第1章 幕間

第1章幕間 第1話「珍客」

 アレンと裕也の間で「取引」が成立した翌日。


『「世界を見返す」とは言ったものの、具体的にはどうしたらいいのやら』


 と裕也に話しかけるアレン。


『それは俺に言われてもな。この世界のことについて、まだほとんど知らない訳だし。

 そういえばお前、学校とか行かないの?』

『学校は今、秋休みだよ。新学期は二週間後さ』

『結構長い休みなんだな』

『収穫期だからね。

 俺の学校は特に家業を手伝っている人が多いから、この時期は休みにしてくれた方がありがたいんだよ』

『なるほどな。

 二週間って言ったが、一週間は何日だ?一ヶ月や一年は?」

『一週間は七日、一ヵ月は三十日、一年は十二ヵ月で三百六十日だね』

『それは元の世界とほぼいっしょなのか……。時間も秒分時と、元の世界と同じ間隔なんだよな』


 そして、裕也はついでとばかりに話題を変える。


『冒険者が「遠征」とか言っていたが、それは何のことだ?』

『大人数の冒険者が雇われて、遠くへ何かをこなしに行くような依頼のことさ。

 何をするのかはそのときによるけど、大型の魔物退治とか、災害処理とか。戦争の場合もあるらしいけど、俺は戦争の依頼は見たことがないなあ。

 今回の遠征は、おそらく魔物退治だろうな。冒険者たちの雰囲気が比較的明るかったし』

『そんな依頼、誰が出すんだ?』

『国が多いけど、たまに大金持ちの大貴族ってパターンもある』


 更に質問する裕也。


『依頼ってのは、どこで受ける?』

『冒険者ギルドだよ。たいてい、町や都市に必ず一つは支部がある。この町にもあるよ。

 首都のギルドは、かなり立派な建物なんだって』

『首都、か。

 そもそもここは何て国なんだ?ほかの国ってのはどんな感じだ?』

『ここはアルトリア王国。アルトリア地方最大の国さ。

 外国については、正直なところあまり知らない。

 もちろん貿易はあるんだろうし、対立や戦争もあるのかもしれないけど、冒険者たちも、この国から出ることはめったにないって言ってた。アルトリアは大国だから、領土も広大だし、大抵のことは国内で完結して、他国に出る必要がほとんどないらしい』

『そうか。ちなみに、人間以外の種族はいるのか?』

『人間以外?』

『俺のいた世界では、言葉を話したりする種族は人間だけだった。空想上では、例えばエルフやドワーフ、あとは獣人なんてのが、ポピュラーな種族だが、あくまで想像上の産物だ。こちらの世界ではどうなんだ?』

『ああ、こっちでも、お話の中にエルフやら獣人やらは出てくるけど、実際は人間だけだね』

『そうか……』


 ここまで聞いた裕也は、何やら少し考え込んだのち、アレンに切り出す。


『「世界を見返す」には、世界を知る必要があるな。

 町を出るとか、国を出るってことも選択肢には入れておいた方がいいかもな』

『……。考えたこともなかったけど、確かにそうかもしれない』

『ま、今すぐって話じゃねえよ。

 それこそ、巨壁ジャイアントウォールとやらの外側でも目指してみたらどうだ?』

『いやあ、そこまではさすがに……。

 あ、そろそろ狩りに出ないと。母さんからはまた肉が尽きてきたって言われたし、大物を仕留めたいところだ』


 学校が休みの間、アレンは店の手伝いとして、接客や仕込み補助、材料の買い出しや狩りなどの役割をこなしていた。

 現在のところ、接客はジュリア、仕込み補助はゴダールやマーク、買い出しはゴダールから、それぞれ「学ぶ」という立場である。

 しかし狩りについては、家族の中でもアレンが秀でており、主担当として店の中でも重要な役割を担っていた。



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『おい、あの木の陰に、鹿みたいのがいるぞ』


 裕也が声をかける。


 北の森に入って約二時間。

 既に兎や鳥などの小さな獲物を数匹仕留めていたが、もう少し量が欲しいと思い、狩りを継続していたところだ。


『了解。幸い風下でまだ気付かれてないな。

 ……まったく、どうして裕也の方がいつも先に見つけるんだよう。自信なくすなあ』

『元の世界では、情報は何より大事だったからな。

 無意識で得ている情報は多い。それを取りこぼさないよう、常に意識の裏に網を張る癖がついてるんだよ』

『それ、言われても普通はできないよ。

 さて、この距離だと、矢が避けられるかもしれないな。

 【微風リトルウィンド】の補助をしてもらえる?』

『あいよ』



 アレンは矢を構えて、狙いを定める。



「【微風リトルウィンド】!」

『ふっ!』



 数日前と比べ段違いに上がった風速に乗って、矢が走る。



「キュルッ!」



 鹿は殺気に敏感で、捕獲側が色気を出した途端に悟られ、逃げられてしまうことも珍しくない。

 その殺気を抑えながら仕留めることができれば熟練の域に達したとも言えるが、アレンにはまだその技術はない。


 しかし今日は、鹿が殺気を悟った頃には手遅れなほどに矢の威力が上がっていた。



『よし!これでしばらくは店も楽になるよ』



 予想以上の猟果に喜ぶアレンであった。



『さあ、帰ろう』


 鹿の解体も終え、重い保存袋を背負って、帰宅することにする。


 森の出口に差しかかったその時。



「ガウガウ!!」



 何かに急に襲い掛かられた!



「わっ、何だ!?……暴狼バーサクウルフ!?」



 アレンの上にのしかかっていたのは、数日前に戦った暴狼バーサクウルフ



「ガウ!

 たべもの、くれ!」



「『しゃべった!?』」

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