第27話


「舐めるなよメイド!」


 グリッズはその激昂と共に、張り巡らせた鎖の全てを操り、僕の元へと一気に突撃させてきた。

 さながら鎖の雨……いや、赤い雨のような光景が目の前に広がる。


 しかし、怒りに支配された思考で、しかも中界で、流石にそこまでの数を完全にコントロールはできないらしく、その軌道は滅茶苦茶だった。

 やはり、動揺した魔法は話にならない。

 しっかり狙いを定めて操れば、いずれ僕も避けきれなくなるだろうに。

 魔法はだから強い心こそが重要なんだ……そう、テレサ様のように。


 次々と迫り来る赤い鎖を、髪や服に掠らせるようにして、最小限の動きで避けていく。

 優雅に、そして最短で、僕はグリッズに徒歩で迫った。

 渾身の鎖の数々を悠々と躱しながら、華麗に歩いてくるメイドの様子に、流石の魔王も、驚きを隠せないでいる。


「運動性能だけに特化したタイプか!?」

『失礼ですね。クロが馬鹿なだけで、私は知力も結構ありますよ!』


 シロフィーはこんな状況でもさらっと僕を馬鹿にしてくる。

 けれど、今、軽口を叩けるくらいタフなハートは確かに必要なのだと思う。


 彼女がいつも変なことを言うのは、戦闘のためだったのかもしれない。

 あと運動特化は別に馬鹿って意味じゃないよ!

 心の中でツッコミながら、同時に体も前へ前へと突っ込ませて、僕はグリッズへとプレッシャーをかけていく。


「ほらほら、あと少しで触っちゃいますよー。あら、でも美少女に触れられたら、嬉しくなっちゃいますか?ご褒美になったらどうしましょうか」

「馬鹿めッ!触れるのは我の方だ!」


 手を伸ばせば届く距離まで接近し、軽口を叩きながら腕を伸ばすと、グリッズは今までと違うタイプの真っ黒な鎖を腕から生やし、こちらに向かって豪快に振り下ろす。

 今までの鎖はさほど太くはなかったが、今回の鎖は黒く太い。

 僕はそれを片手でキャッチした。


「馬鹿な!? 何キロあると思っている!」


 重量で叩き潰そうとしていたのか。

 色々と魔法にもバリエーションがあって、さすが魔王。

 そして、グリッズは驚愕してなお、攻撃の手を休めることはしない。

 そのままの体勢で、蹴りや拳を僕に向かって叩き込んでくる。


 身体能力自体もグリッズは相当なもので、その徒手空拳の鋭い連打に少し僕は焦りを覚えたが、表には欠片も出さずに、むしろ余裕綽々に、口笛混じりにそれらを目で追いながら避けると、今度はこちらの反撃の番だった。


「さて、綱引きでもしてみますか?魔王様の力の強いところ、見てみたいですっ!」


 黒い鎖を全力で握りしめて、力一杯に持ち上げると、グリッズは体勢を大きく崩す。


「なっ、なんだその怪力は」

『メイド技術その11〝剛力ティカラ・コンブ〟ですよ。そして、人は重心が乱れると、簡単に浮いちゃうんです。さあ、振り回しちゃいましょう!』


 可愛いメイドに振り回されるなんて、魔王様も幸せ者だなぁ。

 僕は鎖を縦横無尽に、デタラメに振り回す。

 グリッズの体は遠心力によって引き裂かれんばかりに、歪み、傷ついていく。

 そしてその勢いのままに、壁に床にと叩きつける!

 腕から鎖を生やした為に、簡単には鎖を外せないグリッズは、激しい抵抗も虚しく、ただなす術なく血反吐を吐いて苦しむのみだった。


「がっ!ぐぅっ!!ぎぃいい!!!」

「黒い鎖がどんどん赤に染まっていきますよー!赤い糸みたいですねっ!」

「ぐおおおおおおおおお!」


 叫びと共に、やっとの思いでその黒い鎖を消し去ると、グリッズは満身創痍な雰囲気で、地面に倒れ伏せる。

 しかし、それでもなおグリッズは僕を睨みつけていて、その闘志を失ってはいない。

 さすが魔王だ。


「お、お前の正体が分かったぞ……」


 ボロボロの体で立ち上がると、グリッズはそう宣言して僕を指差した。

 正体?

 僕の正体と言えば……。

 じょ、女装メイドだと言うこと!


 えっ、まさか最大の弱点である……性別がバレてしまったか⁉︎

 確かに今ここで暴露されるとヤバい!

 死ぬ!社会的に!


「貴様の正体それは……魔法で無理矢理にその人体を改造され、高い致死率と短い寿命を引き換えに強大な力を得た禁忌の存在……業魔だな貴様!」


 ごうま?

 あまりにも初耳の言葉に僕はぽかんとしてしまう。

 とりあえず性別とは関係なさそうでよかったけど!


『あー、それよく勘違いされるんですよね。でも、業魔っていうのは魔法の人体実験で生まれた奴ですが,方向性が真逆で、それは人工的な存在ですけど、私はもっと自然的に鍛えた存在なんですよね。だから、基本はただの人です』


 シロフィーのそのデタラメな性能は業魔と呼ばれる禁忌の存在と似ているらしい。

 しかし、全然違うようだった。


「よく分からないけど、違うそうですよ魔王様。私はただの人です」

「なっ!? あ、明らかにただの人の域を逸しているだろ!?」


 かっこ良くこちらの正体を看破し、動揺させようとしていたグリッズは、その目論見が外れ、逆に酷く動揺しているようだった。

 でも、分かるなーその気持ち。

 もうメイドとか関係なく人間ですらないと何度思ったことか。


 でも、今なら言える。

 そんなことは、どうでもいいと。

 僕も彼女も、同じメイドでしかないのだと!


「私は、メイドです。それ以上でも以下でもありません!」


 ダッシュで駆け寄り、露骨なくらいに大振りに拳を構えて、グリッズに殴りかかる。


「この化物め……鎖よ! 壁となれ!」


 グリッズは自分の目の前に鎖を張り巡らせ、鎖の盾のような物を作り出した。

 そう、魔法を正面から砕くのが、魔法戦においては最大のダメージ!

 だからあえて大振りにしたんだ!


 僕はそのまま鎖ごとグリッズをぶん殴った。

 鎖を貫くように拳は腹部に突き刺さり、彼は悶絶するように、ヨロヨロと後ろへ下がる。


「ぐおおっ! ふざけるなよ! デタラメすぎる!」


 鎖ごしで多少は勢いが殺されていたかもしれないが、それでも強烈な一撃だったはずなのに、まだ魔王の目は死んでいない。


『魔王様にがんばれーって言いたくなる光景ですね。我ながら強すぎて申し訳ない!』

 

 こらこら!油断するんじゃない!


 相手は魔王で、僕は強い力を手にしただけの一般人。


 あいつも必死かもしれないけれど、僕だって必死で、戦っている。


 だから手を抜く気はなく! 口撃方面でも!


 傷を押さえるグリッズの姿を眺めながら、さらに追撃の煽りを加える。


「いやいや、結構ダメージ与えてる気がしますけど、まだ立っているなんて、貴方も相当ですよ。才能がありますね!サンドバッグの才能が」

「ぐっ……」

「いや、あるのはもしかしてどMの才能ですかねぇ。喜んじゃってます?」

「この……口が減らないメイドが!」


 煽りに煽られて、グリッズの表情がどんどんと屈辱に歪んでいく。

 まるで空間ごと歪んでいるかのような激しい怒りがそこにはあった。


『魔法戦は相手の心を乱すのが手っ取り早いと、そこのそいつも言ってましたが、よく実践できてますねクロ』


 人をからかうのは割と得意分野だから、この手のセリフはポンポンと出てくる。

 すまなかったな!かつて泣かせるほど煽った妹よ!

 お兄ちゃん、お前の犠牲のおかげで今、優位に立ててるぞ!


『妹さんにはもっとちゃんと謝ってもらうとして、しかし! まだ生ぬるいですよクロ! いいですか、魔法そのものを打ち砕くというのは、その本質を相手にしないと駄目です!』


 本質?


『いいですか、私の言う通りにしてください……』


 僕はシロフィーに囁かれたアドバイスに従い、グリッズの元へと、無防備に歩いていく。

 コツコツと歩く僕を、忌々しげに眺めるグリッズ。

 そして、僕は彼の目の前で立ち止まった。


「魔王様の鎖って、全てを縛るんでしたよね?」

「あ、ああ、そうだ! 纏縛のグリッズとは我のことよ!」

「では、どうぞ」


 僕は手を広げて、目を瞑る。


「は?」

「は?ってなんですか、は?って、私のこと、縛るんじゃなかったんですか?それとも、もうそんな自信もないのですか?」

「な、何がしたいんだ貴様?」

「だから,貴方の絶対に破れない鎖、私が砕いちゃうから、どうぞお好きに縛ってくださいって、そう言ってるんです」

「き、貴様……貴様ァ!!!!!!!!」


 ついにブチギレたグリッズは周囲の鎖を魔法で束ね始めた。

 魔王のプライドを込めた大魔法が作り上げられていく。


 彼は赤と赤を掛け合わせたかのような、真紅が極まった美しい鎖を作り出すと、それで僕の腕と胴を巻き込むように縛り上げる。

 ちょっと締まって普通に痛い。


「我の鎖は不滅! 破った者など、今までただ一人もいないのだぞ! あまり舐めてくれるな!!!」

「それは、魔界での話でしょう?」

「なに!?」

「ここは中界で、私は化物。果たして通じるんですかねぇ……見ての通り、私って力持ちなんですよ。ええ、本当に、デタラメに力持ちなんです。それに比べて貴方は非力すぎます」

「だ、黙れッ!黙れッ!黙れッ!!!」


 怒りのままに振り下ろされる鎖の鞭を、僕は躱さずに受け続ける。

 今は縛られているから、実は避けようとしても回避は困難だ。

 だからもう逆に避ける素振りすら見せない。


 ダメージだって、もちろんあるけれど、それでも、僕は何ともないかのように、赤い鎖とお似合いな真っ赤な顔になったグリッズへ、優しく聖母のように微笑みかける。


「見ての通り、もう痛くも痒くもありません。貴方の魔法、もう駄目になってるんですよ」


 笑顔のままに、鎖で縛られた両腕に力を込めると、ギシギシと異音が響き渡る。

 今にも壊れそうな音に、グリッズは真っ赤な顔を、今度は真っ青に変えた。

 ある意味賭けのような手段だけど、いや、間違いなく通じるはずだ。

 シロフィーと……自分のご主人様を信じよう。

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