第1章 第3話「美少女幼馴染は性格が良い」

「ただいま」

「お帰り、アレン!これから夕食時だから、ちょっとホールを手伝ってくれないかい。

 冒険者たちがもうすぐ遠征に行くから、今がかき入れ時なのさ」


 アレンの両親の食堂「象の背中亭」は、この町では比較的人気の定食屋だ。

 毎日多くの町民や冒険者たちで賑わっているが、今日は特に盛況のようだ。


「わかったよ、すぐ行く」


 母・ジュリアに声をかけられたアレンは、自室に戻って着替えを終え、炊事場に立った。


「【微水リトルウォーター】」


 魔法を唱えると、空中から水が発生し、それで手を洗う。


『おお、これが魔法か。初めて見た。そっちにある水道は、何で使わないんだ?』

『水道からも水は出るけど、魔法で出した水の方がきれいだからね。

 飲食店だし、衛生管理はしっかりしないと』

『おっ、それは大事だな。だが確かに、魔法は便利だな』

『水魔法は、基本的なものなら大体の人が使えるよ』

『ところで、冒険者ってなんだ?』

『冒険者は、何でも屋さ。依頼次第で何でもする。

 町の掃除から、モンスター討伐、山や森での素材採取まで』

『なるほどね。元の世界ではお話の中の職業だったが、そこでの定番の概念と同じなんだな』

『さあ、行かなくちゃ』


 アレンがホールに向かうと、そこには既に大勢の人だかりができていた。


「おっ、今日は本当に繁盛しているなあ」

「よお、アレン坊。鶏肉炒め定食二つお願いできるか?」


 早速注文があった。


「はいよ、鶏定2ね」

「おーい、こっちの煮魚定食はまだかー?」

「はーい、確認するので少々お待ちくださーい」


 大声が飛び交う風景も、アレンにとっては見慣れたものである。


 厨房では、父・ゴダールと、兄・マークが、鬼の表情で料理を作っていた。


「マーク兄さん、煮魚定食はできてる?」

「アレン、やっと帰ってきたか。あっちにあるよ」

「わかった、持っていくな」

「おう、早くしろ」


 煮魚定食のプレートを持って、先ほどの席へと向かう。


「煮魚定食お待たせしました」

「おお、来たな。……美味え!

 この店は昔から美味いが、最近急に腕を上げたな」

「そりゃおめえ、マーク兄の「味付け」の【才能タレント】よ。

 ゴダールの「料理」の【才能タレント】もなかなかのもんだがよ、「味付け」みたいな【才能タレント】は、ピンポイントっていう欠点はあるが、その分特定分野に関してはめっぽう強くなれるからな」

「ほう、なるほどなあ」

『へえ、なるほどね』


 したり顔で語る冒険者と、感心した表情で返す冒険者。

 密かに裕也も相槌を打っている。


「アレン坊、お前の【才能タレント】はどうなんだ?そろそろ十五歳だろ?」

「えっ、僕!?あはは、まだ結果は出てなくてねえ」

「ば、馬鹿、お前、その質問は……」


 その場の空気が一瞬で微妙なものに変わる。

 アレンに【才能タレント】がないという事実は、大っぴらに公言してはいないが、それでも徐々に広まりつつあった。


「ギャハハ、【才能タレント】なしが、大ボラこいてやがる」


 その空気をさらに壊す声があった。


「ケビン……」


 同い年のケビン。

 以前から、学校などで何かにつけてアレンに突っかかってくる彼だったが、アレンに【才能タレント】がないことを知ってからは、特に絡んでくるようになった。


「おう、おっさん。

 そいつは先月の「洗礼の儀」で、「【才能タレント】なし」っていう前代未聞の結果を出したのさ」

「そうそう、【才能タレント】なしなんて聞いた事ねえや!」

「ちげえねえ、役立たず!」

「ギャハハ」


 ケビンの言葉に、取り巻きたちも無駄に同調する。


「ま、その点、俺はばっちり【鍛冶】の【才能タレント】が出たからよ。

 おっさん、今後装備を揃えるときは、うちの「金十字装備店」も使ってくれよな」

「さすが、親孝行だぜ、ケビンさんは」

「バカ、親父をも超えるんだよ、俺は」


 鍛冶工房の息子として生まれたケビンは、家業に合致した【才能タレント】判定が出たことにより、跡取りの有望株となっていた。


「……」


 あれほど活気のあった店内だったが、どう反応したらよいかわからず、冒険者も口を噤みつつある。

 そのとき、


「あっ、ケビン先輩!またアレンをバカにしてますね!」


 ケビンに声をかけた一人の女の子は、


「レナ……」


 アレンやケビンたちの幼馴染、レナだった。

 この界隈の商店街の子供たちは、町外れにある小さな学校に通っている。

 レナは二つ下の学年だが、店同士が近く、特にアレンやマークとは小さな頃から一緒に遊んだ仲だった。


「確かにアレンは【才能タレント】に関しては良い結果が出ませんでした。

 でも、この「象の背中亭」ではずっと親の手伝いをしてるし、なくてはならない存在です。

 学校の成績も良いし、何もできない役立たずなんて、ひどいです!」

「そうは言ってもよ。もうすぐ町の学校も卒業だ。【才能タレント】なしじゃ、そのうちジリ貧だぜ」

「う……そうかもしれないけど、どうなるか分かりませんよ!」

「はっ、どうだかな」

「とにかく!店の空気を悪くして、営業妨害です!食べ終わったなら、出ていったらどうですか!」

「お、おう、わかったよ……おらお前ら、行くぞ!」

「へーい」


 レナの剣幕に、ケビンも敗色を悟ったのか、ここはおとなしく引き下がるようにしたようだ。


 カンカンカン!


 甲高い音が鳴り響く。


「はいはい、この話はここまで!食事を続けな!」


 ジュリアがフライパンをお玉で叩きながら叫んでいた。


「ちげえねえ、飯は楽しく食いてえしな」


 気を取り直して食事に向かう冒険者たちだった。


「ありがとう、レナ」


 アレンはこっそりレナに話しかけた。


「いいえ。全くあんな人、気にしたら駄目よ」


 基本的に年上には敬語で話すレナだが、幼い頃から親しんできたアレンなどは例外であった。


「うん。ところで、注文は?」

「ああ、今日はお客じゃなくて、手伝いとしてきたの。もうすぐ遠征があるでしょ、多分忙しいだろうから。

 ジュリアおばさん!私、手伝いますね」

「あらあら、ありがとう。お給料は払うからね」

「いえいえ、お気遣いなく!」


 エプロン姿に着替えたレナがスタッフに加わると、


「おっ、今日はレナちゃんがオーダーしてくれるのか。やったね」

「レナちゃんこっち!ビール人数分追加で!」

「はーい」


 更に色めき立つ店内だった。


『あの女の子、やるな』


 裕也も感心する。


『うん、助かるよ』

『そんな女の子にお前はフォローされているばかりなわけだが』

『うっ、それは……』

『まあいい。働け!』


 それからは何事もなく、何とかラッシュ時を乗り切るのだった。


 ----------------------


「はいよ、レナちゃん。お疲れ様。ありがとうね」


 嵐のような時間が過ぎ去り、ようやく店内には客がいなくなった。

 ジュリアはレナにタオルを渡す。


「ありがとう、おばさん。今日も大繁盛だったね」


 レナは、後ろで一つに束ねていた長い金髪をほどきながら答える。

 ちなみにレナが働くときは注文が普段の一.五倍になるのだが、本人にはそれを告げないのが「象の背中亭」の暗黙のルールだった。


「おかげで助かったよ。レナちゃん、夕飯、食べていくだろ?」

「わーい、おじさん、ありがとう」


 手伝いの後でゴダールが賄いをふるまうのも、定番の流れだった。


「今日は何にする?」

「いつものシチューで!……ゴホゴホ」

「レナ、大丈夫?さっきまでは何ともなさそうだったけど」

「うん、大丈夫。ちょっと疲れたのかな……」

「今日は早めに帰るといい。シチューは包んであげるから」

「ありがとう、おばさん。そうさせてもらうわね」


 心なしか、笑顔にも元気がない。



 レナはエプロンを外すと、帰り支度を始めた。


「遠征は明日からみたいだから、多分明日の昼からはそんなに混まないよ。家でゆっくりしておきな。

 ほら、シチューだ」

「ありがとう、おじさん、おばさん。それじゃあ、お先に失礼します。マークもアレンも、またね」

「ああ、レナ。お大事にな」


 マークも軽く手を振る。


「気を付けてね……」


 心配顔で見送るアレン。


「大丈夫よ。ちょっと休んだら、また元気になるわ」


 そう言いながら、レナが店のドアを開ける。


『バカ、こういうときは送っていくもんだ』

「!! 待って、レナ。やっぱり僕も行く!」


 アレンは慌てて声をかけた。

 いつになく積極的なアレンに、ゴダールとジュリアは少し目を見張る。


(売上一.五倍を叩き出す従業員なんか、そう簡単に手放すなよ……)


 アレンに聞こえないように裕也は一人ごちるのだった。


 ----------------


 五日後の朝。朝食中、ジュリアがアレンに話しかける。


「アレン、ちょっと兎肉が足りなくてね。

 森へ行って、狩ってきてくれないかい?」

「そうなんだ、わかったよ。すぐに出かける」


『狩り?』

『うん。町の北は森が広がっているんだけど、動物や植物がたくさん採集できてね。町の人々にとっては貴重な食糧調達の場なんだ。

 入り口付近は比較的安全だから、十歳を超えた頃から採集に来る子供も珍しくないよ。

 僕も五年前から森で採集を始めて、今では野ウサギや野鳥を狩って、店に卸すのが僕の仕事』


 身支度を終えたアレンを見送る際、ジュリアが言う。


「そう言えば、レナちゃんのこと、聞いてるかい?」

「いや?言われてみれば、最近会ってないな」

「何だか病気みたいでね。帰りにでも、お見舞いに行ってあげな」

「ありがとう、そうするよ」


『……心配だな』

『うん』


 一抹の不安を覚えながらも、アレンは森へと向かうのだった。

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