公衆電話 5

「一家心中、母親の助けを求めてアンタは電話していたのね」


 ルミ子は子どもの霊を抱きかかえながら呟いていた。一家心中とは、悲しい事件だ。しかし、この辺りでそんな事件があったとは聞いていない。下調べに不備があったのだろうか、それともまだこの事件は表沙汰になっていないのだろうか。どちらもあまり考えられないことだ。思い当たるフシはもう一つあった。誰かが意図的に連れてきた可能性だ。


「怪廻サークルの仕業かしら……」


 怪廻サークル。それは行き過ぎたオカルトマニアが集まる秘密の組織。具体的な目的は不明だが、どうやら意図的に心霊スポットや都市伝説を作り上げ、世の中に拡散をしているようだ。ルミ子も最初はたちの悪いイタズラぐらいに思っていたが、その手段、やり口は明らかに本物の霊能力者が関わっていた。特にここ最近、怪廻サークルが関わっていると思われる心霊スポットが急増しており、ルミ子も警戒している正体不明の組織だ。


「だとしたら、趣味悪いわね。こんな子どもを利用して。見つけたらタダじゃおかないわよ」ルミ子は捕まえていた手をほどき、子どもの頭に手をやった。「かわいそうに、成仏なさい」


 ルミ子は両手の平に力を込めると、子どもの霊は光り輝き、泡のように消えていった。幻想的な雰囲気をぶち壊すようにルミ子はでかい屁をこいた。


「除霊の後は屁が出る。コーラを飲んだ後ゲップがでるくらい確実にね」


 どこかで聞いたことのある台詞とともにルミ子はゲップも出した。一人になると気が緩んでしまうそうだが、世の中の多くの美男美女も恐らく同じだろう。


「さて、と。これで一件落着ね。帰りに牛丼でも食って帰りましょ。ナナセちゃんは若いのにちょっと細すぎるから、たっぷりカロリーを摂らせないとね」


 ルミ子は振り返り、この場を去ろうとしたが、徒然と続く木々を見てあることに気がついた。


「帰り道、どっちだっけ?」













 ----同刻、ナナセは外界を遮る窓ガラスが無くなった車の中で、一人の男と目が合っていた。いや、その男の瞳は黒目が異様に大きく、どの方向に目をやっているのか判別がつかないので、実際に視線が交わっているかは定かではない。確実に言えるのは、その男がナナセになにか危害をもたらそうとしていることと、話し合いに応じる気が無いということだ。


「あ、あの、なんなんですか? なにか用事ですか?」


 ナナセはルミ子が戻るまで時間を稼ぐことがさ最良の選択だと考え、この黒目の男に話しかけた。男は何も反応しなかった。


「ここ、心霊スポットって知ってます? あなたもそれが目的ですか?」


 ナナセは爆発しそうな恐怖心を抑え、男に話しかけ続けた。震える手をもう一方の手で無理やり抑え、冷静を装っていた。最初にこの場所に来た時に感じた精神的恐怖とは違い、身体の危機を感じる肉体的恐怖をナナセは殆ど経験したことがなかった。


「もうすぐ知人が帰ってきますんで、そろそろ離れたほうがいいですよ。窓を割ったことは秘密にしときますから」


 男は口を開けて笑った。その口内には歯が一本も無かった。その邪悪な笑みにナナセは反射的に飛び上がった。男は笑顔のままナナセのもとに手を伸ばした。長く伸びた爪がナナセの方に触れた。


「いや、助けてルミ子さん!!」


 ナナセは全身を拡声器にしたみたいに大きな声で叫んだ。声は遠くでこだましていた。

















 ルミ子は座禅を組んで意識を集中させていた。公衆電話の付近に溜まっていたこだまが残っていれば容易に元の場所を感知できたのだが、それはルミ子が早々に消し飛ばしてしまっていた。そこでルミ子はナナセの恐怖心、こだまの元を感じ取ろうとしていた。それは非常に小さく、微かなものなのでルミ子といえどもそう簡単にはいかない。しかも先程の屁の臭気があたりに立ち込めており、ルミ子の集中力を削いでいた。


「っくっさ、あぁ、くさ」



 自分の屁の臭いに怒りがこみ上げる中、小さな叫びがルミ子の耳に届いた。


 助けて ルミ子さん!


「ナナセちゃん!! こっちね!!」



 ルミ子は目を見開き、勢い良く飛んだ。座禅したままの姿で。これでは霊能力者ではなく、波紋使いだ。



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