第1章 第4話「森へ」

 カントナの北の森にて。


『故郷では、森に入る機会なんてほとんどなかったな』


 裕也が呟く。


『そうなんだ。あんまり奥へ進むと多少の魔物は出るんだけど、この森の魔物くらいなら僕も倒せるから、そこまでの危険はないよ』

 

 そうして歩を進めること、一時間ほど。

 入り口付近は比較的整備されていたが、だんだんと人の手による気配がほとんどない場所に足を踏み入れつつあった。


錐兎ドリルラビットだ』


 心の中で呟いて、弓を取り出し、矢を番える。


 狙いはウサギのような魔物だ。こちらに気づいた様子はないが、キョロキョロと辺りを警戒しながら進んでいる。


 アレンは慎重に気配を消しつつ、頃合いを見計らう。

 錐兎ドリルラビットの目線がこちらを外れた瞬間、矢を放った。


「キュッ」


 矢は見事命中。

 錐兎ドリルラビットは小さな鳴き声を上げて倒れた。


 アレンは周囲への警戒を継続しつつも、仕留めた獲物のもとに向かう。


『上手いもんだな』


 裕也が感心する。


『慣れてるからね。それに、弓は得意なんだ』


 倒れた錐兎ドリルラビットを確認したアレンは、早速血抜きと解体にかかる。


「【微風リトルウィンド】。風よ、回れ」


 アレンが魔法を唱えると、風が流れる。


『これも魔法か。周囲を渦を巻くように風を発生させている?なぜだ?』

『血抜きをすると、どうしても血の匂いが出るからね。

 風魔法で空気の壁を作って、匂いが外に漏れないようにしているんだ』


 裕也に応えながらも、アレンはテキパキと薪を組み立てた。


錐兎ドリルラビットは、耳の部分が硬く尖っていて、近づくと突撃してくる。でもそれだけだ、弓で狙えば簡単に倒せるし、動きもそんなに早くない。

 耳の部分以外は普通にウサギと同じように食べられるから、肉としては一般的なんだよ。

 ――よし、解体が終わった」


 アレンは解体が終わった肉を保存袋に入れた。


『この保存袋は魔道具で、普通の袋よりも密閉度が高いんだ』

『へえ、道具に魔法をセットすることもできるのか』

『まあ、冷蔵機能付きとか、空間拡張機能付きとか、もっと便利なのもあるけどね。お金が……』

『商売に使うんなら、ある程度の初期投資も大事だぞ』

『そうだね。考えてみるよ。

 よし、行こう』


 そうして、錐兎ドリルラビットを六匹ほど狩ったところで、腹がぐーっと鳴る。


『お昼にしようかな。【微火リトルファイヤ】』


 新たな魔法だ。薪に火が灯る。

 解体を終えた錐兎ドリルラビットの肉に塩やスパイスを練り込み、火にくべていくアレン。


『本当に手馴れているな。ちょっと見直したぞ』

『そりゃどうも』

『魔法は他にもたくさん使えるのか?』

『火、水、土、風、木の五属性は、一応全部使える。どれも初級だけどね。学校では二級魔法までは教えてくれるんだけど、ほとんど使えない』

『それはこの世界では普通なのか?』

『いや、二級魔法くらいなら使える人の方が多いよ。ただ、五属性全部を扱える人は割と珍しいみたい』


 魔法について話をしているうちに、肉に火が通ったようだ。


『そろそろいけるかな』


 そう言ってアレンは串刺しにした肉一本に手を伸ばし、豪快に頬張った。


『おっ、美味いな!』

『そうか。感覚は共有しているんだったね』

『味覚も五感の一つだからな。しかしこの味、塩とスパイスが絶妙だな』

『スパイスはマーク兄さん特性配合さ。僕にこの味は出せない。

 ……ご馳走様』


 食べ終えたアレンは、残りの肉を別の保存袋にしまい、袋を腰に括り付けた。


『いったん帰ることにするよ』


 火を消し、【微風リトルウィンド】を解除したアレンは、帰路につくことにする。


『レナの所に行かないと』


----------------


 レナの家、玄関のドアをノックしようとしたその矢先。


「先生、娘の容体は……」


 レナの父の必死そうな声が聞こえてきて、思わず手を引っ込めてしまう。

 何やら深刻そうな雰囲気だ。窓越しに、医者の言葉が聞こえてくる。


「原因を、何とも判別しかねるわい。

 心拍や体温、血圧などは正常そのもの。治癒魔法も効かぬ。

 謎なのは、注射の針が刺さらないんじゃ。

 一方、本人の自覚表情として全身の虚脱感。力が入らず、歩くのもままならないとくる」

「そんな……何か似たような症状などは……」

「強いて言えば、全身の虚脱感は、魔力欠乏症と似ているの。

 普通魔力欠乏症になると、身体のほかの部分にも何かしらの症状が現れるのじゃが……」

「じゃあ、その魔力欠乏症としての治療を!!」

「それがのう……」


 なぜか声が渋る医者。


「すまんが、今、薬が手元にないんじゃよ」

「では、どこで手に入りますか!」

「大きな街まで行けば確実に手に入るが、片道二日の距離じゃからな。往復するにはちいと時間がかかりすぎ、容体がどうなるか分からん。

 薬は満月草を煎じて作るのじゃが、満月草は魔力回復薬の材料にもなるのでな。この遠征に備え、どこも品切れのようじゃ」

「それなら、私が満月草を取りに行きます!」

「確か満月草は、北の森の奥に自生しておったはずなんじゃが……」

「北の森なら、そんなに危険な魔物もいないし、何とか私でも……!」

「それがのう。

 どうも数か月前から、暴狼バーサクウルフが流れてきて、住み着いておるという情報がある。

 一匹だけのようじゃが、それでも暴狼バーサクウルフを仕留めるには、最低でもCランク冒険者のパーティーが必要。

 ましてや、お主のような一般市民に倒すのは不可能じゃよ」

「そ、そんな……そうだ、冒険者に依頼を!」

「だから、その冒険者も遠征で出払っておる」

「そんな、ではどうしたら……」


 アレンはそっとレナの家を去ることにした。

 そのまま町の裏手へと向かう。


「レナ……」


 裕也がアレンに話しかける。



『それで、お前はどうするんだ』

『どうするも何も、僕なんかに暴狼バーサクウルフを倒せるわけがない』

『じゃあ、このまま手をこまねいて待ってるのか』

『いや、だから、まだ町にいる冒険者を探してみるよ』

『いるのかいないのか分からない奴をか。レナちゃんの容体は、いつ悪化してもおかしくないかもしれないぞ』


「だから、じゃあどうしろって言うんだよ!」


 思わず声を荒げるアレン。


『行けよ、森に。

 暴狼バーサクウルフ以外の危険はないんだろう。何もそいつを倒せというわけではない。満月草とやらがどうしても必要なら、そのための最善最速の手段を考えろ。

 町にいてできることは、多分レナちゃんやお前の両親たちがやるぞ。

 本当にレナちゃんを救いたいなら、今お前にしかできないことを探せ。常識に囚われるな。

 そして、諦めずに行動し続けろ』

『諦めずに行動し続ける……』


 アレンは意を決した。



--------------


 戻ってきた森の中を、なるべく速く駆ける。


 普段見知った場所のはずが、今は何だか別のところに来たような気がして、心臓が普段より細かい鼓動を刻むのを感じる。


『満月草とやらについては分かるのか?』

『冒険者の人たちが持っているのを見たことがあるよ。銀色に光っていたから、見ればすぐわかると思う。でもどこにあるのかは……探してみないと何とも言えないな』


 そんな確認をしていると、


『待て、何かいるぞ』


 今度は裕也がアレンに伝えた。


『えっ?』

『あそこ。茂みが動いた』


 アレンは視界の端にあった茂みを見つめる。

 その途端。


「ブモーッ!」


 大きな猪が跳び出してきた。

 よく見ると、大きな二本の牙があり、背中にも無数の棘がある。


棘猪ニードルボアだ!』


 アレンは素早く腰を上げ、ナイフを構えて突進に備えた。





 ドドドドドドドド!



 重い足音を立てて突進してくる棘猪ニードルボア


「!!!」


 あわや激突の瞬間。



「【微風リトルウィンド】!」



 アレンは魔法で、風を下から上へと流す。


 棘猪ニードルボアの前脚が少し浮いたと同時に、自身は左に身を交わし、すれ違いざまに後脚の膝裏を、ナイフで切り付けた。



「ボアッ!?」



 ズシャー―ッ!!



 バランスを崩し、たまらず転倒する棘猪ニードルボア



「今だ!」



 素早く矢を番え、放つ。


 矢は見事に腹に命中し、程なくして棘猪ニードルボアは動かなくなった。




「ふう……」


 アレンは一息ついた。


『すげえじゃねえか!』


 さすがの裕也も興奮する。


『これくらいは、狩人ならみんなできるよ』


 苦笑気味に応じるアレン。


棘猪ニードルボアは、牙と背中の棘は危険だけれど、基本的に突進しかしてこないから、避けるのは簡単なんだ。あとは柔らかい体の内側を狙えば、意外と簡単に倒せる。

 さて、棘猪ニードルボアも結構美味しいんだけど、今は急ぎだからな……』


「【掘土ディグ】」


 土魔法で小さな穴を作り、アレンは棘猪の遺体を底に埋めた。


『これで、死体に引かれて強力な魔物が寄ってくることもないかな。ええと……』


 アレンはやや考え込む。


『どうした?』

『そろそろ、僕も踏み入れたことがない奥地なんだ。

 満月草はどこにあるのかと思って』

『そうだな……ちょっと、辺りを見渡してみろ』


 アレンは素早く辺りを見渡した。


『!!あれ、足跡じゃないか』

『本当だ。

 ……僕にも見えているはずなんだけど、わからなかったよ。

 さっきの棘猪ニードルボアのときも、茂みの気配によく気付いたね』

『まあ、人間、視界の中のものを全て認識できているわけではないからな。

 俺とお前は視覚を共有しているけれど、その中で何に意識を割いているかは、それぞれ違う場合もあるってことだろう。俺も、気になることがあれば伝えるようにする』

『助かるよ』

『で、この足跡、どうする』

『知らない足跡だけど、犬や狼のものに似ているな』

『それ、暴狼バーサクウルフってやつじゃねえか? そいつ、満月草の生えているところを縄張りにしているんだろう?』

『それだ!足跡を追ってみよう』


 足跡の続く方向へと走り出すアレン。


『ところでよ』


 道中、裕也が話しかける。


『さっき風の魔法を使ったとき』

『【微風リトルウィンド】?』

『それ。何だか引っ張られるような感覚があったんだが……』

『何だい、それは?僕には分からないぞ。感覚、共有しているんじゃなかったっけ?』

『そうなのか。俺は、グイっと引っ張られる感じがしたんだ。

 野ウサギの時の風や火は、特に何もなかったが』

『あのときは、棘猪ニードルボアを少しでも浮かせたかったから、威力重視で魔力を込めたけど……』

『それかもな。とりあえず今の段階では何とも言えないか』

『うん。何か感じたらまた教えてくれ』

『了解。おっ、ちょっと拓けてきたんじゃないか』


 森が開けて、小さめの川を中心に、少し広場のようになっている場所に出た。


「あれは……」


 川の向こう側。青色の大きな狼が座っていた。

 狼の向こう側には、銀色に輝く草が生い茂っている。


暴狼バーサクウルフか』

『うん。その奥にあるのが、おそらく満月草だ』

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