次の依頼探し

 円藤家への依頼はWEBサイトを通して行われているのだという。

 かつてはお得意様の紹介や雑誌への広告などで行われていたが、それでは広く人々の目には届かなくなった。


「人に届けばいい、というものでもないかも知れないけどね?ただねぇ、退魔という業界も空気の入れ替えとか、大事じゃない?あらゆるものに言えることかも知れないけどね?」


 朝食の席でそういう話題がでたのだ。絹葉さんはそう言った。

 彼女が言うところによれば、円藤家と退魔師互助組合は協力体制にある、ということだった。

 円藤家が直々に退魔師をお抱えにする。彼らを互助組合に登録させる。そうすることによって効率的な退魔を実現しつつ、新人の育成も行う……と。

 僕を円藤家に紹介したのも、その一環であったらしい。


「道理ですね。母さまの言う通りです。あらゆる他の業界を見ますと、後継者不足と言うものが大きな問題となっていますからね。その点、新たな霊能力者が我が一門に来てくれたことはありがたいことです」


 答えたのは円藤沙也加お嬢さんだった。

 彼女は昨日吹っ掛けた議論など忘れたかのようだった。何食わぬ顔で離れで眠っている僕に朝食の準備が出来たことを知らせ、何食わぬ顔で和やかに朝食を取っている。


「……ごちそうさま。ちょっと準備しなくちゃいけないことあるから先行くね」

「そう言えばスーちゃんの高校は文化祭が近いのでしたか」

「そ。私のクラスはメイド喫茶。5クラス中、3クラスがメイド喫茶っていうダダ被りっぷりだからさぁ、色々差別化しなくちゃなんだよね」

「色々大変なのですねぇ」

「青春!素晴らしいことだわ。頑張ってね、沙巫」

「はーい。それじゃいってきます。あ、サヤちゃんは後でセキくんさんとどういう会話したか私に報告すること。それじゃ」


 いってらっしゃい、と僕と藤子さん、円藤母娘が口を揃える。

 かなり和やかな朝食の時間である。

 昨日のことが嘘のようだ。昨日、沙也加お嬢さんは僕に議論を吹っ掛け―――その後、絹葉さんによってかなり激しくお灸を据えられていた。

 なんでもとあるカルト団体に潜入した挙句、身動きが取れなくなって外部の退魔師に増援を頼んでなんとか逃げ帰ってきた帰りらしい。


 その翌日、沙也加お嬢さんは全く何食わぬ顔で朝食を和やかにとっている。絹葉さんもおくびに出していない。そういう家系なのかもしれない。しかしこの家の流儀になれていない僕としては縮こまるしかない。


「―――だからねぇ。そろそろ次の依頼も来るはずなのよ。しばらくは藤子さんについて、一緒にお仕事をしてもらうことになるわね」

「そう言えば座間さん、スマホはお持ちでしたか?―――ああ、ここで言うおもちはライスケーキでは無くテイクの方の意味です」

「―――いえ。テイクしていません。必要なかったので」

「なんと。現代人の風上にも置けません。円藤で退魔師をやっていく上では致命的です。いずれ手配しておきましょう。リンゴ教徒だったりしませんよね?」


 沙也加お嬢さんの言うことは全く意味が分からなかった。

 少なくともそうした信仰は持ち合わせていない、と伝えると「結構。では適当に見繕います」と何かを決めたようだった。



 朝食を食べ終えた後、僕と藤子さんはそろって円藤邸のPCを貸してもらいながら次の依頼についての相談をしていた。例の依頼を受け付けているWEBサイトだという。運営は退魔師互助組合が行っているのだとか。


「―――中々ありませぬな」


 藤子さんが画面をスクロールさせながらぼやいた。

 曰く、一般的な求人アプリなどと同じようなUIをしている、ということだった。いままで職を探したことが無いので何とも言えないが、つまり仕組みは整っている、ということなのだろう。

 このアプリを通して怪異関連のトラブルに苦しむ人物が依頼をだしたり、僕たちのような退魔師がそれを請け負ったりという関係を築いているのだという。


 しかし、最大の違いは冷やかしや荒らしを避けるために一般的なアプリ販売サイトで販売されていない、ということである。それはつまり利用者が少ないということを示唆してもいた。


「わたくしが思いまするに、世間の人々は意外と怪異に苦しめられているはずなのでございまする」


 だが、ここに相談に来る人は少ない。


「祓ったりせずとも自然消滅したり、気にしないようになったら何とかなることが多いからなのかも知れませぬが、しかしもっと気軽に拝み屋を利用してもいいのではないかと思いまする」

「……考えてみると、占いなんかは市民権を得ていますよね」


 ふと思った。

 霊を祓う、怪異を退ける。そういう営みは現代においてはうさん臭いものとして退けられている。それは普通の人の目に視えない領域の戦いであるからだ。

 だが、同じように目に視えない領域の―――つまりその人の未来とか運命とか―――をテーマにしている占いは、うさん臭がられながらも市民権を得ていると言っていい。朝のニュース番組で必ず西洋占星術の占いのコーナーがあっても誰も気にしない。


「占い!そうでございますね。占い師のような気軽さで人に接していただけると、わたくしとしては助かりまするな。周囲の理解も得られるようになりましょう」


 そのためにどうすればいいのか―――と言われると、さて。残念ながらアイディアは降りてこない。

 そもそも、占いは道具が存在する。竺仙、タロットカード、水晶玉―――ああしたアイテムに現れた兆候を人間の運命に準えて解釈するのが占いだろう。


 だが、その点で言えば、僕も藤子さんの霊能力は人に示せるものがすくない。藤子さんは霊的な兆候や人の意図が特別な匂いとして現れる。僕は悪しき霊を視るとそれを静止させることが出来る。

 嗅覚や視覚による霊能力である。僕たちが感じ取れるのは主観的なものでしかない。これが他人の過去が視えるとか、オーラが視えるとかだったらもう少しカジュアルに霊能力を活かすこともできるようになるのだが。


「そう言えば、沙巫お嬢さまはそういう能力を持っていると聞いたことがありまする。オーラとか運命みたいなものがちら、と視えることがあるのだとか」

「それはうらやましいですね」


 一般生活の中で言えば、沙巫お嬢さんの能力の方が役立つことだろう。

 僕の能力は怪異を封じることに特化したものだ。

 悪霊に害を被った、本当に切羽詰まった人間にしかその効果を示すことは出来ない。そしてその害が忘れられればこうして無職にもなる。

 世知辛いというか、なんというか。

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