退魔師のハローワーク
こうして僕は無事、無職となった。
座間家で残っているのは僕だけ。父は役目を果たそうとした結果、若くして早逝したし、母も父の後を追うようにして亡くなった。兄弟姉妹はいない。
僕の周りにいたのはいずれも庄司グループの社員だった。
誰も彼も父の代からこの部署にいたらしい。
なんでこんなに慕われていたのか、といえば父がちょっとしたお呪いとか占いとかをしていたからだった。
僕も父から習った真言やら九字切りやらをしたり、あるいは相談を受けたりも引き継いでいた。
とはいえ、ちょっと怖い。
世間一般からすると間違いなく異常者の集まりだろう。
それが会社の金で運営されている、となればまともな完成の経営者なら間違いなく切り捨てるのもわかる。
閑話休題。
つまり、僕は現在、天涯孤独の身というわけだ。持ち物と言えば―――通帳と着替えくらいしかない。
家、職、家族、職歴。すごい。何も無い。びっくりするほど何にも無い。
マジでどうしよう。これまですんでいた屋敷を放り出されると、預金を切り崩して生活するしか無くなる。
これで自分が未成年で―――とかなると国やら施設やらを頼る道も考えられるのだが。
「僕、今年で20歳なんだよなぁ」
詰んでる。職歴学歴なしの20歳。これ無理だろ。何ならもうちょっと早く追い出してほしかった。
余談だが、僕は正式にはあの会社に雇われていたわけでないみたいだった。
庄司グループの経営者一族が個人的に懇意にしている占い師とか霊能力者とか―――世間一般で言えばそういう扱いであり、つまり切り捨てることに社会的な問題は無いらしい。
だろうな、と思う。
僕が正社員であれば不当であると抗議もできたのだが、そういうわけにも行かない。
それに対して、僕の周囲の人々は庄司グループの社員だった。なので今後は別部署への異動ということになるのだとか。
世の中とはままならないものである。
周囲の人たちに荷物をまとめてもらい、屋敷を出る。
封印術式の経路はまだ通っているので身体は弱っている。だが一日も離れれば経路も絶たれる。
そうなれば僕の体力が奪われることもなくなるだろう。
だが身体が健康になるとしても、正直どうすればいいかわからない。
これまでお世話をしてくれた人たちに囲まれ、最後の挨拶をしたが、その後僕はどうするべきか途方に暮れてしまった。マジでどうしよ。
「あのぅ」
女性社員の一人がおずおず、という様子で手を挙げた。
たしか橘さんだったか。
「ちょっと調べたんですけどハローワークみたいなところがあるらしいんです」
「……はぁ。とはいえ僕に普通の仕事ができるとは思えないんですが」
「いえ。普通の仕事じゃ無くて。その……霊能力者?のハローワークみたいな」
そんなところがあるのか、と僕は目を丸くする。
それが実在するなら千載一遇、渡りに船だ。僕は橘さんの助言に従い、そのハローワークとやらに行ってみることにした。
「ようこそ、退魔師互助組合へ!」
東京は四谷の某所にあるビル、その一角に退魔師互助組合という組織の事務所がある。看板や案内は無い。
橘さんがどのようにその組織の事を調べたのかとすこし訝る。
霊能力者の知り合いとかがいたのだろうか。
僕が事務所に訪ねると職員は職能に見合わぬ陽気さで出迎えた。
「それで、本日はどのような御用向きでしょうか?」
「そのう、丁度今日、失職いたしまして」
「ははぁ。それは災難でしたね」
「それで、ここで仕事を斡旋していただけるという噂を聞きつけて参った次第なのですが」
「なるほど。登録はされていますか?」
「今日が初めてです」
「そうですか……では登録から始めましょう。それで、これまでの退魔・祓魔の経験をお聞きしたいのですが」
「……ありません」
「は?」
しばし、空気が固まる。何してきたんだこいつ、というような目にいたたまれなくなる。
「申し訳ありませんが、その。ここは普通の職業斡旋場ではないんです。それはご存じですね?」
「いや、その。退魔の、というか。封印術式の経験はあるのですが。というか、それしかないというか」
「ああ、失礼しました。しかし、そうなると……いきなりフリーの仕事は難しいでしょうしねぇ」
事務員はしばしカウンターに置かれたパソコンのマウスをカチカチと鳴らしながら何かを検索した。何を調べているんだろう、と丸くなってみていると「あ、こことかいいかもしれません」と声を明るくした。
「円藤家、ご存じですか?」
「いえ、寡聞にして……」
「退魔の大家です。坂田、芦屋といった退魔五家のうちの一つですね。開明的な家系で、門弟も広く募集してます。丁度ここが臨時職員を求めているみたいです。どうでしょう?」
「やります」
即答だった。まったくもって是非も無い。仕事があるだけ、ありがたいと思うべきだろう。
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