悪魔の証明
「どう思われまするか」
高田さんが帰った後、藤子さんがそう問うた。
「依頼のことですか?」
「はい。わたくし、疑問に思うのでありまする。果たして、怨念や呪いが無いということを証明することが出来るのかどうか」
それは、確かに難問だった。
無いことを証明する。それは果てしなく難しいことと言ってもいいだろう。
「……ただ、無いと。僕たちが見て、それだけを言えば満足なのかも知れません」
高田さんが欲しいのはおそらく検証とかそういうことでは無いのだろう。
僕たちのような霊能力者が見て、無いと言うこと。おそらく、そういうことを期待している。
「……騒ぎ立てるクラスメイトを説得したいとか、本当に呪いを解きたいとか。おそらくそういうことじゃなくて―――」
彼女自身が、納得したい。あれは呪いでは無かった、ただの事故で、偶然が重なった。そういう風に解釈したい。だけど―――
「心の奥底では、やっぱり呪いなんじゃ無いかと思っている。だから、そうでは無い確証が欲しくて僕たちに相談してきた。そういうことなんじゃ無いかと思います」
「―――それは、また。なんというか、難儀でございまするな」
この間の依頼でわかったことだが、依頼人の心をいたずらに刺激する手段は駄目らしい。クレームがついて支払いが滞ったりというトラブルの元となる。絹葉さんも困ってしまう。それは僕の本意では無い。
「だから、とりあえず視て―――そんなものは無い、と。言ってあげるしかないのでは無いでしょうか」
「やはりそういうことになりまするか」
藤子さんもそうする以外無いだろう、と思っているらしい。
そのために僕たちのような退魔師にわざわざ大金を支払って依頼するというのも妙な話だが。聞いたところによると単なる調査だと2万円くらいになるらしい。
「しかし―――」
藤子さんは難しい顔で異議を差し挟もうとした。だが、少し考える仕草を見せてから「いえ、なんでもございませぬ」と言葉を打ち切った。
なんとなく、藤子さんの懸念していることが予想できる。
僕たちが視て、何も無ければいい。そのまま、ありのまま。僕たちの霊視では何も視えなかったことを報告するだけだ。
だが、万が一、何かがいたら?
それが怪異による怪奇現象であると僕たちが感じ取ってしまったら?
そうなると、少し面倒なシュチュエーションに陥る気がする。
「そういえば今度の文化祭、私たちも行くことにしました」
夕食の席で、沙也加お嬢さんが言った。
「セキくんと私とで見に行きます。JKメイド喫茶と聞きつけていてもたってもいられなくなったみたいです」
「マジで?ああ、いやセキくんさんが来るのはいいんだけどさ」
「どうかしたのですか、スーちゃん」
「いやさぁ。同学年でメイド喫茶だだ被りって話したじゃん?そしたらなんか……うちの企画が占いメイド喫茶に急遽変更になって」
「いいですね。スピリチュアルは我々の望むところです。私とセキくんもスーちゃんに占ってもらうことにしましょう」
「げー。そういうのヤなんだけど」
和やかな姉妹の会話を聞きながら、さて僕たちはなんと打ち明けようか、あるいは打ち明けないべきかを考えていた。
彼女の学校の生徒から依頼を受けていて、まさにその文化祭の当日に何らかの怪奇現象が起こる……という事例について調査しなくてはならない、ということを。
「あの……沙巫お嬢さんにお聞きしたいことがあるのですが」
「……なんすか」
とても冷たい目だった。
なんというか、なぜ話しかけてきたんだこいつ、という目である。いたたまれない。ただ、情報を少しでも集めて起きい気持ちもある。
「高田眞由美という方をご存じですか」
「へ?誰すかそれ」
「沙巫お嬢さんと同じ学校の方です。赤色のリボンをしていて」
「赤学年すか?じゃあ上級生っすね。……どうしたんすか」
さて、その質問にどう答えればいいのだろう。
彼女はこの手の話を聞きたがらない。そういう話をしないことがここに住む条件として彼女から提示されていた。もちろん、お嬢さんの機嫌を損ねたからと言って絹葉さんが即、僕を追い出すというようなことも無いだろう。
ただ、ただでさえ冷え込んだ関係がこれ以上冷え込むのは避けたい。
「……いえ。特に何かがあるというわけでは」
「ならいいすけど」
僕の答えにお嬢さんはそれ以上踏み込んでは来なかった。
なんとなく、察している可能性はある。僕たちの仕事が仕事だ。お嬢さんの通う高校と接点があるわけでも無い。聞いてくる、ということは即ち……何らかのオカルトに関わる存在である、という等式が成り立ってしまう。
ひとつわかったのは別段、あの高田さんが有名人とかそういう訳ではなさそうなことくらいだった。誰もが名前を知るアイドル的な人物がいることもある―――藤子さんがそのように言っていたので聞いてみたが。どうもそういう人では無いらしい。
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