第2章 第3話「良き日旅立ち」

「俺の才能タレント、何だと思う?」


 ビスタは試すような目でアレンを見つめている。

 アレンはやや考え答えた。


「格闘……いや、魔法も使えるのか……【戦闘】とか?」

「ブブーッ!残念!」


 ビスタは即座に否定する。


「【察知さっち】。それが俺の才能タレントだ」


「察知?それってどんな力なんですか?」

「最初は、自分の身の危険を【察知】する力だった。

「虫の知らせ」ってあるだろう?それの強力なものと思ってもらえばいい。

 今回あそこの通りの盗賊共の動きに気付いたのも、【察知】が反応したからだ。

 それに、さっきみたいな戦闘時も重宝する」

「それで、攻撃が当たらなかったんですね。

 ……あれ、でも、それじゃあさっきの格闘術や魔法はどうなんですか?」

「俺は【察知】を使い込んだ。

 そしたらな、いつしか、「自分の潜在能力」も【察知】できるようになったんだ。

 格闘術や魔法は、それを伸ばせることが【察知】できたから、自分で鍛えたのさ」

「そうなんですか!?」

「ああ」


 ビスタは続ける。


「そしてそれが、先ほどの君の質問への答えでもある。

 アレン、この社会は今、「洗礼の儀」で告げられた【才能タレント】を前提に回っている。

 でもな、俺はこの【察知】の能力を使いこなすようになってから、こう思うんだ。

 【才能タレント】はあくまで、自分の可能性の一部でしかない、とな」

「自分の可能性の一部……」

「ああ。【才能タレント】は確かに強力だ。しかし、【才能タレント】以外の部分でも、人は可能性に満ち溢れている。俺は、それが埋もれるのが嫌なんだ」

「【才能タレント】以外の可能性……」


 アレンの手は少し震えていた。

 【才能タレント】がないという苦悩。しかし、それを覆す道を示されたのだ。


「まあ、考えてみてくれ。決めるのは君だ。

 ほら、そろそろいい時間だ。その様子だと、俺のところに来るってことは家族に言わずに出てきたんだろう。そろそろ行かないと、怪しまれるぞ」


 ビスタはそう言って、アレンを大通りまで送った。



 その二日後の夜。

 アレンは、店の営業が終わり一服しているゴダールに話しかけた。


「父さん。話があるんだ」

「……おう」


 ゴダールは少しの沈黙の後応じる。


「ビスタさんの言っていた、冒険者養成学校のことなんだけど」

「……」

「俺、行ってみたいと思うんだ」

「……」

「【才能タレント】がないとわかってから、俺、落ち込んだんだ。

 それは、自分に価値がないと突き付けられた気がしたからだ。

 でも、今ではそうじゃないって思ってる。俺にもできることはあるし、俺にしかできないことが、きっとある」

「……」


 ゴダールは一言も発さない。

 アレンはゴダールの反応を気にしながらも、言葉を紡ぐしかなかった。


「それを見つけたい。

 もちろんこの店は好きだし、力になりたいと思っている。

 でも、この店で働いているだけでは、自分の可能性は、知らないままで終わるだろう。

 それはやっぱり、嫌なんだ」

「……」

「……父さん」


「……いいぞ」


 ゴダールは小さく呟いた。


「えっ?」

「勘違いするなよ。俺はお前に冒険者になってほしいわけじゃないし、この店で働いてほしいと思っている。だが、それは俺の希望であって、お前を拘束できるものではない」


 仏頂面のゴダール。

 そこにマークとジュリアが現れた。


「まったく、素直じゃないな、父さんも」

「そうだねえ」

「母さん。兄さんも。

 俺のいないところで、この話をしていたのか?」

「いや、父さんがどう思っているかは、今初めて聞いたところだよ」

「まあでも、あれだけ冒険者たちから引っ切り無しに同じ話をされちゃねえ……」

「冒険者?」


 アレンが外出中に、何人かの冒険者が入れ替わりゴダールの元を訪れていた。

 いずれも、冒険者として各地を旅し、一定の地位を築いている者たちで、ビスタの冒険者養成学校についても情報を得ていた。


「ああ。

 何人もの冒険者が父さんに告げたのさ。「アレンを冒険者養成学校に入れるべきだ」ってね」

「冒険者ってのは、過去に何かしら抱えている連中も多いからねえ。あんたの境遇を見て、何か思うところがあったんだろうよ」

「馬鹿、あいつらは関係ねえよ」


 たまらずゴダールが否定する。


「全く、そういうところが素直じゃないってんだよ」

「でも、俺の狩りの仕事とかは……」

「うちのことは心配するな。

 お前が狩りを始めたのなんて、ここ数年のことだろう。それより前は、材料は仕入れで調達してたんだ。昔に戻るだけさ」

「そうだよ。幸い、最近は稼ぎも増えているしね」

「と言うか、もしアレンに料理関係以外の【才能タレント】が出ていた場合、いつかは家を出ることになるからね。どの道、仕入れについては前から考えていたんだよ」


 ゴダール、ジュリア、マークが口々に言う。


「じゃあ……」

「何度も言わせるな。お前が思うようにしたらいい」


「……ありがとう」


 アレンは掠れた声で言った。



「夜分に失礼するよ」


 ちょうどその頃、店のドアを開ける音がした。


「ビスタさん……」

「話はどうなったかと思ってね。その様子を見ると、決まったようだな」

「……さすが賢者様。お見通しってわけかい」


 ゴダールが皮肉を言う。


「そう言うな。俺だって外すこともある。今回はたまたまだよ」


 ビスタは苦笑する。


「ビスタさん。俺、冒険者養成学校に入学します」

「はいよ。じゃあ、入学時期はまた決めるとするか。

 俺は四日後には発つから、それまでに目途をつけよう」

「はい!よろしくお願いします」


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 ビスタが去った後、家族で話し合い、結局ビスタと一緒にリッツへと旅立つことになった。

 出発時期について、ゴダールは「早すぎる」とブツブツ言っていたが、ジュリアが「こういうことは、決めたんなら早い方がいい」と押し切った。


 それから四日間、アレンは旅支度を整えつつ、友人や知り合い等にしばしの別れを告げるのに忙しかった。


 それもひと段落し、最後の夜、アレンはタイガといっしょに裏庭にいる。


「タイガ、君は本当に俺と来るのでよかったのかい?」

「わん。にんげん、まだアレン以外、ちょっとふあん」

「ここの料理は食べられなくなるけど……」

「それはざんねん。うまいもの、もっと食べたい」

「普通の料理でよければ、食べさせてあげられると思うよ」

「きたいしてる」

「うん。いよいよ明日だな……」


 アレンはこの四日で話ができた人たちのことを思い出す。


 冒険者たちは皆、快く祝福してくれた。


「そのまま冒険者になっちまえよ。いいぞぉ、冒険者は。自由だし、ハリがある」とのことだ。


 ジョーンズさんも、


「おお、そうか。寂しくなるけど、頑張れよ。町に立ち寄った時には、また来てくれや」


 と告げ、餞別と言って、大量の串焼き肉をくれた。この機会にと奮発して買った冷蔵保存袋に入れ、主にタイガのおやつとなっている。


『レナちゃんがあっさりしてたのは、意外だったな』

『うん……』


 急な決定にレナは怒るかと思っていたが、「そう。よかったじゃない。頑張ってね」と、そっけなくエールを送るだけだった。


『ちょっと旅行にでも行くくらいに思っているのかな?』

『まあ、泣いて引き留められるよりは良かったろうよ』

『そうだけど……』


 アレンはやや釈然としない様子だ。


 その他、学校の先生・級友や近所の人たち、仕事上の付き合いのある人たちなど、一通り挨拶を終え、あとは明日の出発を待つばかりである。


『うん。よし、そろそろ寝るぞ!』

『ワン!』


 期待と不安、それに一抹の寂しさを感じながらも、アレンの実家での最後の夜、星は静かに瞬いている。

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