第1章 第5話「VS暴狼(バーサクウルフ)」

 普通の狼よりはやや大きく、全長二メートル強。

 鮮やかな青い体毛が美しく、普通の狼よりもやや長い耳を有していた。それ以外は変わったところはなく、取り立てて危険な部位も見当たらない。


 そんな暴狼バーサクウルフは、近づくアレンの方を一瞥したが、その後すぐに別の場所に視線を移した。

 後脚を曲げ腰を下ろす姿は落ち着いており、貫禄さえ感じさせる。


『あれ、こっちには気づいているな』

『うん。その上で無視されているみたいだね』

『とりあえず、ゆっくり近づいてみるか』


 アレンはひとまず正面から、恐る恐る歩を進める。

 いきなり襲い掛かられても対処できるよう、慎重に。


 そうして小川までたどり着く。

 小川の水位は低く、足首までつかる程度で、渡ることは難しくなさそうだ。

 そうして小川を渡り切ろうとすると、


「グルルルルルル……」


 先ほどまでこちら側には見向きもしなかった暴狼バーサクウルフが、腰を上げ、低く唸り声を上げて前傾姿勢を取る。


『おい、警戒されてるぞ』

『うん。いったん戻るよ』


 慎重に後ずさると、距離が開くにつれ、暴狼バーサクウルフも警戒態勢を解く。


 何度か同じことを繰り返すも、小川を渡りきることはできなかった。


『うーん、この川より近づく物には容赦しない、って感じだね』

『あれより内側が奴の縄張りなんだろう。

 どうする。回り道して背後から近づくか?』

『いや、おそらく匂いで気づかれる。

 ここは比較的平らで、視界も開けている。下手に足場や障害物で動きを抑制されちゃうと、こちらが不利だ』

『となると、正面突破か』

『……そうなるね。倒すことは考えず、向こうの満月草を何とか掴んで逃げ帰ることを目標にする』

『それがいい。念のため、お前はどう戦えるのか教えてくれ』

『武器はナイフと弓。

 魔法はさっきも言ったように、火・水・土・風・木の一通り使えるけど、威力は弱い。

 戦闘に使えるとしても【小火リトルファイヤ】、【掘土ディグ】、【隆起サンドアップ】、【微風リトルウィンド】くらいかな。

 それも猫だまし程度だ。小さな火や風を起こすか、土に小さな穴を空けたり、ちょっとした隆起を作るくらい。コントロールには自信があるんだけど』

『そうか……

 例えば、風で弓の威力を増したりはできないのか?』

『!! やったことないけど、できる気がする。やってみよう』

『あとは火でナイフを熱しておくとかな』

『……よく思いつくな』


 アレンはそう応じながら【小火リトルファイヤ】をナイフの刃に発動させた。


『火で草が燃えないよう気を付けろよ』

『そうだね。

 ……うん。行くぞ!』


 アレンは矢を番えて全力で弓を引き絞り、暴狼バーサクウルフに狙いを絞る。


「【微風リトルウィンド】!最大威力だぁぁ!!!」

『!?』


 強めの風が暴狼バーサクウルフに向かって吹くと同時に、アレンが矢を放った。


「ガウッ!」


 しかし暴狼バーサクウルフは機敏な動きでそれを避け、同時にアレンに向かって駆けてきた。


 アレンは刃渡りの大きいナイフを構えて突撃に備える。


 ガキン!!


 アレンの喉に向かって喰いかかってきた、暴狼バーサクウルフの牙を、ナイフで受け止める。


「ギャウ!」


 予想以上の熱さに驚いたのか、暴狼バーサクウルフは慌てて後ろに飛び退いた。


 アレンも後ろにステップを踏み、二者の間には再び距離が生じる。


「さすがに熱したナイフは嫌みたいだな」


 アレンはその隙に小火リトルファイヤを唱え、ナイフを熱し直す。



 裕也が口をはさむ。


『おい、さっきの風と矢、もう一回やってみてくれないか』

『えっ?避けられると思うけど』

『ちょっと試したいことがある』

『わかった』


 アレンはもう一度弓矢を構えた。


「【微風リトルウィンド】」

『ここだ!』


 アレンが魔法を発動させる直前、裕也も力を込めた。

 アレンは同時に矢を放つ。


 ゴウッ、と先ほどより遥かに強い風が生じ、鋭く加速する矢。


「!?」


 暴狼バーサクウルフは慌てて右へ飛び、回避する。


『畜生、避けられた!』

『何だ、今の!?』

『話は後だ!来るぞ!矢を途絶えさせるな!』


 アレンは矢を数本口に咥え、連射する。


 しかし暴狼バーサクウルフはアレンを中心に円形に駆け、アレンの矢は暴狼バーサクウルフのやや後方をすり抜けてしまう。


『駄目だ!連射が間に合わない!』


 口に咥えた矢が尽きると同時に、暴狼バーサクウルフは怒った様子で、こちらに向かってくる。


「ガアッ!!」


 今度は暴狼バーサクウルフは全速力で駆けてきた。


「【掘土ディグ】!【隆起サンドアップ】!【掘土ディグ】!【隆起サンドアップ】!」


 アレンは今度は、暴狼バーサクウルフの足元目掛けて土魔法を放つ。


 しかし、


「駄目だ!全部避けられる!」


 どれか一つにでも足を取られたら隙が生じると考えての土魔法だったが、暴狼バーサクウルフは、まるで全ての土の動きを把握しているように巧みに避けながらアレン目掛けて走り迫る。



 暴狼バーサクウルフの牙や爪による攻撃をナイフで受ける。



『右!左!上だ!』


 裕也は攻撃の方向をアレンに伝える。

 アレン一人では捌き切れなかったかもしれない連撃だが、何とか凌いで、少しずつ後ろに下がる。


『火を!』

「【小火リトルファイヤ】!」

『おらぁ、こうだろう!』


 今までは直径三センチ程の小さな熱源でしかなかった小火リトルファイヤだが、急に直径十五センチほどの炎の球が現れた。


『ギャアアアア!!』


 炎球が直撃した暴狼バーサクウルフは、大きな呻き声を上げながら倒れこむ。


『今だ!』

「だぁぁぁ!!!!」


 暴狼バーサクウルフの顔面目掛けて下ろされるナイフ。


『ガゥッ!』


 しかしすんでのところで身を捩った暴狼バーサクウルフは、そのままアレンに背を向けて全速力で駆け、振り返ってまたアレンに相対した。


『もうちょっとだったのに!』






 そこからは一進一退の攻防が続いた。


 威力の上がった炎や矢の攻撃を軸に、遠近両方から攻め立てるアレン。

 しかし暴狼バーサクウルフは今まで以上に機敏さを増し、攻撃は当たらない。


 一方暴狼バーサクウルフは、特に火が嫌なのか、危険を感じるとすぐに身を翻し、決定打を与えさせない。



 それでも、時の流れはアレンには微笑まない。


「ハア、ハア、ハア」


 アレンの息は次第に乱れ、疲れで動きは鈍りつつあった。


 暴狼バーサクウルフは、さすが野生の獣、動きの切れは衰えるどころかむしろ増しつつある。

 今はアレンから距離を取り、ゆっくりと弧を描くように周囲を移動している。


『おい、そろそろやばいぞ』

『うん。でもどうすれば……』


 一瞬逡巡するアレン。

 それは疲労に耐えかねたアレンの見せた、本日最大の隙。


 暴狼バーサクウルフはそれを見逃さない。後脚の筋肉を目に見えて肥大化させると、爆発的に加速して、今日一番の速さで一直線に襲い迫る。


『来てるぞ!』


「!!!!!!!!!!!!」



 アレンの腰に、牙が食い込んだ。

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