第29話


「お前も無茶をするなぁ」


 十魔王の一人、纏縛のグリッズとの戦いも終わり、屋敷の天井から降りて、適当な場所に腰掛け一息ついていると、ロザ様がやってきた。

 その顔は、ちょっと呆れているような感じだけれど、同時にこちらの顔色と疲労も窺っていて、ロザ様のまだ子供とは思えない深い気遣いが垣間見えた。


「そんなに無茶でしたか? 結構無双してたと思いますけど」

「魔王相手がそんな楽なもんじゃないくらい分かるよ。結構叩かれたりしてたし、体の方は本当に大丈夫なのか?」

「あははー、頑丈なので」


 実際は結構痛かったし、ダメージもそれなりに残っているので、こうして座り込んで息を整えている面もあった。

 やっぱり、凄まじい力を手に入れたからと言っても、僕そのものが凡人すぎる。


『やっぱり全盛期の私くらいの力はまだ出せませんねぇ。半分届かないレベルですよ』


 あれで半分なら、それはもうシロフィーが化物すぎるだけだよ!


『時間を掛けて冷静になられると不利な可能性もありましたし、クロにはもっともっと強くなってもらわないと困りますよ! 一緒にこのメイドロードを駆け上がっていきましょう!』


 シロフィーは笑顔で僕を元気付ける。

 どうやら僕も化物への道を一歩一歩進んで行っているらしい。

 嫌だなぁ……。


「まあ無事ならいいんだが……」


 ロザ様は少し安心するように、その表情を和らげた。

 お優しいロザ様に僕は一つ、お願い事をすることにする。


「ロザ様、歓迎会……じゃなくてもうお祭りですが。魔王はいなくなっちゃいましたが、再開しましょうか」

「呑気だな⁉」

「今の私には騒がしさが薬なんです!」

「意味不明なこと言うな! ……ま、まあ、射的でまだテレサと決着ついてなかったし、いいけどな」

「ええ、テレサ様はもう結構回復された様子でしたよ」

「あの、お前。今回は大変だったけど、これからも……妹を支えてやってくれよ」


 ロザ様は少し頬を朱に染めて、絞り出すように僕にそう言うと、返事は聞かずにテレサ様の元へと走っていってしまった。

 初めは僕のことを見極めようとしていたロザ様だが、嬉しいことに、大切な妹のメイドとしてもう僕は認められているらしい。

 その妹ことテレサ様は戦いの疲れも取れたのか、再開した屋台に急いで駆け込むと片っぱしから注文してバクバクと食いまくっていた。


「テレサ!落ち着いて食え、落ち着いて」

「ふぇもふぉにいふぁま」


 口いっぱいに詰め込んだせいで、テレサ様はロザ様に叱られていた。

 元気いっぱいな様子だけど、むしろ、疲れたからたくさん食べているのかもしれない。

 魔法は原理的にはノーコストだけど、現状、それを操作するために、脳への過度な酷使でエネルギーが大量に必要なのだろう。


「本当にお疲れ様でしたテレサ様」


 誰に言うでもなく呟きながら、僕は隅の木陰から涼しげな風と共に、祭りの光景を眺める。

 エルパカとベム子さんが二人連れ立って、金魚掬いという名の謎の魚掬いの前で何かを議論している。


「横からですわ!!! 横から掬うのが最適ですわ!!!」

「落ち着けエルパカ。こういうのはだな、結局下から一気に行くんだ」


 思いの外、仲が良さげだ。

 そういえばあの二人は同じ魔界から来た身で、その上、もう一ヶ月くらい同じ職場で働いた仲だった。

 一応は敵同士だったはずなのに、もう随分親密だけれど、まあ、エルパカそういうところがある。


 穴空きメイドのルイーゼもこの場に来ていて、猫に屋台の料理を食べさせているところだった。

 あの猫はミャカエルと言って、元ダンジョン主の猫で、テレサ様が使い魔にしようと画作している最中だけれど、まだ先は長そうだ。


 それよりも、ルイーゼが結構楽しそうにしているのが意外だった。

 他の魔物メイドと一緒になって、口がないのに、談笑しているような……。


『ルイーゼは前にも言った通り、ドジっ子な愛されキャラなので、人望が厚いんですよ。それに、かなりお喋りで』

「お喋りだったの⁉︎」 


 今となっては、その存在しない顔から表情を読み取れる僕にとっても、それは意外な事実だった。


『おや、喋ってもいいんですか?虚空に向かって話しかける不審者だと思われますよ』

「今日はもう頭の中で会話するのが億劫でさ。どうせ誰も聞いてないし、いいかなって」

『思えばこうしてきっちり会話するのは久しぶりですね』


 確かにテレサ様とロザ様が屋敷にやって来てからは、口に出して会話だなんて、とてもじゃないが出来なかった。

 今だって別に進んでするべき場面ではないけど、もう、本当に疲れたので、許してもらおう。


「シロフィー、改めて言うのも何だけど、ありがとうね」

『は? 何がですか?』

「は? って……いや、ここまで全部上手いこと言ってるのも、全部メイドパワーのおかげだし、言ってしまえば全部シロフィーのおかげでしょ」


 非力なままでは、奴隷のように扱われる生活のままで、そのうち魔物の餌にでもなって死んでいただろう。

 だから、彼女には感謝しかない。


『何を言っているんですか。感謝してるのは、私の方ですよ』

「何か感謝されること、あったっけ……?」


 本気で思い浮かばずに、首を捻っていると、シロフィーが屋敷を指差した。


『見てください。あの異界屋敷が、暗く重くグロいあの屋敷が、今はこんなに明るい。全部、貴方の人柄のおかげですよ。私の力はただの道具です。偉いのは、道具を使って素晴らしいものを作り上げた、貴方なんですよ』


 シロフィーが微笑みながら、珍しく僕のことを素直に褒めるので、僕は酷く気恥ずかしくなって思わず顔を逸らした。

 そういえば、この屋敷は人っこ一人近寄らず、来るもの拒み続ける陰鬱なダンジョンだったっけ。

 もう、遠い昔のことのように思える。


「それは……テレサ様とロザ様のおかげだよ」

『そこで主人を立てるのは、メイドとして悪くないとは思いますが、少しは自分を誇ってもいいと思いますがね』

「そうは言ってもなぁ」


 今日この日まで僕が出来たことなんて、ほとんどなかった。

 全ては、僕以外の全ての人間の強さと……そして、優しさのお陰だった。


『じゃあこうしましょう。クロ、貴方は貴方を助ける全ての優しい者を、助けてあげるんです』

「そうすると、どうなるの?」

『全員が貴方に感謝して、貴方の承認欲求が満たされます!』

「打算的!」


 なんか良いこと言うかと思ったのに!

 がっかりだよ!


『そして、貴方は伝説のメイドになります。私の夢も叶って、みんなも幸せになります。めでたしめでたし』

「都合がいいなー」

『私にとってはですね、貴方が私を着た瞬間からずっと都合が良すぎるくらいなんです。ですから、これくらいの未来予想は普通です』


 まあ、いきなりメイド服着る変態はなかなかいないだろうからね……。

 いや、変態だから着たんじゃないけどさ!

 パニックによる行動だから!


『貴方の変態に感謝しますよ! あざーす!』

「感謝する方向も感謝の仕方も酷すぎる!」


 馬鹿なことを言い合って楽しんでいると、テレサ様がわたあめを片手にこちらに走ってくる。

 死ぬほど可愛い。

 守れてよかったこの光景。


『やはり、幼女は最高だと言うことですね』


 悲しいことに、今はもう肯定するしかない。

 僕も毒されたな……。


「クロ、今日はありがとう」

「いえ、むしろお手数おかけしました。今日の全てはテレサ様の勝利ですよ」

「ううん、キレッキレのクロの煽りパワーが大きい」


 うっ、全て見られていたと思うと心が痛む。

 クールで優しいメイドという僕の作り上げてきたイメージが、どSな煽りメイドになってしまう!


「それで、クロ。私にもあれくらいで接していいから」

「あれくらいというと……?」

「スーパー煽りメイドでいい」

「いや、無理ですよ?」


 またとんでもないことを言い出した。

 いや、無理だよ?

 本当に無理だよ?

 テレサ様相手に挑発なんて出来ないよ!


「でも、お兄様には割とあれくらいなこと多い」


 テレサ様がすねたように頬を膨らませるが、本当に勘弁して欲しい!

 可愛いけど無理です!

 

「いや、お兄様はこう私を叱ってくださるので。テレサ様は受け入れがちですし……」

「私も叱るときは叱る」


 ううっ、思いの外、強情だ。

 もしかして、一度決めたことは譲らない頑なモードが発動している?

 そうなると、絶対に折れてくれないと噂なので、かなりヤバい。


「クロと私は、主従の契約だけの関係だと思わない。もう友達。いや、それ以上」

「だ、だからもっと雑に接してくれと?」

「いえーす」


 言っていることは割と正しい気がするし、断りにくくもある。

 そして、テレサ様は頭が大変によろしいから、こういう口喧嘩で勝てる気はしない!

 諦めるしかないか……。


「ふぅ……じゃあ、テレサ。焼きそばパン買って来てください。三つで」

『いやいくら何でもいきなり雑すぎですよ⁉』


 や、やってしまったー!

 コミュ障だから、距離の測り方が下手くそすぎるんだよ僕!


「ふふふ。うん、後で買ってくる」


 死ぬほど雑な僕の態度に、何故かテレサ様は楽しそうに笑う。

 怒ってもいい場面ですよ!


「あっ、その、あの、マジで買ってこなくても」

「そうそう、そういうマジで感が欲しい」


 もっと軽口を叩いて欲しいということだろうか。

 それなりに叩いているつもりだったけれど、段々とテレサ様を大事にしすぎていて、それが気に障ったのかもしれない。

 メイドとして、まあ、ある程度、雑さを頑張ってみよう……。

 メイドとして雑さを頑張るってもう何が何だかだけど。


「それで、クロ。屋敷に名前を付けたから、聞いて」


 走ってやってきたのは、それを知らせるためだったのか、テレサ様は胸を張ってそう言った。


「あっ、そういえばありませんでしたね。戦勝記念に、魔王敗北屋敷でどうでしょう」

「却下」

「では、うちのご主人様可愛すぎ屋敷で」

「却下、そ、そんなに可愛くはない……」


 テレサ様は顔を赤くして否定する。

 えっ、世界一可愛いのですが。

 テレサ様は一体何をおっしゃっているのやら。


『マジで理解できませんね』


 僕とシロフィーの心が一致した瞬間だった。


「屋敷の名前は……オセロ屋敷」


 おー、オセロか。

 そういえば、遊戯室にオセロがあった記憶がある。


「クロの髪の色、オセロ」

「私の髪からですか⁉」

「それと、昔この屋敷にいた真っ白なメイドから。クロは割と黒いし、過去と未来で、この屋敷を守っていく感じ」


 シロフィーのことをテレサ様が知っているのは意外だったけれど、お母様から聞いたのかもしれないし、勉強家なので自分で調べて知った可能性も高そうだった。


 しかし、僕とシロフィーから屋敷の名前が出来てしまったか。

 シロが裏返ってクロ。

 表裏一体の存在。

 今の僕らには驚くほどに、ぴったりなその名前は、屋敷の名前という点を除けば素晴らしいのだけれど……。


「使用人モチーフの屋敷名は問題があると思うのですが……」

「もう決めたから」

「しかし……」

「もう決めたから」


 折れないモードに入っている!

 このモードあまりにも強すぎる。

 もはやメイド風情ではどうすることも出来ないので、そのまま屋敷の名前が決まってしまう。


 こうして、異界屋敷改め、オセロ屋敷の騒がしい日々は続く。

 オセロのような僕と彼女は、屋敷を守り続ける。

 使命感ではなく、ただ、それが好きだから。


「今度、冒険に行くからついてきてねクロ。竜骨生物群集って名付けた場所なのだけど……」


 どうやら次の騒がしさは、もうすぐそこまで来ているようだった。

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メイド無双は猫耳お嬢様と共に~伝説のメイド霊に憑かれてチートメイドになってたのですが──僕男なんですが?~ 齊刀Y氏 @saitouYsi

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