第5話

僕の家族は殺された。

誰に殺されたかは分からない。

僕が朝起きて一階に降りようとすると、メイドが階段で血を流して死んでいた。

腹と首筋を獣に嚙み千切られたような無残な姿だった。

僕は後を引き返し、両親の寝室へと向かった。

荒々しくドアを開け、部屋へ飛び込むと、両親も既に死んでいた。

メイドとは違い、二人とも銃で体中を打たれていた。

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

何が起こっているのか理解できないばかりか、大きな悲しみに耐え切れず、僕はその場に蹲った。ひとしきり泣いた後、血まみれの両親の間に挟まれるようにして寝そべり、半日をベットで過ごした。

物音一つしない屋敷の中に人の気配など無い。

「…………。」

二人の血が染み付いたシーツを身に纏い、床に引きずらせながら一旦寝室を出た。

使用人の使う部屋はではそれぞれの部屋で全員が死んでいた。

女はもっぱら脹脛や腹を嚙み千切られ、男は喉だけを嚙み千切られるだけのものもいれば、複数個所を貪るように嚙み千切られているものもいた。

廊下に倒れている数名は、もしかしたら逃げ出そうとしたのかもしれないが、抵抗も虚しく部屋の中で死んでいる者達と動揺に襲われている。

執事室に向かうと、白髪の初老の男が電話の受話器に手を伸ばした状態で頭を打ちぬかれて死んでいた。

荒らされた屋敷内は、あらゆる装飾品が忽然と姿を消していて、食料の備蓄もほとんど奪われていた。

皆、昨日までは生きていたんだ。

殺されるようなことなんて、なにもしていない。

「どうして……。」


どうして僕だけ生きているのだろう――


偶然かもしれない、

だけどそんな偶然、僕は要らない。

僕は更に半日以上かけ、寝ずに全員の死体を両親の待つ寝室に集めた。

むせる程の死臭が部屋に充満し、死体から流れる血液が部屋中を赤く染める。

「これで皆一緒だね…全員はベットに乗らないから、そこで我慢してね。」

両親が横たわるベットへと戻り、床にひしめき合う使用人達の死体に向かって僕は微笑んだ。

「じゃあ、皆おやすみなさい。」

血塗れのシーツに身を包み、冷たい両親の腕に縋りながら僕は目を閉じた。

死者に紛れて眠れば、神様が間違えて僕も天国に連れていってくれるんじゃないかと思った。

しかし、神様は間違えてくれなかった。

「……おはよう…みんな……。」

虚ろな瞳から、ボロボロと涙が零れた。

昨日、目が覚めてメイドの死体を目の当たりにしてからリアムからまともな思考は失われていた。あったのはただただ、深い悲しみと大きな喪失感だけだった。

誰が家族を殺したのかや、犯人への憎しみよりも、悲しみがリアムの心を飲み込んで返さなかった。

それからは、ただ何も考えず何日も死体と共に過ごした。

不思議と、誰も屋敷を訪ねてくる者もなかった。

飲まず食わず、ひたすらに家族の死体に寄り添い、どうやって自分が生き延びていたのか、今でも思い出せない。

しかし、気が付けば僕にはまた‟家族”が出来ていた。

優しいくて男の人なのにまるで女の人の様に柔らかくて美しいノア兄さん、言葉遣いは乱暴だけど、凛々しくて頼りになるライアン兄さん。


二人とも、僕の大切な家族だった――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

朝日の差し込む、美しい冬の日の朝。

目を覚ますと、見慣れた床には鮮やかな赤い液体が床全体を流れていて、朝日を受けてまるでルビーの様に輝いていた。そして、まるでその赤い液体に浮かぶ様に、唐突に兄と同じ顔をした首が転がっている。

「ら、いあん…兄さん…?」

ライアンの首は、暖炉で寝ていたリアムの近くに落ちていたのに、ライアンの服を着た胴体はなぜか玄関のドア付近に倒れている。

そしてそのすぐ隣には、ブルーの瞳を大きく見開いたまま倒れているノアの姿があった。

「兄さんっ!兄さんしっかりしてよ‼」

急いで駆け寄り、必死でノアの体を揺すると触れた部分がぐちゃりと沈み、冷たい何かがリアムの手に纏わりついた。

「に、いさん…?」

リアムが自分の手を見ると、小さな手のひらにベッタリと赤い液体が付いていて、リアムが触れたノアの胸部分は肉を抉られ、外側から何かを取り出されたような悲惨な状態だった。

「しん…でるの…?また…?」

冷たい兄の体を再び揺するが、その美しい唇も、朝日に照らされたブルーの瞳も、リアムを見ることはなかった。

「どうしてぇええ!!!!!!!!!!!!!!!どうしてぇええ!!!!!!!!!!!!!!!」

リアムは頭を抱えながら叫んだ。

『あさからうるせぇーな、しずかにしろぉ。』

ふと声に顔を上げると、ダイニングテーブルの上で水色の物体がくちゃくちゃと音を立てながら何かを頬張っている。

「そ…れ…、なに…?」

『ああ?これかぁ?』

ぶにゅりと太った体を捻り、水色の物体がこちらを振り向くとその顔は赤く染まり、口なのか鼻なのか分からない部分に特にべっとりと血が染み付いていた。

それを見た瞬間、リアムの体から血の気が引き、その代わりに全てを理解した。

「兄さん達を…食べたの…?」

『あぁ?たべたのはしんぞうだけだ、あとはきれいにころしたぞ。』

「どうしてぇ!!!」

『?どうしてって、おまえにはひつようないからだよ。』

もちゃもちゃと赤黒い塊を貪りながら水色の物体はキョトンとした顔で首を傾げた。

「!!!!!!!!!!!!!!!」

その悪びれもしない態度に、リアムの中の何かが切れ、突発的に拾い上げたハサミで水色の物体めがけて突き刺した。

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

声をあげながら何度も何度も繰り返し刺し、布が破れて中の綿が飛び散る。

何度刺しても刺しても、リアムの小さな体では抑えきれない激しく黒い感情が尽きることはなかった。むしろ、自分の体を引き裂かれている間もケラケラと愉快そうに笑い続ける化け物が更に憎くて、体の内側が怒りで燃え上がるような感覚を覚えた。が、その瞬間プツンと頭の中で音がして、リアムはバタリと床に倒れ込んだ。


『あ~あ、この体気に入ってたんだがなぁ。』

聞き覚えのある声に、リアムは薄く目を開けた。するとすぐ視界に飛び込んできたのは小さな白い花をたくさん咲かせた大きな木だった。

その木の散りゆく花びらがひらひらと仰向けに倒れるリアムの上に降り注ぐ。

真っ白な空間に、佇む一本の木から落ちる花びらの一つ一つがまるで生き物のように温かく、鼓動を感じるほどだった。

『お、大丈夫かぁ?死んだかと思ってビックリしたぞ。』

声の聞こえる方を見上げると、太い枝に胡坐をかき立派な幹にもたれ掛かる状態で、見たことも無い白い服を着た長い白髪の男がこちらを見降ろしていた。

「だ…れ?」

リアムの問いに男は目をパチクリさせると、どこからかズタズタにされて綿がはみ出している水色の猫のぬいぐるみを片手で掲げた。

『これだよ、覚えてるだろ?』

男の持つ物を見るなり、リアムは大きく目を見開いた。

「お前が…!兄さん達を…‼」

怒りに満ちた目で木の上の男を睨み付けるリアムに、男ははぁっと溜息をついた。

『おい、だから聞けって。俺は別にお前の兄貴を殺したくて殺した訳じゃないぜ?俺の話ちゃんと聞いてたか?』

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!!!!!!!僕の家族を返せ‼兄さん達を返せ‼」

狂乱とばかりに叫び続けるリアムに、男は『おい、少し黙れ。俺が話してるんだ。』と睨み付けたと同時に、リアムの体は白い地面に思いっきり叩き付けられた。

『よく聞け、俺がわざわざ説明してやるんだ。一回で理解しろ。まず一つ、お前の兄達を殺したのは平たく言うと‟お前の夢”だ。』

「ゆ…め…?兄さん達は、死んでないってこと?」

『そうじゃない、最後まで聞け。お前は夢や願望を叶える方法を知ってるか?』

「わか…らない……。」

リアムの答えに男は小さく『だろうな。』とつぶやいた。

『夢や願望を実現させられる人間は少ない、それはなぜか。夢や願望を叶える為にはそれを‟妨げているもの”を‟排除”しなければならないからだ。そもそも普通の人間にはその妨げになっているもの自体を認識するのが難しい、または分かっていても‟手放せない”者も多い。ここまで話せば、お前には分かるか?』


分かりたくない、理解してはいけない――

頭の中で何かが警鐘を鳴らしていた。

しかし、それと同時に信じられない速さで男の言葉が活字となって音声と共に再生される。


「ぼくの…、せい、か……。」



「そ…んなことって…。」

リアムは地べたに這いつくばりながら、嗚咽を漏らした。

僕の夢が、僕の唯一の願いをぶち壊したんだ。

僕の願いは、もう一生叶わない、取り戻せない。

「うぅ…ううぅ…。」

『一つ言っておくが、お前の願いを壊したのは、お前の兄達だぞ。』

「え?」

『お前の強い願いは一貫して‟家族と暮らすこと”だったな?しかし、ある時からお前の兄達はお前を‟家族”とカウントしなくなった。表面上はどうであろうとな、あの二人がお前をどうにかしてしまおうと考えた時点で、お前の兄達はお前にとって‟妨げ”になった訳だな。』

「そんなの、どうでもいい…!僕は兄さん達を失うくらいならこんな夢いらなかったのにっ‼」

『……だがもう遅い。俺はお前の夢を叶える為、その障害を排除した。お前の兄達がこと切れたその瞬間から、お前の夢は現実化へと動き出している。あらゆる者の夢と願望を、そして命を踏みにじり、お前もまた次の‟誰かの夢”の贄となるまでお前は生きていくんだ。』

男は地面に這いつくばりながらも鋭い視線でこちらを睨み続けるリアムを見下ろした。

『夢が現実になった瞬間から、それはお前の新たな‟定め”になる。他の誰に託すことも、放棄することも出来ない。なぜなら、お前の人生もまたいつしかくる‟誰か”の為にあるからだ。』

「どうでもいい…兄さん達を返して…僕の…家族を…。」

激しい怒りに血走った目に、大量の涙をためてリアムは掠れた声で訴えた。

『………。』

男はそんなリアムの姿に、別の人物の面影を重ねていた。

遠い昔失った、美しくも愚かで愛おしい存在を。

(……あれも母を失い泣いていたな。)

そう遠い記憶に目を細めたところで男はある可能性にハッと気が付いた。

この目の前にいるこの子供こそ、自分がずっと探していた存在なのではないか。男はすぐにふわりと木から降りると、リアムの顔を掴み上げた。

しかし触れてみてすぐに答えは出た。

『…ある訳が無い、か。』

男は落胆した様に溜息をつくと、リアムからパッと手を離した。

考えてみれば、‟あれ”がこの木を見て何も反応を示さないはずがない。男は地面に投げ出されたリアムを横目で一瞥すると、『……お前の兄は返してやる。』と指を鳴らした。パチンッという音と共に花びらの竜巻が起こり、リアムの目の前まで来て勢いを弱めると、花びらの中から兄達の亡骸が姿を現した。

「ああ…‼兄さん!」

リアムがバタリと地面に転がった兄達の亡骸に駆け寄ると、男は無感情に『腐らなくはしてやった、好きなだけそ傍にいるといい。』という言葉を残して忽然と姿を消してしまった。

「…………。」

訳が分からず、兄の亡骸に縋りながら男の消えた虚空を呆然と見つめていると、後ろから唐突に声がした。

「あ~あ、まぁたお客さんほったらかしですか。ほんとに、勝手な人ですいません。まだ王様気分が抜けてなくて…ま!相当昔の話なんですけどね!あっはは。」

リアムの後ろからヌッと顔を出したのは大体11~12歳くらいの少年だった。サラサラとした黒髪から覗く、クリクリと大きな瞳を楽し気に細め、リアムを見た。

「あ、てゆーかその人達死んじゃってるんですかぁ?」

ポカンと少年を見つめるリアムの傍に倒れる死体を指差し、少年は驚いたように片手で口を押さえた。

「あ…。」

「いえ、良いんです言わなくて。事情は分かっていますので。あなたは悪くありませんから、仕方のないことです…。」

少年はリアムの声を遮り、なにがそこまで愉快なのか、察するような声音とは裏腹に満面の笑みを浮かべている。

「えっと…あの…。」

「それにしても酷いですよねぇ~、大切な弟を金の為とは言え少年愛者に売ろうだなんて。それも保身の為に!そりゃあ、怒りますよね?殺したくもなりますよね?分かりますよぉ~、分かります!でもあなたはこれで自由です!良かったですね!」

満面の笑みでパチパチと手を打つ少年の言葉が、リアムの耳に鋭く突き刺さった。

「う…る…?」


‟二人がお前をどうにかしてしまおうと考えた時点で”

‟少年愛者に売ろうなんて”


少年の言葉と、消えた男の言葉が同時にリアムの頭の中を駆け巡る。


‟お前の願いを壊したのは、お前の兄達だぞ”

‟兄達はお前を‟家族”とカウントしなくなった”


あの男の言葉が今になって紐解かれ、残酷にのしかかってくる。

「そ…そんな…うそだ、うそだぁ!ねぇ、兄さん嘘だよね?僕達は今でも家族だよね?僕は…兄さん達の…あぁああぁあ…!」

「あれ?もしかして知らなかったんですか?えぇ~、これじゃぁ僕がなんか酷いことしたみたいじゃん…。」

泣き叫ぶリアムを前に、少年は相変わらずの笑顔で頭を掻いた。

「まぁまぁ、そんなに泣かないでくださいよぉ。家族を殺された挙句、その家族にすら騙されていたなんて相当ショックだと思いますけど、生きているだけで儲けものですよ?あなたは今回で二度もあの人に命を救われているんですから、そんなに憎まないであげてください。」

「どう…いう、こと?」

リアムは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げ、満面の笑みでこちらを見降ろす少年を見返した。

「ん~、つまりあなたは今回、あの人と出会わなければ今回こそ死んでいたということです。あなたの家族の願いに、あなたが殺されていたんですよ?そう考えたら相当ラッキーだと思いませんか☆」

ニッコリと微笑みかけてくる少年にリアムは首を振った。

「思わない、兄さん達が僕をどうしようと…僕は兄さん達が好きだ。兄さん達の願いが仮に僕の命で叶うものだったなら、僕は兄さん達の為に役に立ちたかった。ぼくは…ぼくはっ……!」

リアムは少年から顔を背け、瞳から溢れそうな涙をセーターの袖で拭った。

兄達への愛と、それ故の裏切られた悲しみが涙と共に心から溢れてくる。

少年に言った言葉は本心だったが、やはりまだ幼いリアムの心は残酷な真実を受け止めきれず、泣き叫んでいた。

「う~わっ、頭ぱっぱらぱーですね。あなたみたいな人、以前にもどこかで会ったことがある気がしますので聞きますが、この木に見覚えはありますか?」

少年はニコニコと目の前の大きな木を指差して微笑む。指を差した方とは逆の後ろに隠した少年の手には大きな古びた木製の杭が握られている。

「みたこと…ない…。」

少年の問いに、リアムは木を一度も見ることなく兄達の亡骸に縋り尚も涙を流していた。

(……違ったか。)

少年は後ろ手に隠していた杭をパッと離すと、杭はスッと空気に溶けて消えてしまった。

「それにしてもあの人にしては珍しい…いつもなら『ちなみに教えてやるぅ~。』とか言って嫌なことぜぇ~んぶバラしてから消えるのに…。」

ブツブツと若干のモノマネを挟みながら思考を整理していた少年は、何を思いついたのか「あっ!」と声と共に手のひらを拳で叩いた。

「一つ、僕からポジティブなお知らせです☆そのままでいいので聞いてください☆」

少年は声を枯らしながら泣き続けるリアムを泣き止ませるどころか、お構いなしの様子で喋り出した。

「あっちに戻ったら地下室に行ってみてください、きっとあなたの役に立つものがあるはずです。まぁ…その他にも色々ありますが…後はあなたの問題なので。それでは、頑張って生きてください。また会う機会があれば、また☆」

少年は一方的にそう言うと、パンパンと手を打った。

リアムは一瞬、真っ暗な空間に投げ出されたかと思うと、すぐに家の暖炉の前で目を覚ました。

ダイニングテーブルを見ると赤い液体が木に染み込んでいたが、あの化け物が頬張っていた赤黒いものはなく、リアムが切り裂いた筈の‟化け物の皮”もどこにも見当たらない。

「…………。」

虚ろな瞳が映す景色は色がなく、全て灰色に見えた。

兄達の亡骸を跨ぎ、無心で地下へと降りたリアムは目を疑った。

地下にあった物全てに、リアムは見覚えがあった。

死んだ母親が気に入っていた美しい花瓶、

父親の肖像画を入れて飾っていた金の額縁、

よじ登って遊んでは爺やに叱られた彫刻の数々、

家紋の入ったシルバー、

父の拳銃のコレクション、

目に映る全ての物がリアムに残酷な真実を語りかけていた。

家紋の刻印がされた箱を開けると、そこには眩しいほどに輝く宝石が顔を覗かせる。その美しさが、より一層残酷な過去の真実を際立たせるようだった。


奪われたのだ、これだけの為に。


こんな装飾品や芸術品に一体なんの価値があるのか。

そう思った瞬間、リアムの小さな脳が凄まじいスピードで今までの記憶を整理し始め、それと同時にあの男の言葉を全て再生し、もう一度耳で聞き、活字変換を繰り返した。長い思考に神経を全て費やしたせいで手に持っていた宝石の入った箱が滑るように落ち、床に幾つもの輝きが零れ落ちた。

床の宝石が落ちた反動でコロコロと床をそれぞれ転がっていき、最後の一つの宝石が動きを止めた時、リアムの長い思考も収束した。

「そっか…。」

ポツリと一言呟いたリアムは、床に散らばる宝石をそのままに再び、兄達の待つ地上へと昇って行った。





「兄さん、ただいま。今日はたくさん褒められたよ、‟まるでパンを作る為に生まれてきたみたい”だって!ふふふ、でもまだ兄さん達に食べさせられるようなものは出来てないんだ、ごめんね…。」

「…………。」

「…………。」

「もぉ~、ノア兄さんは心配し過ぎだよ、僕ももう15だよ?大丈夫、今のところそんなヘマしてないよ。」

「…………。」

「そうだ、そう言えば、この間ライアン兄さんが食べたいって言ってたパンの提案を師匠にしてみたんだ、そしたら‟なかなか面白い発想だ”って!できたら一番に持って帰って来るからね!」

「…………。」

「いいんだよ、気にしないで。小さい頃は僕の方が何も出来なかったんだから…僕は兄さん達がこうして傍にいてくれれば何も要らないんだ…。」

「…………。」

「…………。」

「もう、二人ともどうしたの?僕はもう気にしてないよ?それより、兄さん達が支援していた孤児院だけど、建物を新しくしたんだ!今度見に来てよ!」

「…………。」

「え?お金?それは秘密、兄さん達だって散々僕に隠し事してたんだからいいでしょ…って、うそうそ。地下のを使ったんだ、ふふふ、でも皆喜んでくれてたよ?施設の人達が兄さん達にお礼がしたいって言ってた。」

「…………。」

「わぁー、やっぱりライアン兄さんはそう言うと思った。だけど、兄さん?兄さんの立場分かってる?僕は兄さん達の隠してきたこと、してきたこと全部赦す代わりに我が家の財産は全部僕が預かるって、前話したよね?」

「…………。」

「うん、ありがとう兄さん分かってくれて。僕達は僕達がいればそれで幸せなんだから、あんな物なくて良いんだ。他の人達の為に使うのが一番だよ、ノア兄さんもそう思うでしょ?」

「…………。」

「へへ…、うん。」

ゆらゆらと短い蠟燭の火が揺れる暗い部屋の中、リアムは一人で照れながら微笑み、部屋の中心にただ一つだけある椅子の前にひざまずく。

その椅子にはまるで美しい人形のようなふんわりとしたブロンドの髪と、長い睫毛から覗く穏やかなブルーの瞳で虚空を見つめるノアが、艶やかな短髪の赤毛に凛々しくもノアとそっくりなブルーの瞳をしたライアンの首を両手で抱える様にして座っていた。

「ん?エリスさんの話?ふふふ、あの人まだノア兄さんのこと探してるみたいだね。あ、大丈夫!絶対に兄さんをあんな人に渡したりなんかしないよ!ただ、可哀想な人だなって思って…。」

「…………。」

「うん…だって、もう兄さんを僕から奪うことなんて出来ないのに、あの人はそうとも知らずに兄さんを探しまわってるんだもん。兄さんを手に入れるなんて、それこそ時間を戻すか兄さんを生き返らせるしかないでしょ?…うん、分かってるよ。良いんだ、僕は僕の夢で唯一の‟願い”を壊してしまったかと思ったけど、違ったんだ。僕はあの化け物に全てを貰ったんだよ、夢も家族も。こんな幸せなことって他にある?」

「…………。」

「…………。」

「僕だってできないよ、自分で家族を殺すなんて。だから感謝してるんだ、兄さん達もそうでしょ?ふふふ、よかった。」

リアムは跪いた状態でノアを見上げながら楽しそうに微笑む。

リアムの幸せは今も昔も変わらない。

こうして家族と寄り添っているだけでリアムの心は安らいだ。

リアムの言葉に否定も肯定もせず、ただ静かに穏やかな眼差しの兄達。

もう、思考することも自ら動くことも出来ないが、リアムはそれで良かった。

あの日、失ったと思った家族は、紛れもなくリアムの理想的で完全な形に生まれ変わっていたのだ。

「…………。」

「あ、そうだ。明日も早いんだ、兄さん達も疲れたよね?じゃあ、おやすみなさい。」

そう言ってノアの冷たい膝に頭をもたれ掛け、リアムは笑顔で瞳を閉じた。

微笑みながら眠るリアムの頬に涙が伝っているのを、ゆらゆらと揺れる蠟燭の火だけがじっと見つめていた。































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夢の代行人 ださい里衣 @momopp0404

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