ビルに彷徨う幽霊(終)
こうして、事件は収束を見せた。
その後、ビル周辺において13時30分前後の怪音および謎の衝撃は聞こえなくなったという。
その後、一応確認のためにくだんの時間に直接視に行ったが―――あの人影はもう視えなくなっていた。
成仏したのか、はたまた別の場所に飛ばされたのか。それとも消滅したのか。
「円藤流における解釈は、相殺というところでありまする」
僕の疑問に対して、藤子さんはそのように言う。
「タマ、あるいはカミと解釈できるものにたいして、我々もまたタマやカミが宿ると信じられる道具を用いて対処する―――そういう理論だと聞き及んでおりまする。この剣も」
そう言って、彼女は恭しい調子で剣を僕に見せた。
「鶴姫一文字。そのこしらえお似せて、同じ名前を付けたモノであるとか」
「いわゆる模造刀ですか」
「いえ。真剣と聞き及んでおりまする」
「―――はぁ」
だとすると銃刀法違反になる。
あまり外で話したくない気持ちも分かるというものだ。
僕たちは今、円藤邸の一室にいた。円藤絹葉さんの呼び出しがあってのことだった。事件は解決した。恐らくそのことについてだろうと思うのだが―――
僕たちの前に現れた絹葉さんは悄然とした表情であった。
なんでも依頼人からクレームが付いたらしい。
「というわけでね。どういう経緯で祓ったのか聞きたいのよ。ヒアリングと言うやつね」
僕たちは絹葉さんに対して、事件の経緯、およびどのように怪異を祓ったかについての報告を行ったのだが。
「あのねぇ……いくらなんでもそれはクレーム付くわよ」
「……はい。でも、怪異がどちらを恨んでいるのかが判別が付かず」
「つまり、その霊がパワハラで自殺したのか、人間関係で自殺したのか。どちらかが分からなかった、と。だからどちらにも関わっていそうな人物を呼び寄せて、その上で霊の動きを見た。そういうことよね?」
「はい。分かっていればどちらかだけ呼んで対処しようとしました」
「―――久遠くん。私たちの仕事は探偵でないことは分かっているわよね?」
「はい」
「真実を明かすことが大切ではないの。依頼人の―――人間の、生者の安寧を守ることが仕事であることは分かっているわよね?」
「はい」
「だったらもう少しうまくやりなさい。お支払いはしてもらえることになったけど、結構な恨み言いわれちゃったのよ」
その後も色々と怒られた。僕だけでなく藤子さんにもそれは波及していく。
最終的に「今度菓子折り持っていくから二人も付き合いなさい」というところで彼女のお説教は終了した。
「まぁ気持ちは分かるわ。おそらく依頼人の側が二股をしていた、と。そういう風に解釈したのよね?藤子さんが言うところによれば、そんな関係を匂わせていた、ということらしいし」
「……いえ」
「ではどうして?」
「……あの霊が危険な存在なのかどうか、分からなかったからです。―――彼がどのように考えてあそこで飛び降り自殺を繰り返していたのか。その理由が分からなかったから。もし彼の望みがささやかなもの―――誰かに死をみとってもらいたかった、とか―――だとしたら、ただ除霊してしまうというのは」
それは、酷いことなのでは、と。そう思うのだ。
もっとも、あの霊が行った行動は二人に対して襲い掛かるというものだった。
だから停止させ、除霊という手段に訴えた。
結果として、僕の行動は間違っていたということになる。
「―――その気持ちも分かるわ。ただ、依頼人に危険が及んだり、あるいは今後の生活に影響が起きるような行動は控えること。いいわね?」
「はい」
「じゃあ、この話はおしまい。初仕事にしてはよくやったわ。今後もよろしくね」
「ありがとうございます」
そうして、この件についてのお咎めは終了したようだった。
―――言い訳になるかもしれないが、僕としては別段何か意図があってやったことでは無かった。依頼人を害そうと思ったのでもないし、懲らしめてやろうとかそういう意図があったわけでもない。
確かにあの
山口さんと佐竹氏の反応から察するに、あの二人が細身氏の死に関わっているのだろう。そしてその動機は、山口さんが言うような佐竹氏によるパワハラでは無かった。
「恐らく、あの二人は恋人だったのではないかと思われるのでありまする」
というのは藤子さんの解釈である。
「自殺した細身さまはその二人に横恋慕したか――—あるいは、山口さまと細見さまが恋人同士だったところに、山口さまが佐竹さまに鞍替えをしたか。わたくしがよく読むレディコミでもこうした話はよく聞きまする」
「そうなんですか。レディコミで」
「はい。レディコミでございます」
レディコミのことはよく分からないが、藤子さんが言うことなので僕よりは妥当性があるのではないかと思う。
―――まぁ、ともかく、そこに依頼人たちの落ち度があろうと無かろうと、それが断罪されようとされまいと僕たちには関わりが無い。それによって死人が蘇ることもない。
ただ、可哀想だと思ったのだ。
僕は人に視えないものが視える。少なくとも死後にこの世界で彷徨うという事例があることを知っている。
だとするなら、僕にもそうなる可能性がある。僕にも、藤子さんにも絹葉さんにも。僕が関わったりお世話になった人間、全員がそうなる可能性がある。
だから―――もし、この世にとどまるに至った理由が叶えてあげられる程度のものなら、出来る限り手助けしてあげたいと思うのだが。
―――そう。僕の存在がここにいることを許してくれた、絹葉さんや沙巫お嬢さん、そして藤子さんのように。
「久遠さまはやさしいのでらっしゃいますね」
「そうでしょうか」
「わたくしは匂いしか分かりませぬ。匂いというものは断片的なものでございまして、それだけではそこまで考えられませなんだ。その願いは、ええ。わたくしもできる限り手助けしたいと思いまする」
―――ひとまず、こうして一つの事件が終わった。
新しい仮住まいと、新しい職場で、一つの区切りをつけた。
大成功とは言い難いし、ケチもついたが、とりあえず僕の存在は許されている。僕はまだ、ここで生きていられる。だったら、このまま頑張っていくのも良いだろう。
「おやおや。随分とお優しいことを仰るのですね」
ぴしゃ、と障子を開ける音とともに声が響いた。
凛とした響きと無機質なものが同居した独特の声だった。
そして何より―――僕はその人物の存在をしばし気づくことが出来なかった。
気配とか、存在感とか、そういう言葉にしがたい何かが足りない。
多くの人間が持っている何かを、欠落しているかのような。
服装は和服を着ている。綺麗な藍染で、そんな女性がいれば目立つはずなのに
「今回の件は小耳にはさませて頂きました。怪異に寄り添うこと―――結構なことです。しかし、根本的な解決に至っていないのでは?」
「……というのは、どういうことですか」
「幽霊、怨念、妖怪、怪異―――あらゆるものは、人の想像力が生むものではないか、ということです。今回の件で言えばあなたは幽霊の側に感情移入しているご様子ですが―――あれは人の想念が生んだものに過ぎないのだとするなら、私たちが寄り添うべきは依頼人の方のはずです」
着物の女性は急に現れて、勝手なことをまくしたて始めた。
僕は、と言えばその物言いに少しカチンと来ている。
幽霊とは人の想像力が生むもの、と彼女は言った。
だが―――そんなことは誰に分かるというのだろう。
何度も死を繰り返した痛ましいあの影法師をただの幻だと、誰が言いきれるのだろう。
「急に現れて―――一体誰なんですか、貴女は」
言葉にトゲが混じる。
僕の疑問に答えたのは、その女性では無く藤子さんだった。
「
「―――え」
ふふ、と沙也加お嬢さんは意味のあるんだか無いんだか分からない笑みをこぼした。
だとすると、再び職を失うピンチなわけだが。大丈夫なんだろうか、僕。
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