廃村 9

 おびただしい数のカラスが黄昏時の空を埋め尽くす。黒岩は腰を抜かしてしまっていた。


「ひとまず、屋敷に退散しましょう」


「あわあわあわ」


 フユキは黒岩を担ぎ、ユウイチたちを先導して歩き出した。ユウイチは慌ててフユキに近づき、二人で黒岩の腕を肩にかけた。


「ナナセさんたちは先に行ってください」


  ユウイチに促され、ナナセは怯えるマコトの手を引いた。それからすぐにユウイチらを追い抜くと、少しだけ振り返り、ユウイチを見た。


「ユウイチさん、フユキさん、気をつけてください」


 ユウイチはナナセの心配そうな目を見て頷いた。それからナナセ達は振り返ることなく屋敷に続く道を駆け抜けていった。カラスはユウイチ達の

頭上を中心に円を描いて旋回を続けた。夕焼けを浴びたその光景は、大きな赤い瞳のようにも見えた。



「まさか襲ってきたりしませんよね」


「あいにく、私はカラスと会話できないんでね」


「祟りだ祟りだナンマンダブ」


「黒岩さん、起きてるなら自分で立てますか?」


 フユキの懇願も虚しく、黒岩はでたらめな念仏を唱えるだけだった。ユウイチもフユキもこの異常事態にただでさえ動転しているので、この念仏が非常に鬱陶しかった。









 幸い、カラスが襲いかかることはなかった。三人は息も絶え絶えになりながら屋敷に到着した。入り口にはナナセとマコト、それに黒岩の家族と思われる、村まで案内をしてくれた男女が身を寄せ合いながら立ちすくんでいた。


「ユウイチさん、フユキさん、怪我はないですか?!」


「大丈夫だよ、ナナセさん。何もされてない。けど、ちょっと疲れたかな」


「父さん、何があったの?」


「や、社が壊されてしまった。あの女め、許さん」


 屋敷に入り安堵したのか、黒岩は恐怖から次第に怒りの感情をむき出しにしてきた。


「落ち着いてください、黒岩さん。まだルミ子が壊したとは決まっていません」


 苛立つ黒岩をフユキはなだめようとしたが、無駄だった。


「あの女に決まっているだろう。他に誰がこんなことをする」


「私もルミ子さんがしたとは思いません。あの人はいちいち嘘をついて行動をする人ではありません。本気で壊す気なら私達の意見なんて耳も貸さないでしょうし、みんなが止めに入ってもルミ子さんを抑えられる人間なんてここにはいませんから」


 ナナセの意見に『ノノメセタ』のメンバーはみな、納得した。確かにルミ子がこの様な姑息な手段を用いて社を壊すとは考えにくい。では一体、誰が……




『皆さん、どうかされましたか』


 突然、一人の男が屋敷に上がりこんだ。男は全身黒尽くめで、黒い長髪で顔の右半分が隠されていた。

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