事故物件 その4
オフィスから車で約一時間、都市部から少し離れたこの街は、都市部に比べて賃貸物件の家賃が安いために、地方から大学に通うために一人暮らしを始めた若者が多くいる。その分、ケンカや交通事故も多く決して治安が良いとは言えなかった。
ユウイチの運転する車は、コンビニの駐車場に入っていった。車は新卒のユウイチが運転するには不釣り合いなセダンだった。もちろんこの車はユウイチのものではなく、『ノノメセタ』の社用車である。普段は軽自動車を運転しているユウイチはゆっくり、丁寧に車を駐車した。
「ちょっと休憩しましょう、ルミ子さん」
車を停めると同時に、緊張の糸が切れたユウイチは綿の抜けたぬいぐるみのように、ハンドルにうなだれていた。
「あんた、あとちょっとじゃない、もう少し頑張りなさいよ」
「この辺は道も細くて、その上学生が道路にはみ出して歩いたりしてますから、運転するのに集中しないといけないんですよ。普通車なんて乗りなれてないですし、天気も悪いんですから。それか、ルミ子さん運転変わってくれますか?」
「無理よ。あたし免許ないから」
取り付く島もない、ユウイチは大きなため息をついた。そんな様子を見かねたのか、ルミ子はユウイチの提案を受け入れる事にした。
「わかったわ。少し休憩しましょう。あたしは煙草を吸ってくるから、あんたはコーヒーとあんぱん買ってきて。甘いコーヒーとつぶあんよ。あ、お釣りは好きに使っていいから」
そう告げるとユウイチに千円を渡し、ルミ子は車を降り、小雨を避けるように小走りでコンビニ前の灰皿へ向かっていった。ユウイチも続いて車を降り、コンビニへと足を進めた。頼まれたコーヒーとあんぱんに加え、ユウイチは自身が飲むビタミン系の炭酸飲料と、軽食にツナマヨのおにぎりとコンビニ産のチキンを購入した。買い物を終えたユウイチは外で一服しているルミ子に注文の品を渡した。ルミ子は煙草をくわえながら缶コーヒーを開けた。
「行方不明の女性には交際していた男性がいました。女性の1つ歳下で、バンドマンだったそうです」
「急に何よ。さっきの話の続き?」
「会社では途中で後藤田編集長に追い出されましたし、運転中は話をする余裕もなかったもんで。簡潔に伝えますね」
「簡潔に、そういうの好きよ。要点だけ話してくれると助かるわ」
「女性が行方不明になったのは2年前。失踪する前、当時交際していた男性と口論していたと近隣住民の情報があります。男性の浮気が原因だったそうです。女性の目撃談はこの日が最後で、事件性があると警察も捜査に出ました。当然、交際男性が真っ先に疑われましたが、男は何も知らず、結局女性は見つかりませんでした。部屋の物は家族が引き取り、例の204号室は空き家になりましたが、以降、新しい住人はみな一ヶ月ほどで引っ越してしまうそうです」
ルミ子はすっかり短くなった煙草を灰皿に捨てると、あんぱんを口に放り込んだ。
「その行方不明の子は既に死んでいて、魂だけが家に帰っている。付き合ってた男を探して」
ルミ子がそうつぶやくと、ユウイチはそれに賛同した。
「やはりそうですか。僕もそんなことだろうと思いましたけど」
「んなこたぁないわ」
「へ?」
ルミ子の突然の否定にユウイチは飲みかけていた炭酸飲料を吹き出しそうになった。
「男を探すなら、そいつの家に行けばいいじゃない」
「あ、いや、それはそうかもしれないですけど」
「なんで自分の家なのよ」
「男の家を知らないとか?」
「百歩譲ってそうだとしても、それならそれでもっと他のところも探せばいいでしょ。なんでこの家にこだわるのよ」
「なにか思い出があるんじゃないですかね」
「そもそも、まだ安否もわからないのに幽霊扱いなんて、ご家族に対して失礼じゃないの?」
「あ、す、すいません」
なぜか説教されたユウイチはすっかり落ち込んでしまった。この鬼村ルミ子という女性、霊の存在を信じてないんじゃないだろうかとユウイチは疑問に思った。
「まあいいわ、行きましょう。そこで直接聞いてみるから」
「そうですね、行きましょうか」
この時、ユウイチはルミ子のこの一言に何の疑問も抱かなかったが、後にこの意味を知ることになるのだった。
それから10分。二人は目的地に到着した。雨は次第に強くなっていった。
「付きましたよ」
「結構きれいなところね」
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