それは飛び降り事故から始まる

 あ、と藤子さんが声を上げたのは昼食を食べ終わって、さてどうしようかと時間を持て余していた時のことだった。


「受注できる依頼があるようでございまする」


 例のWEBサイトに表示されたのだという。

 氏名、年齢、職業、それと任意で性別が表記され、その下に依頼についての詳細が書かれたボックスがある。

 高田眞由美、17歳、女子高生。

 依頼の詳細は以下のように書かれていた。


 自分が通う都内の高校で毎年、文化祭の時期に起こる怪奇現象がある。

 それについての調査と解決をして欲しい、という。

 個人情報が絡むのでメールで連絡を取りたい、ということでメールアドレスが記載されていた。


「どういたしまするか」


 藤子さんは僕に依頼を受注するかどうかの確認をしてきた。

 もちろん、受けるべきだろう。そういう風にしか生きられないのだから。


「もちろん、やります」


 こうして、円藤家に入って二件目の仕事が決まった。






 今回も都内のカフェで待ち合わせをしたい、ということだった。

 神田駅周辺にあるチェーン店に入ると、まだ依頼人は来ていないようだった。


「しかし、高校でございまするか。懐かしいものでございまする」

「はぁ」

「学校といえば、やはり七不思議でございまするな。わたくしの母校でもございました。印象に残っているのは、校舎に飾られた絵が動き出すというものでございまする。たいそう大きな油彩画で、女性が描かれた人物画でございました。第三校舎の1階と2階の階段にかけられるほど大きな絵画で。描かれたのは美術部のOB。コンクールにも受賞したほど評価の高い絵画だったそうです。そのOBの方は絵画のモデルの方を大層好いてらっしゃったのだとか。しかし、二人は引き裂かれ――――――やがて描いた方は自殺したのだ、という噂を聞いたことがございまする」


 ――――――いまいち、ピンとこない。

 高校といえば七不思議というものがあるということなのだろうか。しかし考えてみると僕は生まれてこの方学校に通ったことが実はない。小学校も中学校も通っておらず、当然高校にも行ったことがなかった。


「それ以来、その絵画にモデルの方の魂が絵画に乗り移り、恋人を探して視線を動かすのだとか。名前もついておりまして、呼ぶと答えるとか、逆にあちらがこちらの名前を聞いてきて自殺してしまった作者の名前をいわないと呪い殺されてしまうとか――――――とにかく、そういう話がございました」

「なるほど。恐ろしい話ですね」

「恐ろしくももの悲しいお話でございまする。学友とその場所を通りすがるたび、なんだか悲しい気持ちになりました」

「匂いはしたのですか?」

「いえ。なぜだか特殊な匂いなどはなく。動く姿も見たことがありませなんだ。わたくしが通った際はたまたまいらっしゃらなかったのかも知れもませぬ」


 久遠さまはどうでしょう、と彼女は聞いてきた。

 ……そういわれても、僕は学校に通ったことがないのでなんとも言えない。

 僕がそう告げると「なんと」と大層驚愕した様子だった。


「それでは義務教育を受けてないということでございまするな」

「まぁ、はい」


 ……やはり、不安になってきた。

 学歴無しでは退魔師とといえども難しいのではないか。というか、今の僕の戸籍とかどうなってるんだろう。税金とか払った覚えがない。20から払うという話らしいが。


「なんと。それではこれから行くのが初めての高校ということでございまするか」


 そういうことになる。

 しかし話を聞く限り、高校とはそのような恐ろしい呪いや怪異があふれている場所ということになるのだろうか。だとすると、やはり世界には怪異があふれていることになる。もっと僕たちに依頼がきてしかるべきではないだろうか。


 などと待っていると、こちらの席に若い女性が歩いてきた。

 灰色のブレザーにチェックのズボン、赤色の蝶ネクタイが胸元で揺れている。


「すみません、隠元さんと座間さんですか」


 彼女がそう問うたのに藤子さんが「はい」と答える。

 どうやら彼女が依頼人であるらしい。

 着席し、やってきた店員にアイスティーを注文するのを待ってから話が始まった。


 会話は藤子さんが彼女の高校の名前を言い当てたところからスタートした。


「はい。確かにそこの生徒ですけど……なぜでしょうか」

「わたくしどものお世話になっている方のお子様に生徒がいらっしゃるのでございます。ね、久遠さま」


 少し考えてから、ああ、となった。

 沙巫お嬢さんが来ている制服は彼女と同じものだった。沙巫お嬢さんは緑色のリボンタイだったが、依頼者は赤色のタイをつけていた。


「なるほど。では話を聞いたことはありますか?」

「その文化祭の日に起こる怪奇現象でございまするな。残念ながら、聞いたことがございませぬ。どのようなことなのか、伺っても?」


 そうして、彼女はいよいよもってその怪奇現象について語り始めた。


「一昨年のことです。私が一年生だった頃のことで、ある事故が起きました」


 事故にあったのは男子生徒だった。

 その生徒はクラスの人気者だった。悪くいえばお調子者だが、よく言えばムードメイカーだったのだという。

 彼は高いところから飛び降りる、というパフォーマンスでよく周囲の関心を集めた。運動神経が抜群だったらしい。身体のバランス感覚が絶妙だった。


「最初は木登りした後に飛び降りるだったのが、やがて校舎の2階から飛び降りるになり、3階から、4階から……と、エスカレートしていって」


 最後には屋上から飛び降りる、になったらしい。


「クラスメイトたちはその飛び降りを楽しんで見ていました。教師も―――そんなこと、あっちゃいけないと思うんですけど、怪我をしないとわかると黙認するようになって」


 決行は文化祭の日ということになった。

 中庭にステージが設置されていたのだが、のど自慢大会の途中にそこに飛び降りて注目をかっさらう、という計画だったらしい。学校や委員会の許可をとるとか報告するとかは当然のことながら行っていない。


 14時頃、その計画は実行された。

 男子生徒が所属していたチームが歌い始め、やがてサビに近づく。そしてサビが始まるタイミングで生徒が飛び降り―――


「でも、その日はそうはならなかったんです。バランスを崩したのか、風があったのか。中庭の上には大きな時計があったんです。長針と短針がむき出しの時計で、とても凝った装飾がされていて、なんでも高校出身の美術家が作ったものだったとか。飛び降りた彼は、その長針に引っかかってバランスを崩して―――」


 頭から、落ちた。

 身体はステージには落ちず、鉄骨で組まれた場所に激突し、舞台裏へとそのまま落ちていった。鉄骨が首に直撃したらしく、そのまま即死した。


 長針は男子を引っかけた衝撃でずり下がり、14時30分の状態となっていた。


「……その年から、一年後。つまり去年のことなんですが。また、なったんです。―――いや、また人が死んだとかじゃないんです。ただ、時計が―――」


 翌年の文化祭。14時丁度。事故が起きたのと同じくらいの時間帯に、がくん、と時計の長針が急に6時の位置へと進んだ。あの事故の時と、同じように。

 当然、その現象は生徒たちを騒がした。呪いだとか、怨念が、とかそういうことをいう人もいた。多くの生徒はその現象を面白がり、今年も何か起きるのでは、と楽しみにしている。


「……正直、嫌なんです。人が死んだのにみんなヘラヘラしてる。私は呪いだなんて思ってません。最初の年は事故だし、翌年も時計の不具合のはずです。だから―――」


 だから、呪いではないことを証明して欲しい。高田眞由美さんの依頼とは、つまるところそういうことだった。

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