先祖代々会社の人柱をやっていたけど事業仕分けされたのでフリーの退魔師になります。呪いが溢れたからって呼び戻してももう遅い!

佐倉真理

事業仕分け確定

「そういうわけだ。これ以上君たちに使える予算はない」


 男、庄司葛貴しょうじかつたかはナイフを思わせる鋭利さで、切りつけるように言い放った。

 

 その場にいた一同の反応は様々だった。

 恐れていたことがついに起きた、というもの。唐突な終わりに言葉を失うもの。

 そんな罰当たりなことが許されるか、と激高するもの。


 僕は、といえば「まぁそういうものだろうな」と冷めたものだった。

 令和の世にもなって、しかもこの好景気とは言えないご時世で、僕のような―――

 そうだな。穀潰しか、さもなくば詐欺師か―――そういう存在を会社が養うはずもなかった。


「理解に苦しむな」


 男は銀色のフレームのやたら輝く眼鏡をくい、と押し上げながら言った。

 やたらとキザったらしい。その姿にいらつくまもなく、彼は言葉を続けた。


「一体全体、どうして君たちのような詐欺師を養い続けたのか。先代社長の考えはわからない」

「先代だけじゃあない。先々代も、さらにその前も、いや創業当時からの伝統だぞ!それを―――」


 叫びだしたのはこちら側で呆然としていた男のうちの一人だった。

 名前は田中という。彼は庄司グループの、この部署に勤続30年という年季の入った男で、僕も大層お世話になっていたのだが、しかし激情家だった。

 悪い人ではない。だが冷静さを失うのは悪癖だ。


「迷信深い一族だったとしか言い様がない。それを養うだけの経済的な余裕があった時代ならともかく、このご時世では無駄は排除しなければならない」

「なっ」


 田中はその言葉に歯を食いしばりながら絶句した。

 概ね僕が思っていた感想と同じことを彼は言っているので、何一つ言い返せない。言い返すつもりもない。


「田中」


 僕は彼の名前を呼び、彼を制止する。彼がこれ以上激高して暴力沙汰になる前に止める必要がある。


葛貴かつたかさん。つまり、庄司グループは座間家との契約を打ち切る、ということでいいでしょうか」

「契約、ね。本社ビルの横の民家で、日がな怪しげな儀式をする新興宗教もどきに金を流すことか?ああ、そうだとも。打ち切りだ」

「わかりました。一両日中にここを引き払います」

「へぇ?以外と物わかりがいいのだね」

「ええ。契約が切られるというのなら、それはそれで仕方がないことです」

「それで?別に私に関わりのない話ではあるが、今後はまた別の―――金持ちか何かに寄生でもするつもりか?余計なお世話だろうが、そんな奇特な者がいるものかな。それともそこらの迷信深い信者を集めてまた神様扱いされるか?」

「本当に余計なお世話ですね……」

「君のためを思っての助言だよ。詐欺罪で捕まったりすれば寝覚めが悪い」


 彼は庄司グループの経営者一族と婚約している。

 やがては社長の婿、ということになる。


『自分のものになった会社に傷がつく、と正直にいうべきじゃないですか』


 そんな皮肉が思いついたが、言うことはしなかった。

 これ以上の言い合いに意味があるとは思えなかったし、実はそろそろ体力がキツくなってきていたからだ。


 クラ、と目の前が一瞬暗くなる。

 普通の人がこういう感覚を味わうことはあるのだろうか?

 ご飯を一日抜いたり、真夏日に脱水症状が出たりすればこういう状態になるかもしれない。どちらとも縁がないのでなんとも言えないのだが。


 やがて息が苦しくなる。咳が止めどなく肺から漏れていく。


「久遠さま!」


 周囲の人たちが僕を気遣って背中をさすったり水を差し出したりしてくれる。

 僕は水を受け取る余裕もなく、咳は強くなっていくばかりだ。


 いつものことだった。少しすれば収まる。

 僕の身体は健康そのものだ。

 健康だから、慢性的な咳とか貧血もどきで助かっている。身体が弱い人間がこの役をすれば、おそらく命を落とす。


 苦しみの最中、ちら、と葛貴の姿を見た。

 彼はどこかバツが悪そうにして「ともかく君が言ったのだから今日中に引き払ってもらうぞ」と捨て台詞を残して去って行った。


 やれやれ、随分と毛嫌いされているようだ、と僕は哀しいような、どうでもいいような気分に陥った。


 さて、ではどうやってこの今にも本社に陳情か、さもなくば籠城でもしかねない周囲の人間たちを説得しようか。






 僕、座間久遠ざまくおんはいわゆる生き神様のようなことをしている。人柱と言う人もいる。どちらにせよ同じことだ。

 僕はとある呪術を完遂するために、この家に縛り付けられている。


 これは座間家代々の務めだった。座間家と庄司家の間に交わされた契約である。

 僕もそう詳しい訳ではない。ただ母から聞いた話と書庫にあった資料によると、事は大正時代にまで遡るようだった。


 当時、船舶会社を営んでいた庄司家の娘にある呪いがかかった。

 始まりは息が苦しくなる、というものだった。

 やがて首の周りが鬱血し始めた。

 鬱血は日に日にひどくなり、首は全く紫色になってしまったらしい。


 娘の両親はひどく心配し、方々の医者にかからせた。

 しかしどの医者もそれがどのような病気だったのかを特定するには至らなかった。


 やがて、最後に藁にもすがる気持ちで頼ってきたのが、僕の祖先である拝み屋の座間家だった。


 座間家は当時から新興宗教のような、拝み屋のような、まぁそういううさんくさい職業をしていたようである。庄司家の求めに応じて座間の当主は早速娘の霊視を行ったようだ。


 結果、出された結論は「庄司の家には鬼が取り憑いている」というものだった。

 どういう調査がなされたのか―――さもなくばしていないのか。

 そこまでは調べていないのでわからない。

 もしかしたら何らかの経緯があったのかもしれない。

 軽率な気持ちで肝試しをしたとか、誰かの恨みを買ったとか、あるいは売られたとか。

 あるいは何も無かったのかもしれない。


 いずれにせよ、当時の座間当主は鬼の仕業と結論付け、その上で対策をとった。その対策というのが、人柱を用いた封印術式だ。人柱役は座間家当主その人。その役目は代々、座間家の長男に回ってくる―――


 まぁ考えてみればひどい話だ。

 そんな狂った提案をする座間家も、それを受け入れて囲い続けた庄司家も、どちらも正気じゃ無い。それを100以上も続けた、というのも。


 だが、それで事態は本当に収束してしまった。

 座間の当主は庄司の娘にかかった呪いを封じる。その代わり、庄司家は座間の生活を保障する。そういう契約だった。


 ―――一つ言えることは、この封印術式の維持は慈善事業ではない。

 あくまで契約だ。もしかしたら始まりは友情とかだったのかもしれないが、しかし今の僕と庄司グループの間には何の情も無い。親の代の因縁を僕が背負う必然があろうか?


 契約を打ち切るというのなら、僕には止める必然性は無かった。

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