第21話


 エルパカはその後も僕の後についてきて、色々と問題を起こしたりはするものの、拙いがメイドとして僕の手助けも一応はしてくれた。

 下手でも全力で頑張ってはいるので、怒るに怒りにくい

 これが新人バイトを持った先輩の気持ちか。


 ただ、エルパカのこの屋敷における仕事はメイドというよりも、どちらかと言えばピエロというべきか、テレサ様たちを楽しませるのが主な業務のように思える。

 彼女の存在そのものがもう面白いのだけれど、更に魔術師が興味津々な魔界の話をするので、話題の種は尽きない。


「へー、魔界の地形は一定じゃない上に基本飛んでるのか。なかなか面白いな」

「興味深い」


 しれっとテレサ様の横で、ロザ様も一緒に魔界の話を聞いているのだけれど、ロザ様もその常識はずれな話に魅了されていた。

 ご主人様が喜ぶなら文句はないけれど、なんとなく納得いかない!

 これは……まさか嫉妬!?


『他のメイドに嫉妬するのはメイドの王道ですね』


 メイドってそういうものなの!?

 もっとホワホワしていて欲しい!


『女性社会ですので、人間関係ドロドロですよ』


 ホワホワの真逆の概念が口に出された。

 女性社会怖い……。

 まだ社会に出ているとは言えない僕だが、急に社会に出るのが怖くなってきたな。

 一生、この屋敷でメイドとして過ごしていきたいものだ。


「エルパカ、なんで地面に沈んでたの? 趣味?」


 テレサ様は、初日のことを思い出すように、質問を投げかける。

 それは確かに気になる話題だ。

 普通に考えればどんな流れであっても、もぐらじゃあるまいしなかなか地面に埋まったりはしない。


「それは大扉魔法のせいですわ。わたくしがこちらに移動してきたとき、地面の中に召喚された為に、そのまま埋まってしまったんですの! あたりの地面もわたくしと一緒にやってきたので、あのあたり魔界の土地ですわね」

「あれ魔界の土地なんです⁉ だ、大丈夫なんですかね?」


 あの森の中に広がった窪地は、穴が空いたのではなく、土ごと召喚されたために魔界の姿が上書きされたということか。

 いや、なんか変なものも巻き込んでないよね?

 土の中に魔界生物の卵があったりとかさ。


「おほほ、大丈夫ですわ。魔界だろうと土はただの土ですわよ」

「それなら安心ですか……エルパカはそういうのに詳しいんですか?」

「いや、全然知りませんですの」


 不安しかない!

 抗菌とか必要だったりしないかな……。


「ああ、でも、変な生物が巻き込まれて、一緒にやってきた可能性はありますわね」

「いやそれヤバいんだろ! クレィ、ちょっと見てきてくれ!」


 ロザ様の言う通りである。

 やっぱり全然安心できない!

 さっさと駆除しに行かないと……。


『ヤバい気配はしなかったので、大丈夫だとは思いますが、まあ見てみましょうか』


 シロフィーがそういうのなら問題はないと思うが、あまりにも気になるので、エルパカとテレサ様を連れ立って、あの場所まで急ぐことになった。


 ★


 最初に彼女と出会った場所に到着すると、そこは昨日と変わらぬ姿を見せていた。

 ぱっと見、異変はないようだけれど。


「あら、貴女たち」


 窪地の隅の方に、1人の女性を見つける。

 あの大きな魔女の帽子は……なんとメアリ様だ!


 テレサ様とロザ様のお母様で、テレサ様と同じく魔術師。

 優しく温和で魔術師としては珍しい常識人だ。

 様子を見にきてくれたのかな。


「メアリ様、お久しぶりです」


 頭を下げて素早く挨拶をする。

 僕もメイド根性が染み付いてきたな。


「ええ、クロフィーさんもお久しぶりですね。よくやってくれているみたいで」


 いつもの柔和な笑顔のまま、メアリさんは優しげな声色で話し始める。

 そんな彼女の姿を見て、何故かテレサ様は僕の後ろに隠れて、フードを深く被り直していた。


「テレサちゃん、ごめんなさいね。急に来てしまって。貴女が信頼できないのではなくて、ちょっと気になってしまっただけなの。後のことは、貴女に任せるから安心してね」

「はい、分かっています。お母様」


 少し、硬いテレサ様の声。

 緊張したようなテレサ様の声色は珍しかった。

 というか、同時に少し興奮しているような気もする。

 もしかすると、久しぶりにお母様と会って緊張しているのだろか。


「このへんの土ですけど、急速にこの大地と馴染み始めているみたいです。魔界の恒常性の低い環境が、変わりやすく同化しやすい大地を作るのかもしれません」

「お母様、流石」


 言ってることはよく分からないけど、つまりこの土に問題はないらしい。

 よかった……なんか巨大化したミミズとか出てこなくて。

 虫とか結構駄目なタイプだけど、それが巨大化したら多分もう気絶するほど無理だ。


「それで、そこの子は……魔界の人?」


 否が応でも目立つエルパカに視線を向けるメアリさん

 エルパカは急に話を振られてビクッとしていた。

 しかし、すぐにいつもの調子を取り戻し、胸を張る。


「エルパカ・パインですわ!見ての通りに、眺めた通りに、可愛くて可愛い!魔界の姫ですわ!!!!」

「姫?」


 メアリさんが、最後の言葉に反応する。

 そういえば、最初に会った時も姫と言っていた。

 それは愛される存在という意味で、姫と呼ばれたいだけなのかと思っていたけれど。


「ええ、魔界の王、十魔王の1人『跫音きょうおんのパイル・パイン』とは私の父のことですわ」


 十魔王!?

 えっ、凄い重要そうな話じゃん!

 やばい、適当に流していい話題じゃなかったのか。


「そういうことは早くいってくださいよ!」

「だって十魔王って全然可愛くないんですもの……わたくしとしては、なるべく隠しておきたかったんですわ」

「そんな理由で……」


 確かに可愛さは皆無だけども。

 跫音とかもうなんか怖いし。


「まあ、中界にいる限りは大きな問題になる可能性は低いですね」


 僕が慌てていると、メアリ様が落ち着いた様子で私見を述べる。


「中界ってそんなに安全なものなんですか?」

「安全というか、忌避されているのです。魔界や天界から見れば、もう本当に微かにも中界や中界の存在には触れたくもないレベルで」

「そこまでですか……」


 思った以上に中界の恒常性による魔法の制限は、他の世界に強烈な拒否感を与えるらしい。


「魔法の使えないやつらに近づいたら、自分も魔法使えなくなりそうでしょ?そういうことです」

「理由浅いですね⁉」


 小学生みたいなこと言ってるな魔界!

 うんこ触ったらうんこみたいな理屈かな!?


「でも、人が人を嫌う理由ってそんなものなんです。太古より偏見は真実を塗り替えますから」

「まあ、言われてみればそうかもですが」

「それに、魔法が想像力である以上、そうした想像が事実になりかねないのも、また事実なんですよ」


 魔法の使えない世界に来てしまったら、もしくはその存在に近づいてしまったら、もしかすると魔法が使えなくなるかもしれない。

 その不安が、魔術師に本当に魔法を使えなくさせてしまう……。


 そういうことだとすれば、魔術師も魔界の人間も、結構不便な存在だ。

 そんな中で普通に魔法を使えているエルパカはもしや凄い……?


「ということは、エルパカは魔界として見ても凄い変人ということですか?」

「変人というより、強い心を持っているというべきですね。魔術師の理想です。テレサちゃん、彼女のような心を見習うんですよ」


 テレサ様はこくりと頷くが、僕としてはエルパカを参考にしてほしくはない。

 たとえ魔界の姫だとしても! 本当に凄かったとしてもだ!


「おほほほほ! わたくしの可愛さが中界に来たからと言って変わるわけでもありませんわ! 故に!! 本質的に何も変わってないといえますわね!!!」

「どういう理屈ですかそれは」

「クロフィーさん、つまり、エルパカさんには芯があるのです。それが折れない限り、彼女が魔法を使えなくなることはないでしょう」


 えぇ……よく言い過ぎじゃないですか?

 でも、そうメアリ様に言われてみれば、エルパカの阿呆面が何故か急に、強い意思を持った顔に見えてくる。

 くっ、メアリ様の言うことが全て正しく感じられる魔法にかかっている!


『魔法ではなくそれは信仰ですよ』


 シロフィーの冷静なツッコミが、僕の体に響いた。

 エルパカはそんな苦悩する僕の顔を見て、にまにまと笑っている。


「どうです? ご主人様、少しはわたくしのこと、見直しましたかしら?」


 うっ、なんかアピールされてる。

 認めん、認めんぞー!

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