 ビスタはドア先の壁に背を持たれ、腕を組みながら、アレンに声をかけた。


「何か心変わりでも?」

「……いいえ。まだ、あなたに着いていくかどうか、決めていません。

 ただ、話を聞きたくて」

「話?」

「ええ。

 俺の家は冒険者向けの料理店です。俺にとって、小さいころから冒険者は身近な存在。だからこそ、それがどんな職業か、ある程度分かっているつもりです。その厳しさも」


 冒険者は依頼を受け、達成することで生活の糧を得る。

 依頼は様々だが、難易度が高いものほど依頼金も大きい。中には危険度が高いものもあり、安定した収入を得るには、戦闘力は最低限必要だ。


「ほとんどの冒険者は、【才能タレント】を伸ばして、それを軸に戦う。

 でも、俺には【才能タレント】はない。

 ……ビスタさん。そんな俺でも、冒険者としてやっていけますか?」


「……少し、歩こうか」


 ビスタは、アレンの問いには答えず、ゆっくりと歩き始めた。

 アレンは慌ててその背中を追う。


「あのう、どこへ向かってるんですか?」

「まあ、いいからいいから」


 ビスタはずんずんと歩を進める。


「あっ、そっちは盗賊街だ。やめた方がいいですよ」


 どこの町にも後暗い仕事は存在し、そこに従事する輩は自然と同じ区域に集まってくる。

 アレンの住むカントナは比較的平和な方だが、それでも非合法事に手を染める連中は、いないというわけではない。ビスタは、町の人々は近付かないゴロツキどもの巣食う通りへ、躊躇なく入っていった。


「アレン、ここからは確かに危険だ。向こうから様子を伺っていろ。周囲への警戒を怠るな」

「は、はい」


 訳が分からないまま、命じられた通り柱の陰に隠れるアレン。


「よう、おっさん。

 誰に許可を得てここを通ろうってんだ?」


 案の定、ビスタは柄の悪いチンピラに絡まれている。


「ほう、通りを通るのに許可が必要とは、初耳だな」

「馬鹿野郎、なめてんのか!」

「それより……その建物の中。入らせてもらおうか」

「ダメに決まってんだろう!」

「悪いが、力ずくで行かせてもらうよ」


 言うや否や、ビスタはチンピラの鳩尾に鋭く拳を沈めた。


「ぐふっ……」


 成す術もなく沈黙するチンピラ。

 ビスタはチンピラが守っていたドアを開けた。


「!!何者だ!?

 キールの奴はどうした?」

「外にいた奴なら、ちょっと伸びてもらってるよ。

 それより、この武器の数々。武器所持法違反じゃないか?」


 建物内には人相の悪い男たちが五人ほどおり、剣や槍、斧など、物騒な武器がこれでもかとばかりに並べられていた。

 一つの建物内に所有できる武器の数は法律で定められているのだが、そこにあった武器の数は明らかに上限を大きく上回る。


「……見られたんなら仕方ねえ。お前ら、やっちまうぞ!」


 リーダー格の男が叫ぶと、他の四人が各々武器を持って立ち上がる。


「おら!」


 大柄な男が横薙ぎに斧を振るうのを、身をかがめて躱す。

 すかさず上段から剣が振り遅されるのを、ひらりと一歩身を捩る動きのみで回避。

 剣を持つ手を蹴りつけると、男はたまらず剣を落とす。

 それを素早く拾って男を切りつける。


 そこからはビスタの独壇場だった。


「強い……」


 物陰から戦闘を見守っていたアレンは、思わず感嘆の声を漏らす。


 中にいた男たちも戦いには手慣れた様子で、決してレベルが低いわけではない。

 しかし、そもそも攻撃が当たらない。

 まるで全ての攻撃が見えているかのように、ビスタは必要最小限の動きで刃を避け、カウンターで重い一撃を見舞う。


『おい、警察とか呼ばなくて大丈夫か』

『そうだ!』


 アレンは思い出したように駆けだす。

 幸い、衛兵の詰め所はすぐ近くにあった。


「すみません、乱闘です!武器を持った男たちが暴れています!」

「何だって!?すぐ行こう」


 衛兵たち数人はすぐに詰め所を飛び出して、盗賊街へと向かう。


 しかし衛兵たちが駆け付けた頃には、事態は収束していた。

 男たちは全員気を失い、建物の壁に沿って並べられていた。


「衛兵か、ご苦労さん」


 ビスタは何事もなかったかのように声をかける。


「こ、これは……」


 建物の中を確認した衛兵は、大量の武具に絶句した。


「大方、盗賊共が行商でも襲うつもりで、秘かに準備していたんだろう。

 後始末の方、頼んだよ」

「はっ!ご協力、ありがとうございます、ビスタ様」


 敬礼しながら礼を言う衛兵。


「何だ、俺のこと知っているのか。ま、後はよろしく」


 ビスタは衛兵の肩をポンと叩いてその場を去り、アレンのところに戻ってくる。


「待たせたな、アレン」

「いえ。さすが、強いんですね」

「まあな。今回は相手が弱かったから格闘のみで対応したが、本当は魔法の方が得意だ。

 さて、ここで聞こう。俺の【才能タレント】、何だと思う?」


 ビスタの試すような目、アレンはそれをまじまじと眺めた。

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