事件のあらまし

 隠元藤子いんげんとうこさんは特徴的な人だと思う。


 年齢は20代後半くらい。髪は綺麗な銀色に染められていて、髪型はシニョンでまとめられていてすっきりしている。


 表情は穏やかなものを崩さない。

 先ほどの食べっぷりが嘘のような穏やかさだった。


 何より特徴的なのはその喋り方だった。

 まるでどこかのお嬢様か、あるいはそういう方言なのか。とにかく丁寧な口調だった。


 その藤子さんと組む、ということになった。


 お互い自己紹介を済ませた後、絹葉さんに正式に二人で組むということを伝えられた。僕としては何の異存も無かったし、藤子さんも嫌がっている様子は無いようだった。



「さて、今抱えている依頼についてご報告いたしまする。東雲ビルについている怪異については、幽霊―――怨霊と考えられまするが」

「まぁ、そこは疑いが無いわよねぇ。問題はどのように祓い退けるかなのだけれど」


 藤子さんは何らかの報告を絹葉さんにするようだった。


「あのぅ。できればこれまで経緯とかを教えていただきたいのですが」

「ああ、申し訳ございません。私としたことが、気づきませなんだ。それではこれまでの経緯をば、改めて報告いたしまする。よろしいでしょうか?」

「そうね。整理することは大切だものね」


 では、と藤子さんはやおら立ち上がる。

 なんだ、と思ったが僕に講釈のごとく語ろうというつもりらしい。


「依頼があったのは都内在住の会社員の方からでございまする。相談の内容は―――その方が通勤するビルに起きる奇怪な現象について」


 奇怪な現象とは何か。

 それは、音だという。


「―――いえ、音だけではございません。まず悲鳴のごとき声が、次いでどさ、という大きな音が。そしてそれに伴って、何かが落ちてきた衝撃が、まるでビル全体を揺らすかのように揺らすのです。それも、必ず決まった時間に、毎日」


 それは、確かに。

 恐らく世間一般で言えば奇妙な出来事なのだろう。


「この音と衝撃もまた、奇妙なのでございます。というのも、実際にビルに衝撃が伝わるのですが―――音も衝撃も、どの階でも同じくらい響くようになっているのでありまする」


 つまり、どこかに何かが実際に落ちてきているというわけでは無い。


「―――そこから言えることはひとつね。私たち退魔師の仕事、ということ」

「まさしく、円藤刀自えんどうとじのおっしゃられる通り。あたりを付けるなら、飛び降り自殺者の怨念―――という可能性が高いと思われまする」


 そういうこと、らしい。

 怪異というものは生前の行動をループするものらしい。僕はひとつの怪異―――九頭鬼と呼ばれる―――の封印しかしたことが無い。その正体もよく分からない。ただ、もしそれが真実、霊魂とか幽霊といったものによるのならば、僕がかかわった数少ない事例も確かに生前の行動を再現しようとしていると解釈できた。

 つまり、繰り返しを希求する執念が、怪異というものなのではないか。



 藤子さんに伴われて現場へと出向くことになった。

 東京都亀戸駅周辺のオフィス街である。

 昨日より元気も出てきている。坂を下るのも、道を歩くのもそこまで辛くは無かった。

 麻布の円藤邸がら四谷を経由して亀戸駅まで約50分ほどである。


 邸を出て、電車に乗っている時から気になっていることがあった。藤子さんはギターケースを背負っていた。

 

「これでありまするか?えーと。……これは、仕事に関するお道具箱でございまする。あまり……その、外では言えないものが入っているのでございまする」


 藤子さんはなぜか照れるような、恥ずかしがるような様子でそう言った。

 世間的にやましいものが入っている、ということなのだろうか。


 外から見れば、確かに大きなものを背負っているが、しかし別段怪しい感じでも無かった。車内を見回せば、まさに彼女と同じ格好をした人物が何人かちらほら視えたからだ。

 彼ら彼女らは御茶ノ水駅で乗ったり下りたりが激しかった。


「このバッグも御茶ノ水駅周辺で購入したものでございまする。もともとは楽器を入れるケースでございまして。中の物は元々、円藤のお嬢様がお使いになっていたものをお譲りいただいたのですが、如何せん持ち運びが難しく。何か良いものが無いか……と思っていたら、電車の中でこうしたケースを背負った方が数多くいらっしゃるのを見かけまして」


 これだ、と思ったらしい。


「お嬢様とは、沙巫お嬢さんのことですか?」

「いえ。お姉さまの方でございまする」


 そのお嬢さん姉の方もよく分からない。

 その人も僕につっけんどんな態度を取ったりしてくるのだろうか。


「沙巫お嬢様は、我々のような仕事を嫌悪していらっしゃるのでございまする。円藤お抱えの退魔師・拝み屋には皆、あのような態度を取られてしまいます。わたくしや久遠さまが例外と言うわけではございません。転じてお姉さまの沙也加お嬢様の方は―――我々と同業でございまする。普通に接していただけますわ」

「はぁ」


 退魔業界は複雑だ、と思ったが、退魔師の家の事情も複雑であるらしい。

 ―――まぁ、どこであろうと人が集まれば複雑になるものなのだろうか。僕はもう両親も亡くなっているいるし、座間家、というほど家族間の関係を築いてもいなかった。そうなる前に、彼らは死んでしまったから。


 そうして会話をしているうちに亀戸駅についた。

 まず、例のビルに向かうことになるらしい。

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