公衆電話 1
それは〇〇県と〇〇府の県境の誰も通らないトンネルの前にある。
この道路は交通量も多く、山道にしては整備も行き届いており、小旅行に出かける家族やトラックも頻繁に行来しているため、旅行客はもちろん、地元の住人でさえこのトンネルの存在自体知らない。このトンネルは山道の途中、不自然に森の中に吸い込まれていくように直角に別れた道を進んだ先にある。このカーブを曲る車も、出てくる車も目撃したことのある人は皆無に等しい。道はそれまでの補整された道と違い、ボロボロにひび割れ、割れたアスファルトの隙間から雑草が生い茂っていた。その光景は荒廃的で、人類が滅亡した後の世界にタイムスリップした景色のようだ。
この道の先には、かつて盛んだった石炭の採掘場跡がある。今では閉鎖されており、人が来ることは無い。今現在、ここにあるのは採掘場跡と、仮宿舎、トンネル、そして公衆電話だ。
ある日の深夜、旅行帰りのカップルは道に迷い、このトンネルの前にたどり着いた。トンネルにはバリケードが敷かれており、車では通ることが出来ないので、男は車を止めてUターンができそうな場所を探した。道は細く、路端は草木でで覆われている。辺りは当然、街灯もなく、ボックス型の公衆電話だけがわずかにぼんやりと光るだけだった。女性は暗闇と異様な雰囲気に怯えていた。人の気配はまるでない。しかし、誰かに見られているような奇妙な感覚だった。その姿を見た男は面白がって、車を降りて公衆電話の方に行こうと彼女を誘った。女は当然拒否をしたので、男はつまらなそうな顔をして、一人で行くと女を残して車を降りた。女は車の中で彼を見守っていた。
男は公衆電話に入り、女に手を振った。女もそれに合わせて手を振ると、男は急に胸を抑え、苦しそうな表情を見せた。女は動揺し、涙目で男を見つめていた。
なんちゃって
両手を横に広げておどける男を見て、女は安堵した。また、いつもの悪ふざけか。戻ってきたら怒ってやろう、などと考えていたら、男は再び苦しみだしていた。やれやれ、しつこいな、そんな風に思っていたが、今度は様子が変だ。しきりに足元を気にしている。何かを払うように、腕を振り回している。そして、こちらを見ながらドアを叩き出した。男の顔は明らかに恐怖で染められている。女は車を飛び出し、電話ボックスのドアを開けようとしたが、ドアが開かない。男は何かを叫んでいるが、何も聞こえてこない。ドアを叩く音だけが周囲に広がっていた。女は力いっぱいドアを引っ張るが、それは大木のように微動だにしなかった。
プルルルル
突然、電話が鳴った。その聞き慣れない音は二人のスマートフォンの着信音では無かった。紛れもない、公衆電話が鳴っているのだ。男は半狂乱になり電話ボックス内で暴れだした。それでも女には公衆電話の着信音以外、耳には届かなかった。男は目一杯、ドアを蹴り続けていたが、勢い余ってバランスを崩し、腰から倒れ込んだ。その拍子に公衆電話の受話器が落下してしまった。
息を呑んで受話器を見つめる男。応答は無い。少し安心して男はそのまま座り込んだ。さっきまでしきりに気にしていた足元の『なにか』も消えたのだろうか。二人は目を合わせ、笑っていた。男は何か言っているが、やはり女には聞こえなかった。
プルルルル
またあの音だ。受話器は落ちたままだ。男は腰が抜けたのか、へたり込んだまま何かを叫んでいる。女はふとおかしなことに気がついた。男の声が聞こえないのに、公衆電話の音はなぜ聞こえるのだろうか。いや、この音は公衆電話の外で鳴っているのでは……
男女は示し合わせたように、同時に上を見た。そこには真っ黒な目をした子どもが四つん這いになって男を見つめていた。そして、こう言った。
「プルルルル」
「アタシ、いつも思うんだけどさ、こいつらこの後どうなったの?」
「えーと、それは」
「一目散に逃げた、とありますね。公衆電話からでられたみたいです」
「逃げられるんかいっ! って言いたくなるわね。幽霊は怖がらせて満足したのかしら」
「体験談としては、無理がありますね。ある程度事実だとしても、脚色が多すぎる気がします。そもそもこの道、迷ってたどり着くような場所じゃないですし」
「た、確かにこの道は」
「カーナビが呪われてたんじゃないかしら」
『ノノメセタ』会議室内にて、ルミ子は若い女性と次の取材場所について議論を交わしていた。ユウイチは間にうまく入ることが出来ずにただただ見守るだけだった。
「実際、この公衆電話は心霊スポットとして地元では有名で、冒頭の誰も知らない場所って話からもう嘘です。後藤田編集長が行けと言うなら仕方がありませんが、わざわざルミ子さんが出向くまでもないと思いますし、私が一人で行きます」
議論に参加することを諦めたユウイチは、淡々と語るこの女性をずっと見つめていた。ああ、今日も綺麗だ、ナナセちゃん。
「けど、この場所は山道よ。歩いて行くような場所じゃないわ。アナタ、車の免許持ってないでしょ。どうやって行くのよ」
ナナセは束ねた毛先をいじりながら少しだけ考え込んで、大きな猫目をユウイチに向けた。
「それならユウイチさん、運転してくれます? 免許ありましたよね?」
不意の誘いにユウイチは返事も忘れ、口を開けてナナセを見つめていた。
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