そして文化祭へ

 出来ることならば一刻も早く現地を視てみたいところだった。

 僕には『停止の千里眼』があり、藤子さんには嗅覚がある。


 そこに何かがあるのか、ないのか。まずそれを判断するのがこの依頼を果たす上で肝心なところだった。


 しかし、場所が場所である。関係者でも無い僕と藤子さんが入り込むのは難しい。沙也加お嬢さまや絹葉さんなら可能かも知れないが。


 ……いや、だったら沙也加お嬢さんに頼めばよいのでは?


 そういうわけで、沙也加お嬢さんに相談を持ち掛けた。

 正直言ってこの人は苦手だし、何かまた議論でも吹っ掛けられたら困るのだが、しかし背に腹は代えられない。

 もし時間があるのなら、沙巫お嬢さんの学校に様子を見に行ってくれないか……と、頼むことにした。しかし。


「なるほど……しかし、私が見に行っても何も分からないと思うのです」

「はぁ。というのは」

「……何も分からない、ということです」


 説明したようで、結局トートロジーしか語っていない。


「私はスーちゃんや座間さんとは違うので。あなたと隠元さんが直接視るのが一番早いと思います」

「そういうものでしょうか」

「ええ。……まぁ、当日は私も行きますので」

「その、セキという方と?」


 たびたび名前の出てくるセキ何某氏。一体誰なのか気になるところだが、聞く機会が無かった。


「はい。婚約者……いや、親友……いや……そういう親しい何かです」

「はぁ」


 婚約者と親友。かなり振れ幅がでかい関係だ。


「そういうわけで二人で見て回ります。何かあればあなたにも報告しますから」


 それで手を打ってほしい、という。

 沙也加お嬢さんに先に下見してもらうという計画もダメになった。絹葉さんに頼むことも考えたが、さすがにボスに頼むというのも気が引ける。


 あと出来ることはその事件が本当にあったことなのかを調べる、ということだった。前回の例においては事件は存在したが報道などから依頼人の言うこととの食い違いを発見できた。今回のケースにおいても、もしかすると似たようなことがあるかも知れない。


 考えられるのはいじめがあった、とか。そもそも本当は事件など無かった、とか。何かしらの手掛かりを得られないかと期待してインターネットや徒歩五分ほどの近隣にある図書館を利用して調べ物をした。しかし、得られた情報はおおむね依頼人の言っていたことと同じような情報しかなかった。彼女の語ったことの方が詳細ですらあった。


 結局、僕たちはほとんど情報を得ることが出来ないまま文化祭へと望むことを余儀なくされてしまった。







 文化祭、というものが何なのか。実は良く分かっていない。


「何かを祭っているんですか」


 素朴に、祭りと言うワードから考えられるのは文化とかそういう概念を神としてあがめる、というところだろうか。


「そういうわけではございませぬな……」


 藤子さんは生真面目にも「しかし考えてみれば何を祭っているんでしょう」と考えこみ始めてしまった。……さすがの僕にもそれは無いことくらいは分かる。


 お祭り。ニュースやドラマ、アニメで見たことはある。文化祭というのも噂には聞いていた。

 そこで語られている通り、色々な人が楽しそうに店を出して食事を売ったり買ったり、あるいは何か見世物をしたりしている。ひっきりなしに喧噪が鳴り響いて、色々な情報が氾濫していた。


「藤子さんは大丈夫ですか」

「ええ、はい。大丈夫でございまする。みな楽しそうな場所でございますれば、むしろ良い香りがいたしまする。……もし、そこに何かがいるのなら。きっと気が付くこともできるでしょう」

 

 とのことだった。彼女の特殊な嗅覚は人の多いところでは難儀しそうだが、今日この場に限って言えば大丈夫そうだった。


 到着したのは会場時間の10:00分。

 一般客として会場に現地入りすることとなった。ちらほらと生徒の親と思しき人物や、あるいは他の高校から来たらしい若い人物なども見かける。


 その中では僕と藤子さんはあまり目立たない。

 ……考えてみると、学校に刃物を持ってきている藤子さんはかなりの危険人物な気がするのだが、特に何もとがめられることは無かった。


 校門をくぐると右手にグラウンド、左手に校舎がある。

 グラウンド上には何もないのでそのまま校舎の方へと向かう。

 

 校舎は四角でおおわれており、そのうちの一遍が下からくぐれるようになっていた。

 ひとまず、中に入る。例の場所を視てみる。そのために来たのだから。

 中庭に入って正面。そこに依頼者の言ったようなステージが組み立てられてあった。見上げれば、これまた彼女の言う通りの時計が存在する。

 一般的な時計ではない。

 全体的に茶色い。赤銅、あるいは錆びた鉄を用いているのか。それは経年劣化で退色したものでは無く、初めからそういうものとして作っているようだった。

 歯車がむき出しになっているかのな装飾がほどこされていて、数字は英数字が書かれている。全体的に、実用的な代物というよりもオブジェとして飾られているような雰囲気があった。


「スチームパンク、というやつでございまするか」


 藤子さんが言うところには、そうらしい。

 僕はそのラベリングがあっているのか分からないのだが、そうなのだろうか。動力が蒸気機関なのか電力なのかは外からは分からない。


「何か視えまするか」

「―――いえ。藤子さんは」

「少し、厭な匂いがいたしまする」

「どのような?」

「……何とも。血とかそういうものではございませぬな。なんと言いましょうか、雨の……あるいは土……いや、分かりませぬ」


 どちらも件の男子生徒とはかかわりが無い。

 そもそも、藤子さんは霊の匂いも嗅げるが、霊以外のものの意図も匂いとして嗅いでしまうことがある。

 今回の『何かあるか、無いか』を判断するにあたっては確定できる情報ではない。


 結局、視ても何も分からなかった。

 今回も問題の時間に合わせてみる他ないだろう。


「……1時半と、2時半、か」


 奇妙な連続。あるいは不吉な連関。二回連続で、僕は時間にまつわる怪現象とかかわっている。偶然なのか、それともそういう星の下に生まれついてるのか。

 次があるのなら、今度は3時半の怪異がやってきたりするのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る