第1章 第6話「初歩的な取引(ビジネス)」

「ぐぅっ!!!」


 遂に暴狼バーサクウルフの牙を諸に受けたアレンは、鈍い呻き声を上げる。


『おい!


 ……いや?』


「だりゃっ!!」


 アレン、そして裕也も致命傷を覚悟したが、痛みはなく、慌てて暴狼バーサクウルフを引き剥がし、距離を取る。



「ガツガツガツ……」



 アレンも裕也も追撃を覚悟したが、暴狼バーサクウルフは何かに夢中で、こちらに攻撃してくる気配はない。



「……錐兎ホーンラビットの肉?」



 腰を見ると、括り付けていた保存袋が割けて穴が開いている。暴狼バーサクウルフは、そこからこぼれ落ちた肉に食らいついていた。



 拍子抜けして脱力し、戦闘態勢を解くアレン



「ええと……まだあるけど、食べる?」


 もう一本、肉を取り出して見せる。


 暴狼バーサクウルフは食事をいったん休止して、アレンを見つめた。

 少し逡巡した様子を見せるも、


「ワン!」


 と一言。



『これは、欲しいってことなのかな?』


『だろうな。

 ……ふはは。

 こいつ、魔物って割には、かなり頭が回るな』

『そうだな。暴狼バーサクウルフって名がつく程だけど、戦闘もかなり理性的だった』

『理性ある者相手なら、俺の分野フィールドだろう。


 ……さあ、取引ビジネスの時間だ』



 裕也は不敵に言い放った。



取引ビジネス?』

『ああ、今回は単純。

 こいつ、お前の兄貴特性スパイスが、相当気に入ったんじゃないか。

 肉と満月草、交換取引だ』

『なるほど』


 その間、こちら――と言うよりも肉――をじっと見つめていた暴狼バーサクウルフに、アレンは努めて明るく話しかける。


「ええと、君。

 僕は、君の縄張りを侵すつもりはないんだ。本当は君と争いたいわけでもない。急に驚かしてしまい、申し訳なかったよ。

 あちらの満月草が少しほしいだけなんだ。肉は全部あげる。だから、この袋に入る分だけ、満月草を分けてくれないかい?」


「クルル……」


 いつの間にか先ほどの肉を食べ終えた暴狼バーサクウルフは、何やら考え込む様子を見せた。

 しかし口元は涎ダラダラである。


『いいぞ、もう一押しだ!』


「これで足りないっていうのなら、定期的に調理済みの肉を届けてもいい。

 何なら他の料理だっていいよ。口に合うかはわからないけど」


「……ワンワン!」


 納得したのだろうか。

 暴狼バーサクウルフはこちらに吠えかけ、踵を返して満月草の方に首を振った。


『これは、取引成立ってことかな?』

『どうやらそう見えるな』


「ありがとう!肉はここに置くね」


 アレンは残りの肉全てをその場に置き、やや駆け足で満月草に向かう。

 一方の暴狼バーサクウルフは、置かれた肉の方へ駆けてきて、早速がっつき始めている。



『これが満月草か』


 予備の保存袋内に入るだけ詰め込み、その場を離れる。

 満月草自体は五メートル四方くらいに自生しているため、そのくらい取っても影響は少ないだろう。



「助かったよ!」



 もう一度暴狼バーサクウルフに声をかける。

 既に全ての肉を食べ終えた彼は、満足げに地面に蹲り、目を閉じていた。



「約束は守るよ!」



 そう言ってアレンは暴狼バーサクウルフのもとを去り、町へと帰ることにした。





『急げ!』

『うん!日ももうすぐ暮れる』


 周囲を警戒しつつも、駆け足で森の中を進むアレン。

 道中、裕也に尋ねる。


『ところで、さっきの戦いのとき、魔法の威力が急に上がったよね。どうして?』

『ああ、初めに違和感を覚えたのは、棘猪ニードルボアとの戦闘時。

 あの時も言ったが、お前が魔法を使うと、何か引っ張られる感覚があるんだよな。

 それも、魔法の種類によってどこを引っ張られるかは違う』

『ふーん……それとパワーアップが、どう繋がるの?』

『引っ張られる感覚に合わせて、俺の方でも押してみたんだよ。

 いや、引っ張るとか押すとかはあくまでイメージ的な話であって、実際に何かを押し引きしているわけではないんだが。あえて言葉にするとすれば、引っ張られる、押す、という言葉が一番しっくりくるな。

 そうすると、魔法の威力が上がったわけだ』

『……。魔法は、自分の魔力を引き出して現象を起こすんだ。僕は魔力の量が少なくて、初級魔法のような威力の低いものしか使えないんだと思ってた。

 でも、引き出す量が少なかったってこと?裕也が「押す」ことによって、魔力の出力量が上がった?』

『いや、そこまでは俺には分からんよ。前にも言ったが、俺の世界に魔法はないし、そもそもこの憑依がどういう状態なのかも判然としない。

 だがまあ事実として、強力な魔法を使えるようになったことは受け止めてもいいんじゃないか』

『ああ。正直、自分が暴狼バーサクウルフ相手にあそこまで善戦できるとは思わなかった』

『まあ、魔法以外でも、お前のナイフなり弓の技術が、つまり今までの経験が、今回の結果を生んだんだ。それは自信を持っていいし、自信に変えるべきだ』

『そうなのかな』

『ああ。自分を卑下することは、あまりに非生産的だからな』

『……』


 森を駆けながらも、アレンは少し照れたように頬を掻く。


『ところで、パワーアップした魔法なら、何級くらいになるんだ?』

『んー……威力だけなら二級、もしかしたら三級くらいかも。十段階でね。

 ただレベルの高い魔法は、起こす事象が複雑だったり効果が違ったり、一概に威力だけで分類できるわけじゃないんだけど』

『なるほどな。

 おっ、出口が見えてきたんじゃないか』


 行きと違い、道が分かっている分、帰りは最短距離を進んでこれた。

 道中は魔物に出くわさなかったということもあり――これはアレンに暴狼バーサクウルフの匂いが染みついており、魔物も避けていたという理由によるが――行きよりもずっと短い時間で森の出口に辿り着くことができた。



『よし、行こう、レナのところへ!』

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