第2章「冒険者養成学校」
第2章 第1話「賢者の来訪で動き出す状況」
タイガが家に棲みついて1週間ほどが経った。
アレンは犬に変身したタイガと共に通りを歩いていると、屋台から声をかけられる。
「よう、坊主。散歩かい?」
「ジョーンズおじさん。いや、今から狩りに行こうと思って」
「そうか。最近狩りの腕をあげたらしいじゃねえか。
ゴダールが自慢してたぞ」
「ええ、おかげさまで、何とか店に貢献できています。
それにこいつも、狩りがすごく上手なので、助かりますよ」
アレンはタイガの背を撫でる。
「へえ、そうか。
飲食店に犬って聞いたときは仰天したが、なかなかどうして、むしろ人気みたいだな。
……一本食うか?サービスだ」
「わん!」
タイガは恩人でも見るような目でジョーンズを見つめると、差し出された串焼き肉を頬張った。
タイガはアレンの言いつけをきっちりと守っていた。
本人曰く、「うまいものがもらえるなら、それくらいかんたん」。
アレンも外出時はタイガと共にいることも多く、町の人々や冒険者たちの間で「象の背中亭」の新しい住人のことが知れ渡るのには、それほど時間はかからなかった。
基本的におとなしく、また美味しそうにご飯を食べる姿は、見る者にとってかなり愛らしい。
裕也の読み通り、最近ではタイガ目当てで訪れる女性客も増えつつある。
「ありがとうございます。
うちは基本的に冒険者を相手に商売してきたから、どうしても男性向けのメニュー主体だったんですけどね。最近は女性客も増えてきていて、父さんや兄さんも新メニュー開発に頭を悩ませてますよ」
「はは、あのゴダールが女性向けメニューをねえ。想像すると笑えるや」
「まあ、それでレナがはりきっちゃってますけどね」
レナの容態もすっかりよくなり、以前のように店に顔を出すことも多くなった。
レナはレナで、「女の子に来てもらえるレストランを!」となぜか情熱を燃やしており、新メニューを試食しては色々意見してくれている。
ちなみにレナは犬が苦手で、タイガに対してはやや距離を取っているものの、最近は少しずつ慣れてきたようだ。
「レナちゃんも元気になって、よかったよな」
「ええ。心配しましたけれど、もう大丈夫みたい。薬は飲まないといけないらしいですけどね」
「そうか。それに、坊主もな」
「え、俺?」
「ちょっと前まで、死んだような眼をしてたからな。でも今は、心配いらねえみたいだな」
「ああ、その節は……ご心配おかけしました。
俺も、あのままじゃいけないって、ちょっと心を入れ替えたんです」
「おお、その意気だ。
しかし、坊主が「俺」って言っているのも、なかなか慣れねえな」
「いや、これは、自分なりの決意表明みたいなもんです。あまり話題にされると恥ずかしいですけどね」
「そうか。いいんじゃねえか。
これは、そろそろ坊主呼ばわりもやめんとな」
「いやいや、それは全然気にしてないですよ。
……おっと、こんな時間だ。そろそろ行かないと。
ジョーンズさん、ありがとう。また今度買いに来ます!」
「おう、またな、アレン」
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その頃。
「象の背中亭」はちょっとした騒ぎになっていた。
「おい、あいつって……」
「ああ。賢者ビスタじゃねえか?」
「誰だ、ビスタって?」
「はあ、知らねえの?
この国で最も有名な冒険者の一人じゃねえか」
「あのビスタか!?
「俺は、キュレール地方洪水のときの災害支援で勲章をもらったって聞いたぞ」
「最近出てきた、軽量魔法を施した武器や防具の開発にも携わったらしい」
「ああ、確かにビスタだ。
俺は四年前まで首都にいたが、その時の遠征で一緒になったことがある。
数々の魔法をすげえ威力で使いこなして、一級戦功をあげてたよ」
「そんなすげえ奴が、何でこんな田舎に……?」
件の男は店内の端のテーブルに座っている。
齢の頃は四十歳くらいだろうか。薄汚れたローブに黒い髪、あごにはうっすらと髭が生えており、外見から賢者という雰囲気を読み取ることは難しい。
冒険者たちは興奮した様子だが、ひそひそと仲間内で話し込んでいるだけで、声をかける勇気はない。
「あのう……ご注文は?」
(((レナちゃん、行ったーーーー!!!)))
レナが男に伺うと、周りの客は全員固唾を呑んだ。
「……ほう」
男は目を細めて少しレナを一瞥する。
「ああ、この日替わり定食をお願い。
あと、落ち着いてからでいいから、店主と話したいんだが」
(((ゴダールと!?)))
(レナちゃんは渡さん!)
冒険者たちは、ゴダールと男にどんな関係があるのか怪しむ。
他の思いを持つ者も若干名。
「わかりました。日替わり一ですね。
店長に伝えます」
レナは厨房に戻っていった。
一時間ほどすると、ほとんどの客は昼食を終えた。
料理の注文もほとんどなくなり、普段なら店も余裕ができる時間帯。
しかし今日は、店内の客が減ることはなかった。
ゴダールが男の席まで来て、声をかける。
「どうも、いらっしゃい」
そして店内を見渡して苦笑する。
「……ここじゃ何だから、奥で話そうか」
「すまない、助かる」
男とゴダールは奥へと入っていく。
「はいはいあんたたち、用が済んだら出ていきな。
掃除ができないよ!」
ジュリアが叫ぶと、冒険者たちはすごすごと店を後にした。
従業員用の休憩室。
ゴダールはお茶を入れ、男に勧めた。
「……ありがとう。
騒がせて悪かったな。俺はビスタ。これでもちょっとした有名人でね」
「……そんな有名人が、俺に何の用だ?」
「用があるのは、あんたの息子にさ。
町で、
「ああ、それはうちの次男のアレンだよ。
ただ、あいつが行ったときは
「そうなのか。
今俺は、ある学校を運営しているんだが、知っているか?」
「いや、あいにくここは田舎なんでね。情報が入るのは遅いんだ」
「そうか。「ビスタ冒険者養成学校」って名前でやらせてもらっているよ。学校はリッツにあってね」
「リッツと言えば、首都に次ぐ大都市じゃないか」
「ああ。二年前に設立して、生徒も教員も何人かいる。まだ新しいから、卒業生は出ていない」
「……それで、その学校とうちの息子に何の関係が?」
そのとき。
「ただいま」
アレンが狩りを終え、タイガと共に帰宅した。
店内の後片付けをするレナに話しかける。
「やあレナ、お疲れ様。いつもありがとう。
父さんたちは?」
「奥にいるわよ。お客さん」
「客だって?珍しいな」
言いながらアレンは奥へと向かう。
何やら話し込んでいるのが聞こえてきた。
「端的にいえば、お宅のアレンを、うちの学校にスカウトしに来たんだ」
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