円藤家の人々

僕も大概、良い場所に住んできたと思う。それは庄司家との契約が機能していたがためであり、彼らが土地と家を用意してくれていたからだった。


しかし。

僕が職業斡旋所の人に案内されて向かった円藤家の屋敷は、そういうものを軽く上回っていた。東京、麻布の坂の上。いわゆる山の手と呼ばれる立地にそれはあった。


坂道を昇るのは僕にとってかなりキツイことだった。酷使された肺が熱い息を伴って抗議の声をあげてくる。何度か咳き込みながらも、なんとか頂上にたどり着く。


互助組合で貰った地図を頼りに入り組んだら住宅街を迷うこと数分、たどり着いた円藤邸はその苦労を忘れるほどの立派さであった。


まず飛び込んできたのは車を三台は止められる駐車場、真ん中には名前は知らないが外車らしき車両が止まっている。


そこから左に視線を向けると、まるでどこかの寺社かと見間違うような和風の門が立つ。その門にはインターホンと監視カメラが異物のように取り付けられている。


 『お前を監視している』という宣言と『客を出迎える』という体制が整っていて、退魔の家と言えどもフォーマルな雰囲気があった。


 正直、僕はすっかり気後れしてしまっていたのだが、入らないことには今後の生活もない。僕の手元には互助組合のお姉さんに書いて貰った紹介状がある。すげなく追い返されるということはないはずだ。


  意を決してインターホンを押す。予想したピンポン、という陳腐な音は鳴らず、代わりにクラシック音楽らしき音声が流れ出て、面食らってしまった。これはエリーゼのために……だったろうか。


「はい、円藤事務所でございます」


二小節目で曲は打ち切られ、唐突に切り替わるようにぐぐもった人間の声が響きだす。


「そのう、互助組合の紹介で参りました、座間と申します」

「ああ、座間さんですね。お待ちしておりました」


 先方が言うや否や、10秒も立たないうちに出迎えの人がやってきて僕を敷地の中へと手て招く。


 ……なんというか、安心する。

 僕は先ほど、住み慣れた家を追い出されたばかりの人間だ。

 僕を追い出すに至った論理については納得しているし、仕方が無いとも思う。そこに文句を言うつもりも無かった。


 ……無かったのだが、それはそれとして追い出されるのは心理的に、キツい。

 僕の価値なんて無いんじゃないか、という卑屈な感情になってしまう。それを思えば、社交辞令でも受け入れられるのはうれしいものがあった。



「貴方が久遠さん?」


 着物を着たマダムが対面に座っている。彼女は円藤家の現当主・円藤絹葉えんどうきぬはさん。彼女は僕の姿を見るなり、「もったいないわねぇ」と呟いた。


「もったいない?」

「視えるのよ。貴方は強い力を持っている。そんな力の持ち主を手放すなんて―――視る目が無いわね」

「それは」


 文字通り、オカルトを視る能力が無かったのだろう、と思う。


「場合によってはそちらのほうが幸せなこともあります」

「あら、じゃあ貴方は自分の生まれを後悔してるの?」

「……生まれは選べませんよ。後悔も何もありません」

「あらあら」


 少しとがった発言をし過ぎたろうか。

 というか、雇い主になりそうな人との面接でこの言いようはもしかしてヤバいのではないか。僕、空気読めてないのではないか。


 こんなところで職歴と人生経験の無さが浮き彫りになってしまった。

 やばい、クビの次は就活失敗か……?


「おもしろいわね。あなた」


 まさかのおもしれー男扱いだった。


「うん。あなたみたいな自分の力に溺れないタイプの人なら、きっとうまくやっていけると思うわ」

「はぁ」

「娘がふたりいるのだけれどね、妹の方が毛嫌いしてるのよ」

「何をですか?」

「オカルトを」


 それはまた。生まれる家を間違えてしまったとしか言いようがない。


「幽霊も祟りもUMAも宇宙人も、全部ダメ。全部見ないようにしてる。時にあなた、ここに来るまでに何か視えたかしら?」

「……まぁ。お墓もありましたし。魂らしきものがうっすらと彷徨っているのは視えました」


 しかし、視えるということはそう特別なことではないと思う。

 なにせ、日本全国の居住地を見た時、人が死んでいないところの方が探すのは難しい。死ぬに当たって、たとえどんな死に方をしたとしてもそこに人の怨念とか思いは残る物だろう。

 そう考えると、むしろ何か視える方が当たり前ですらある。


「それで―――あなた、家が無いのよね?」

「追い出されましたからね」

「紹介状の方でそういう身の上があったわ。そうなると、家で住み込みっていう扱いになるでしょう?」


 そうして頂けるのならこの上なく助かる。


「だとすると、娘とうまくやっていけそうかどうかが一番大事な問題になるのよね。それでね、今の話を聞いて安心したわ。娘もよく貴方と同じこと言うのよ。いや、生まれは選べないとかまでは言ってないけど。言ってるようなものだわ」


 言いながらケラケラと笑った。どう反応していいか分からない。


「はぁ」


 と、あいまいな相槌を打つのが精いっぱいだった。


「そういうわけで、採用!」


 どういうわけかは分からない。ただ、採用となるなら何の文句も無い。むしろありがたい。僕は「よろしくお願いします!」と精一杯声を張り上げた。






「ええー……住み込みさせるんすか、母さま」


 噂のお嬢さん、円藤沙巫えんどうすなふは僕を住まわせるという話を聞いた瞬間、めちゃくちゃ厭そうな顔と声で持って出迎えてくれた。


「そうよ?なにせこの人、家が無いらしいのよ」


 かわいそうだとは思わない?と僕を前にして遠慮が無い。とは言え、同情してもらえないことには明日からホームレスだ。


「そりゃ、かわいそうっすけど―――いいっすか」

「なんでしょう、お嬢さん」

「お嬢さんって……いや、それはともかく。なるべく話しかけないようにしてください。霊がどうだの、なんか視えるだの、そう言う話はなし。されても答えられないし答えたくないんで」

「まぁ、それくらいなら」

「んじゃ、OKです。おやすみ、母さま!」


 そういうと沙巫お嬢さんはさっさと自分の部屋へと行ってしまった。

 今のは……絹葉さん的にどうなのだろう。


「あらあら。良かったわね、存在を許されたわ」


 許されたのか、今ので……

 ともかく、こうして僕は何とか住む場所と再就職先を見つけることができたようだった。

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