虚偽
14:00、3年C組の企画であるダンスが中庭のステージでスタートした。
持ち時間は一チームあたり1分30秒。一チーム5人ほどで10組のチームが入れ替わり立ち代わりダンスしていく。
使われる曲は様々だった。テレビでよく聞くアイドルソング、ドラマの主題歌、アニメソング、一昔前のボカロ曲が多く使われているとのことだった。
僕はその半分も知らなかったが。
衣装もまた、それぞれ個性的であった。アイドルチームのステージ衣装やアニメキャラを模したらしいコスプレなど、いずれもきらびやかで多彩な服装だった。
やはり、その元ネタの半分も僕にはわからなかった。
―――ただ、それが楽しそうなことだけは良く伝わってきた。
彼らはまさしく、青春と言うものを謳歌している。学生として青春を楽しむというパラダイムを求められ、それを受け入れ、そして楽しんでいる。あるいは楽しんでいるように見せかけているのかも知れないが、外から見ている僕には違いが無い。彼らが本当に楽しんでいるのかどうかなど、僕は分からない。
ただ、うらやましいと思った。
別に学校に通いたかったわけでは無い。青春と言うものにそれほど強いあこがれも抱かない。僕があの場所に飛び込んだとして、上手になじめる自信は無い。
しかし、彼らは求められる姿があって、その通りに生きている。
自明のパラダイムを生きている。今の僕には失くなってしまったものだった。
そうして、最後のチームがダンスの曲が始まった。
Aメロ、Bメロと行き、そしてサビへ差し掛かろうという瞬間――――
「やっぱり」
それは起こった。
時計の針が下へと落ちていく。ぐいん、と。まるで何かに引き摺られるかのように、6の位置へと落ちていく。
見えない何かの力が働いているかのようだった。
しかし、その力はいささか強すぎた。
針は付け根から折れ、下へと落ちていく。
あるいは、普通の時計であれば、針が動くだけで終わったのかもしれない。だが、その時計はあくまでモニュメント。実用品というよりはアートだった。しかも一昨年には人間一人をひっかけて下に落ちたと言うし、昨年も針がひとりでに動くという現象が起きている。部品が脆くなっていたとしてもおかしくは無い。
僕はひとりで、その様子を中庭の観客に混じって視ていた。
ずっと視ていた。何かが起こるのか、起きないのかを、ずっと。だが、何も現れはしなかった。何者も、顕れることは無かった。
トラブルによって会場は騒然とする。
ある生徒は茫然とし、ある生徒は蒼白になり、そしてある生徒は身をすくめて悲鳴を上げた。
教師が駆け寄り、生徒と客の安全確認を行っている。スピーカーからは状況を知らせる意図の放送が流れ始める。その人々の騒然の中、藤子さんが現れた。
「―――藤子さん、匂いはしましたか」
「いえ。久遠さまは?」
「何も。視えませんし、止まりもしませんでした」
お互いの霊能力が何かを感知したかを確認しあう。案の定、お互いの能力は何ものをも捉えなかった。
「座間さん、隠元さん――――!」
僕たちのそばに駆け寄ってくるものがいる。
依頼人である高田眞由美さん。彼女は今起きた状況に驚愕の表情を見せながら駆け寄ってきた。
―――さて。これから報告をせねばなるまい。
だが。
「すみません、私は実行委員なので事後処理を手伝わなければなりません。後からで大丈夫ですか?」
「―――ええ。もちろん」
ということで、これから一時間後に彼女と待ち合わせて合流することになった。
「―――屋上から飛び降りる男子生徒らしき影が視えました。それは時計の針に引っかかり―――今度は針ごと落ちてしまったようです」
一時間後、待ち合わせをした校舎裏で僕と藤子さんが視たものについて報告をした。それは虚偽の報告であった。
「……あるいは、こういうことも考えられまする。あの針が落ちたのは、今度は誰かを連れていこうという意図があったやもしれませぬ」
僕たちは互いに神妙な表情で、視てもいない怪異についての報告を行った。高田さんはそれに神妙な表情で相槌を打つ。
「いずれにせよ、除霊を行わなければなりませぬ。屋上に結界を貼り、清めの儀式を行いまする。それでかの霊には彼方へとお帰りいただきましょう」
「―――ぜひ、お願いします」
藤子さんがした提案は受け入れられ、僕たちは存在しない怪異を祓う儀式を行うこととした。
僕たちは教師と生徒の目を潜り抜け、立ち入り禁止の屋上へと向かい、護符を用いた結界をはり、藤子さんによって鶴姫一文字の写しを用いた剣舞を行った。
藤子さんは極めてまじめに、神妙な表情でそれを行った。
僕も、その様子を真剣に見守った。高田さんも。この茶番のような儀式を最後まで、見守り続けた。
すべて、沙也加お嬢さんの指示だった。
目的はこれから本当の憑き物落としを行うためである。
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