屋上、お嬢さんによるネタバラシ

 後日、僕たちは高田さんに頼んで話をすることになった。待ち合わせた場所は高校の屋上。文化祭の日に除霊の儀式を行ったのと同じ場所である。

 土曜日の校舎には人が少ないから好都合だった。屋上のカギは閉まっているが、緊急避難用のらせん階段が横に備わっていた。そこは比較的管理が甘いらしく、入り込もうと思えば入り込める。


「あの、もしかしてまだ何かが―――」

「ええ、まだ不十分であると、わたくしどもの上司のあたる退魔師からご指摘がありました。今回はそのお方に同行いただいておりまする。ああ、もちろんお支払いは先日頂いておりますれば、これ以上追加でいただくことはございませぬ」

「そうですか―――いえ、だとしたらありがたいです。本当に霊がいるのなら、きちんと祓っていただいた方がいいですから」

「納得いただけて何よりでございまする―――ああ。いらしたようでございまするな」


 かつん、こつん、と。

 コンクリートの階段をローファーが叩く音が鳴り響いた。

 その音はどんどんと近づいてくる。

 そして、非常階段をくぐって彼女が現れる。


「―――うちの生徒?」


 高田さんはその姿を見て、そう言った。

 もちろん、そうでは無い。今日の沙也加お嬢さんは和装では無く、この高校の制服を着てやってきていた。「いつもの格好だと目立ちますので」と沙巫お嬢さんから借りて来ている。


「先ほどご紹介に預かりました。円藤沙也加と申します。立場としては隠元さんと座間さんの上司―――と言うことになりますでしょうか」

「えっと、ええ。それはいいんだけど―――そんな人がいただなんて」

「もちろん。普段は巧妙に隠していますからね。高田先輩がお気づきにならないのも仕方のないことでしょう」


 などと、沙也加お嬢さんは適当なことを並べ立てていく。

 高田さんを呼び出すように言ったのはお嬢さんの指示だった。お支払いをいただいたタイミングで依頼人を呼び出し、再び除霊をする―――という。


「さて。早速本件の総括と参りましょう」


 お嬢さんがぱん、と手を叩いた。何事かとその場にいた全員が驚いていく。これがお嬢さんなりの、儀式の始まりということのようだった。


「そもそも、この件は奇妙でした。というのも、この学校の生徒に聞いてみてもその怪現象を誰も知らないということです」


 高田さんが面食らう。

 それはそうだ。憑き物落としと言いながら、彼女の言うことを否定する方向に行くのだから。


「私が……私が、でいいか。―――私が知らないだけかと思い、試しに他の生徒にも聞いてみました。妹のクラスメイトやこの手の話に詳しそうなオカルト研究会のメンバーにもあたってみたのですが。しかし、そんな話は知らないと」

「―――そんなはずない。あなたは二年だから知らないだけで、三年の生徒は誰だって知ってる!いや、そもそも昨年にも時計の針が動き出す事故が起きてるんだから」

「ああ、はい。そんな話もありましたね。いえ、ありました」


 妹に聞きましたからね、と小声で付け足す。ただ、その言葉は高田さんには伝わらなかったようだった。


「もちろん、不吉な一致です。しかし、昨年起きたことは時計の針が動いただけ。もしかすると、そこまで多くの人に気が付かれなかったのでは?」

「―――それは」

「そういうわけで、私はひとつの仮説を立てたのです」


 沙也加お嬢さんの仮説。それは高田眞由美さんが望むことは、怪異の不在を証明することではない、というものだった。


「高田先輩、あなたは怪異の不在を証明したい。そう依頼をしましたね?」

「―――ええ」

「しかし、本当に怪異の不在を証明したいというのなら拝み屋など呼ばないでしょう?怪異を真の意味で解体させられるのは忘却です。怪異が存在しないことなど証明する必要はありません」


 しかし、高田さんは僕たちを呼んだ。

 あまつさえ、霊視までさせた。それが意味するところは、つまり―――


「むしろ、そこに怪異がいると、証明したかった。そうでしょう?」


 お嬢さんが突き付ける。

 その言葉に、彼女は絶句する。


「霊能力というものは非常に主観的なものです。そこにいると言えばいるし、いないと言えば何もいない。ただ、多くの霊能力者は商売でやってます。そこにいないと思われると商売にならないわけです。だから、それがインチキであれ本物であれ、いる、と言うことでしょう。貴女はそれを期待していた。そして期待通り、ふたりはいると言った。それをあなたは受け入れた」


 沙也加お嬢さんは廊下ですれ違った時、ひとつの予想をしていた。

 高田さんは14時を過ぎた頃、なんらかの小細工を用いて時計の針を動かそうとするのではないか……というものだった。

 僕と藤子さんはそれを半信半疑にしつつ、しかし可能性として考えてはいた。僕は霊視を行うべく中庭で時計の様子をうかがい、藤子さんはステージの裏側で誰かが―――高田さんが現れはしないかを監視する。そういう役割分担となった。


 果たして、藤子さんは何か妙な匂いを嗅ぐことはなかった。そして、僕はあの校舎において妙な何かを視ることも、何かを停止させることも無かった。

 しかし、時計が動いたのと同じ時間。ステージ裏に高田さんが現れ、何か糸のようなものを手ぐすで引く姿を藤子さんは見た。


「こちら、今年の怪現象が起きた時間帯の写真です。たまたまその時間帯にあなたを目撃しておりまして、失礼ながら撮影させていただきました」


 藤子さんはその姿を写真に収めていた。現像したものを突きつける。

 高田さんは絶句した。

 顔を真っ赤に紅潮させ、口は何か反論しようと動いているが、何を言うべきか定まらず空回っている。


「―――あなたは、霊を存在させたかった。存在しないものを存在させようとしていた。その結果が怪奇現象のようないたずらを引き起こすことであり、そして霊能力者のお墨付きをもらうことだったのでしょう?」


 沙也加お嬢さんは「他にもおかしな点はあります。例えばあなたが文化祭の実行委員であること。3年のクラスがあの時間帯にパフォーマンスを行うことをあなたは止められる立場だった。なのに止めなかったのは―――」などと追い打ちをかけていく。


 次々と言葉と証拠を突き付けられた高田さんは、やがて観念したかのように慟哭した。

 

「―――だって、みんな忘れちゃうんだもの!人が死んで、それはみんなが彼に今度は何をするんだろうって勝手に期待をかけたからで!―――私も、それを楽しんでいて!それで死んじゃったのに……死んじゃったら、みんな忘れて。忘れた振りをして。それが、そんなの」


 許せないじゃないの、と。

 それは他責と自責の入り混じった呟きだった。


 ―――やはり、今回の件も何があったかまでは分からない。

 高田さんとその男子生徒の間には何か特別なつながりがあったのかもしれない。

 死者を忘れて青春を謳歌するクラスメイトが許せなかったのかもしれない。

 あるいは、その両方なのかも。


「だから、せめて怪談としてでもその存在を残したかった。そういうことですね」

「―――それは、そんなにいけないことなの?」

「……いけなくはありません。私だって親しい人間が死んで、誰からも忘れ去られるということになれば憤ります。せめて何らかの形でその痕跡を残せないかと考えることでしょう。ただ―――ええ。私は退魔師なのです。魔は退けなければなりません」


 お嬢さんが自分のスカートをちら、とめくった。

 何を、と思えば、お嬢さんは太ももにベルトを巻き付けていた。そこには何か棒状のものが括り付けられている。

 それは剣だった。中華剣か、あるいは古墳から出土する銅剣のようなデザインをした両刃の剣。

 あれが沙也加お嬢さんの呪具なのか。


「―――どうです。視えますか?……ええ、なるほど」


 その言葉はこの場にいるどの人間にも向けられていない。剣に語りかけているかのようだった。

 お嬢さんは二言三言、剣と言葉を交わし、そして何かを決心したようだった。


「では念のため」


 そういうと、剣を前に構える。

 瞬間、光が刀身から漏れ出した。


「なっ……」


 それは奔流のように視えた。

 多くの糸が刃から流れ出るかのようにあふれ出し、世界から世界へと延びる触手のように禍々しい。


 ―――そう。禍々しい。あの呪具はダメだ。あの光は在ってはならないものだ。あの刃には人間が込められている。そうとしか思えない情報量だった。人間を生きたまま霊に変換し、それを刃とする呪術兵器。それこそあの剣の正体に違いない。


 そんなものは、きっとあってはならない。あれは危険だ―――!


「……おや。これはどういう」


 お嬢さんが戸惑った表情で剣を見た。

 それは僕が剣を視たからだった。停止の千里眼の能力が無意識に働いていたようだった。僕はあの剣を悪しき呪いと判断し、その効力を停止させた。光はすでに収まっている。


 そして、次の瞬間。


「グェッ……?」


 高田さんはつぶれたアヒルのような声を出し、自分の頸を自分で締め出す。

 彼女は困惑したように、自分の手を眺め、やがて周囲を見回した。


「はんへ……?ひや……!」


 足を一歩、前に踏み出す。その先は手すりの方へ。

 足をもう一歩、もう一歩と踏み出していく。

 高田さんは異様な風体でどこかへと歩き出していた。

 ―――いや、どこかでは無い。屋上から地上へと。二年前、この場所で起きた事故を再現しようと。


「はふへへ―――!」


 声にならない声が鳴り響いた。

 それは確実に、助けを求める声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る