誰がそれを語るのか
「おや、丁度ニアミスですね」
教室を出て廊下を歩いているところに沙也加お嬢さんと鉢合わせした。どうやら花を摘み終わったらしい。
「進捗はどうですか?何か有力な手掛かりなどは見つかりましたでしょうか」
「残念というべきか幸いというべきか、ございませぬ。ひとまず、その時間に例の時計に何かが起きないか、見てみようと想っておりまする」
「なるほど。それがいいと私も思います。……ああ、それと。三年の出し物は見に行きましたか?」
「いえ」
見に行っていない、と答える。
僕たちとしては遊びに来たわけでも無いし、そろそろどうやって仕事を終わらせるか考えなくてはならない。なので行くつもりも無かった。
「三年の出し物はいずれもザ・文化祭という趣がありました。やきそば屋にアイスクリーム、ストラックアウト、映像上映と。どのクラスも青春青春しています。学年の半数以上がメイド喫茶にしたどこかの色物学年とは違うみたいですね。……それで、そのうちの一つがですね。ダンスをするみたいなんです」
「はぁ」
「例の中庭のステージで。……それも14時開演です」
それは。
まるで何かが起きると言わんばかりのシュチュエーションだった。
「三年生、つまり赤学年です。スーちゃんの一年先輩であり……二年前、飛び降り事故死した生徒のいた学年です。これは偶然なのか、それとも悪趣味な何かなのか。気になるところですね。それと」
沙也加お嬢さんは懐をまさぐると、薄いコピー印刷の冊子を取り出した。それは文化祭のパンフレットだった。
「目に見えることだけが真実ではない……と良く言いますね」
確かに、昨今のテレビメディアなどを見るとそういうキャッチコピーは耳にする。しかし、その言葉は今回の例で言えば何を表しているのだろう。
「しかし、見えないものだけを追い求めて見えるものを蔑ろにしまうと、かえって真実から遠ざかるような気もするのです。この冊子の奥付を見てください」
指示通り、沙也加お嬢さんから受け取り冊子の一番後ろのページを見る。
そこにはこのパンフレットの原稿を書いたり編集した人物の役職が羅列されていた。
表紙イラスト、原稿執筆、写真撮影、編集作業――――そして文化祭実行委員の
名前。
「―――お嬢さん」
「はい」
「これはどういう意味なんでしょう」
「さて。私にはなんとも……まぁ、お仕事頑張ってください。私はセキくんとタロット占いをしてもらわなければならないのです。お声がけしていただければヘルプに入りますが、まぁあまり期待せずに」
話は終わった、とばかりに僕たちを通り過ぎ、去っていくお嬢さん。
―――かと思えば。
「ああ、最後にひとつだけ」
さながら曲者名刑事のような物言いで後ろを振り返った。
「古畑でございまするか?」
「どちらかと言えばコロンボのつもりです。うちのフィアンセがねぇ……って何言わせるんですかっ」
言わせていない。お嬢さんが勝手に言っただけである。
「と、まじめな話をしますと。うちのフィアンセとさっき、オカルト研究会の発表会場まで行ったのです」
結局フィアンセの話になるらしい。
「オカルト研究会、というのは良いものですよね。私の母校にはありませんでしたから。きっと怪談とかオカルト話とかして放課後を過ごしているに違いありません。そんな部があったら私の高校生活もさぞバラ色になったでしょう」
幸せの形は人それぞれだから、まぁ何とも言えない。
ただ、世間一般の幸せからはかけ離れているような気がする。僕も世間一般からかけ離れた人間だからあまり言えないのだが。
「さて、そんな薔薇色の高校生活を送るこの高校のオカ研も出し物をしていました。内容は、といえば都市伝説語り会です。横長のテーブルに何人か掛けて、一人が語ると周囲がそれに反応をする……という。ロフトなんかで開かれるトーク会みたいな感じでした。人はちらほらとは入ってましたが、まぁ素人の高校生のトーク力も推してしるべし。満員と言うほどでもありません。しかし、おかげで話を聞きやすくもありました」
「なんの話ですか」
「もちろん、学校の怪談ですよ」
お嬢さんは妹の方とは違って、怪談やオカルトに心惹かれる人物のようだった。
「私、つねづね思っていたのです。スーちゃんが通う学校にどんな七不思議とか怪談とかがあるのかな……って。しかしスーちゃんは語りたがりませんから。そこで聞いてみたのですよ、この学校特有の怪談とか七不思議はあるのか……と。しかし」
その話を聞いて、僕たちに一つの連想が浮かんだ。
14時、のど自慢大会中のパフォーマンスで飛び降りた男子生徒が死亡した事故。翌年の文化祭でもそれを連想させる事件が起きた―――その事故について。もし、この学校に怪談があるのなら、この事件は格好の題材になる。
だが。
「ありませんでした。なにも、オカルト研究会のメンバーはそれを怪談として語らなかった」
だが、お嬢さんはその連想をばっさりと否定した。
「『残念ながらこの高校にはそういう話はない』。それが彼らの認識です」
「それは……例えば不謹慎だから、という理由ではございませぬか?事件の記憶が生生々しいゆえに、怪談として語るのが憚られたのでは」
「いえ。だとするなら、むしろ語られなければおかしいのです。例えば有名なトイレの花子さんというのがいるでしょう?」
僕は聞いたことが無かったのできょとんとしていたが、藤子さんは聞き覚えがあったらしい。しかし彼女もやはり急に話が飛んだことにきょとんとしていた。
「花子さんでございまするか?もちろん聞いたことがありまするが……」
「トイレの花子さんは元々は『三番目の花子さん』という名前で語られた怪談であり、モチーフは実際にあった死亡事故なのです。第三校舎の第三トイレで死亡した三年生の少年。彼がトイレの下から花子さんを呼ぶ……という。これは実際の事故があった二年後にすでに採集されていたという記録が残っています。ことほど左様に、学校と言うのは残酷な場所です」
たとえ実際の死亡事故であろうとも、そこに刺激的な事件があれば怪談として消費することが出来る。それが学校という場である……というのがお嬢さんの主張のようだった。
沙也加お嬢さんの学校への個人的な恨みが反映されているような気もするが、しかし言わんとするところは理解できる。
「―――そんな場でそんな格好の事件があるのに語られていないのですよ。となると、考えられるケースはいくつかあります。ひとつはこの事件は赤学年の中でタブー視されており、語ることが憚られている。緘口令が敷かれており、そのために怪談化しなかった……という説。もうひとつはこの事件は依頼者の高田さんが言うほど深刻なものでは無く、彼女の思い込みが激しかったという説。そしてあるいは――――」
沙也加お嬢さんが、もうひとつの可能性を語る。
僕と藤子さんは「ありえない」とそれを否定した。
それくらい、彼女の言うことは突拍子がなく、また脈略も無い。整合性も無かった。あまりに矛盾した要素をはらむ発言だった。
「いずれにせよ、14時になれば分かることです。私の仮説が正しければ、そこで何かが起こる。それは人為的であるかもしれないし、あるいは超自然現象であるかもしれません。ですがどちらにせよ同じことです。依頼されたものに相対し、顕れたものを祓う。それが私たちの仕事なのですから」
それだけ言うと「では」と彼女は今度こそ僕たちとすれ違って占いメイド喫茶に戻っていった。
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