第1章幕間 第2話「ワンコには抗えない」

 アレンと裕也は、突然喋りだした暴狼バーサクウルフに驚きの声を上げた。



「たべもの、くれ。うまいやつ」


「本当に喋ってる……。ちょうど今狩りを終えたところだから、肉はあるよ。いくつかあげようか?」

「それ、おれがいつもたべてるやつ。まえくれたうまいのじゃない。まえのうまいのがいい」

「ああ、そういうことか……」

「やくそく、した」

『まあ、取引したしな。契約不履行は信用を落とすぞ』

「そうだ、約束したね。

 ごめん、今は持っていないんだ。家に帰ればあるから、明日また来てもいいかい?」

「やだ。いまからおまえんち、いく」

「いやいや!君、人間の間では危険な魔物と思われてるからね!?

 みんな怖がるし、下手したら討伐されちゃうよ」

「むう……じゃあ、すがた、かえる」


 暴狼バーサクウルフはそう言うと、目を瞑った。

 少しすると、その体が光に包まれる。

 そして光が収まり、そこにはいるのは、青い毛の犬。毛の色以外で言えば柴犬に近い。


「これでいいか?」


「魔法で変身したのか!?

 ……うーん、まあこれなら、変わった色の犬ってことで誤魔化せるかな……。

 いいよ、おいで」

「ワン!」



 こうして、帰り道は連れ合いが増えたのだった。


 帰宅の道すがら、アレンは暴狼バーサクウルフに尋ねる。


「君、喋れたんだね」

「お前がきたときは、しゃべれなかった。

 でもあの肉、うまかったし、もっとくいたい。

 お前が来たらたのもうと思って、ことば、しゃべりたいとすごく思った。

 そうしたら、しゃべれるようになった」

「思うだけで喋れるようになるのか……」


『魔法じゃないのか?』


 裕也が言う。


『そんな魔法、聞いたことないけどなあ』

『言葉については、俺も疑問に思っていたんだ。

 そもそも俺は違う世界の人間なのに、こちらに来てから今まで言葉に苦労していない。

 話せるし、文字も読める。

 最初は、お前の脳を介しているからだと解釈していたが、そうすると俺の意志はどこにあるのかという疑問も生じる。

 魔法的な力が働いていると考えた方が、むしろ説明がつく』


「そういう魔法があるの?」


 アレンは尋ねる。


「おれたちは、まほうって言いかたはしないけど、たぶんそう」

「さっきの姿が変わったのも?」

「わん。おれたち暴狼バーサクウルフは、つよく願えば、いろいろなことができるようになる。

 からだもこころも成長していないとだめだけど」

「そうなのか……すごいね。

 あっ、そろそろ人が多くなってくるから、喋るのはやめておこう。

 喋る犬なんて珍しすぎて、何が起こるか分からない。

 普通の犬の振りをしておいてもらった方が、食べ物は手に入りやすいよ」

「わん!わかった」


 あまり人気の多い道は避けて、更に家へと向かう。

 青い毛並みの犬は珍しく、すれ違う人にはやや注目されたが、変に怪しまれることはなかった。


「着いたよ。

 ……残り物でもいいかい?」

「うまければなんでもいい!」

「はは。ちょっと裏で待っててね」


 苦笑しながら店へと入る。

 もう少ししたら日が暮れそうな時間帯。家族は皆、夜の営業に備えて、仕込みや掃除に勤しんでいた。


「父さん、何でもいいから、食べられるもの、ないかな?」

「昼の日替わり定食の余りがちょっとあるぞ」


 魔道具の冷蔵庫を確認すると、鶏肉の煮込みがあった。


「もらっていい?」

「ああ」


 店の裏手に回ると、暴狼バーサクウルフはちょこんと行儀よく座っていた。

 アレンの姿が見えると、激しく尻尾を振っている。


「どうぞ」

「わん!」


 勢いよく食べ始める暴狼バーサクウルフ


「やっぱりうまい!」


 一心に食べ続け、鶏肉はすぐになくなった。


「とりあえず今あげられるのはこのくらいだけど、また明日持っていくよ。

 一人で帰れるかい?」


「……」



 何やら考え込んでいる暴狼バーサクウルフ



「おれ、ここにすむ」


「いやいや、無理だよ!

 食べ物屋だから、衛生的に見ても、動物は飼えないよ」


 慌てて否定するアレン。


『いや、そうでもないぞ。

 俺のいた世界では、動物を飼っているレストランもあった。

 こいつは普通の獣とちがって相当賢いし、店内には入らないって条件が守れるなら、むしろありかもな。

 ペットが人気で客足を伸ばした例もある』

『ええ、裕也まで賛成かよ。

 でも父さんたち、何ていうかな……』


「……だめか?」


 暴狼バーサクウルフは耳を下げて、アレンを見つめる。


「うっ……。

 わかった。父さんに相談してみるよ」


 結局、野生の純粋な瞳に屈したアレンであった。


「明日また声をかけるから、今日はいったん森へ帰ってくれるか?」

「わかった。

 むれのおさの許可がいるの、おれらといっしょ」



 --------------



 その日の営業が終わり、店を閉めた後。

 店内には家族が残り、一息ついていた。

 アレンは意を決して皆に話しかける。


「あのさ。お願いがあるんだけど……」


「おう、何だ、アレン?」


 ゴダールが応じる。


「犬を飼いたいんだ」

「犬だって?

 ダメダメ!うちは飲食店だよ」


 ジュリアがすぐに否定する。これは予想通りの反応だ。


「でも、その犬、とても賢いんだ!

 店に入らないよう躾できるよ。餌も、店の残り物とかで大丈夫だ。

 それにあいつは……恩人なんだ!」

「恩人?」

「ああ。森に住んでいてさ。

 ほら、レナのために満月草を取ってきたとき。

 実は道に迷いかけていたんだけど、あいつが満月草の場所を教えてくれたんだ!」


 暴狼バーサクウルフのことを恩人のように思っているのは事実。

 しかし真実を伝えることはできず、やや虚を織り交ぜて話す。


「そんなことがあったのかね。

 ……でも、やっぱり動物はねえ……」


 逡巡するジュリア。


「まあまあ、母さん。

 アレンがこんな風に何かねだってくることなんて、ほとんどないじゃないか。

 考えてみようよ」


 とりなしたのは、意外にもマークだった。


「父さん。父さんはどう思う?」

「うーん……」


 マークの問いかけに、やや考え込むゴダール。


「いったん、その犬、連れてきてみろ」



 --------------



 翌朝。

 アレンは早朝に森へ赴いて暴狼バーサクウルフを呼び出し、店まで連れてくる。


「あら、きれいな色ね」

「確かに、全然暴れる気配がないな」

「……」


 各々感想を述べるジュリア、マークと、無言のゴダール。


「君、俺の家に住みたいなら、いくつか約束してほしい。

 まずうちは食べ物屋だから、病気の元を店に入れないよう、君が入れるのは家の裏の庭までだ。

 それから、犬が苦手な客もいる。不用意に人間に吠え掛かったりしないこと」

「わん!」


 アレンの言葉に頷くよう、大きく吠える暴狼バーサクウルフ


「言葉が分かっているように見えるな」


「そうなんだ、兄さん。

 それにこいつ、店の料理が本当に好きでさ。

 ほら、これ、あげるよ。食べていいよ」


 アレンが朝のうちに用意してもらった調理済みの魚を地面に置くと、暴狼バーサクウルフはすぐに食いついて食べ始めた。



「……」



 ゴダールは暴狼バーサクウルフの食べる姿をじっと見つめている。

 程なくして食べ終えた暴狼バーサクウルフは、ゴダールの視線に気づくと、「わんわん!」と返した。


「はは、もっと欲しいのか。待ってろ、昼の仕込みの一部をやらあ」

「ちょっと、あんた!」


 ゴダールは、何か言いたそうなジュリアを制して店内に入り、スープ皿を持って戻ってきた。

 皿には、昼の営業に合わせて作っていた棘猪ニードルボアの燻製のスープが注がれている。


「ほらよ」


 暴狼バーサクウルフはスープを舌で舐める。

 尻尾が激しく揺れていた。


 ゴダールが呟く。


「こんなに美味そうに食ってくれる奴を、放っておくなんてできねえなあ……」


「それじゃあ!」


 アレンの目に光が宿る。


「ああ。ここに置いてやれ。

 母さん、確かに飲食店で動物はご法度かもしれねえが、今回はアレンが言い出したことを尊重してやろうじゃねえか」

「……そうだねえ。父さんがそう言うなら、私も反対しないよ」

「ありがとう、父さん!」

「ただし、問題が起こったらすぐに追い出さなきゃなんねえからな」

「わかってる」「わん!」


 同時に返事を返すアレンと暴狼バーサクウルフ


「よかったな、アレン」

「うん。マーク兄さんも、母さんも、ありがとう」

「ところでこの犬、名前は何て言うんだ?」

「名前……そう言えば考えてなかったな」


 アレンは暴狼バーサクウルフに顔を近づけ、小声で尋ねる。


「名前はあるの?」

「おれ、なまえ、ない」



 アレンは少し思案した。



「……タイガ。

 君の名前は、タイガだ!」

「わん!」



 こうして、タイガが「象の背中亭」に棲みつくことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る