第20話


「朝ですわよー!!! ってええ⁉ メイド服のまま寝てますのー!?」


 あの後、エルパカが同じ部屋で良いと言い出したのをいさめて、他の空いている部屋に押し込んだ……のだが、彼女のことなので、何が起きるか分からない。

 僕はメイド服のまま寝ることにした。

 そして翌朝、やかましい声と共にエルパカは、危惧していた通りに、騒がしく僕のプライバシーを堂々と侵害してきた。


 しっかりと、そしてきっちりメイド服を着ているのはメイドのメイドとして偉いのだけど、それはそれとしてピンクと赤の髪色とではメイド服とのミスマッチが凄い。

 まあ、僕の黒と白の髪色オセロカラーも大概だが。

 共に二色髪なので、同じメイド姿で横に並ぶと結構なインパクトのある絵面になるかもしれない。

 というか主人の正気が疑われるかもしれない。


『私も髪染めれたら染めたいですねぇ』


 何故かシロフィーは仲間外れにされたかのような態度を取っている。

 シロフィーはいつまでも白いままでいてください。

 これ以上カオスになると、その、困る。


「昨日、起こさなくていいと言ったはずですよ?」


 朝起こしに来ると言ってきたエルパカに向かって、もう3回はしなくていいと言ったはずなのだけど、その効果は見えてこない。

 僕の当然の疑問に、エルパカは胸を張って応えた。


「ええ、ですので起きなくても、優しくそのままにしておく予定でしたわ」


 つまり、起こさなくていいを、朝来てもいいけど、眠りから起こさなくてもいいと解釈したのか……。

 まあ、解釈できなくはないけどさぁ!


「それで、何故メイド服で寝てますの? 服をそれしか持っていませんの?」

「メイド服は私の鎧のようなものですので。常在戦場の気持ちで日々過ごしているのです」

「メイドのメイドとして見習いたいですわぁ」


 死ぬほど適当に誤魔化すと、尊敬されてしまった。

 メイドのメイドって言うジャンル、僕まだあんまり認めてないけどね?


「まあ、これくらいしか人前で着れる服がないのも事実ですが」

「いやそれは買ってくださいまし!!!」


 ごもっともな意見だった。

 やっぱり、女子がそんな服持ってないと違和感あるかな……。

 でも、流石に女物の服を買うのはな……僕の男としてのプライドが壊れかねないから。


『そのメイド姿でよく男のプライドを語れましたね』


 メイド姿は僕の中でギリセーフなんだよ!

 肌のラインとか結構隠れるしね?


「エルパカさん、こんな朝早くに起こすのはただの迷惑ですよ。辺りがまだ暗いとかじゃなくて、闇です。朝じゃないですよこれ。ほぼ夜です」

「ええ、ご主人様はヤバいくらい早起きしそうだと思ったので、そのヤバさを越えようと思いましたの! そう、可愛さで!!!!」

「どう越えるんですかそれで」


 まあ、でも、早起きしたこと自体は偉い。

 仕方がないので、いつもより早く行動に移る。


 屋敷での僕の主な仕事はテレサ様とロザ様のお世話だが、それ以外にも、朝食の為の狩りや、周辺の警戒も一応業務に入れている。

 後者は、まあ僕の仕事ではなくシロフィーの仕事と言うべきかもしれないが。



『クロ、一応言っておきますが、魔界人にあんまり気を許しては駄目ですよ。常識が違うところありますからね』


 屋敷を出て、まだ闇に沈む森をエルパカと共に、ランタン片手に歩いていると、シロフィーが周囲を警戒しつつ僕にそんなことを言う。


 僕としても、エルパカが如何に阿呆だからと言って油断するつもりはない。

 彼女の使う魔法はテレサ様も認める一級品なのだから。


『そんなこと言ってたらウサギ発見しました! さあ! ハントハント!』


 周囲への警戒はそのまま野生動物発見につながる。

 僕としては早く物流を安定させて、狩りによって成り立つ生活から脱却したいものであるが、現状、僕がこの屋敷を離れるわけにはいかない以上、人前に顔を出すことのできないメイドの面々では、どうしようもない。


「ウサギですわね!!!わたくしにお任せくださいまし!」


 僕の視線を追って気付いたのか、素早くウサギの元へ走るエルパカ。

 恐らく逃げられると思うが、今から言っても間に合わないので、成り行きを見守ることにした。


 エルパカも人前に出られる容姿とは言えないんだよなぁ。

 せめてツノがなければ……。

 買い物問題は先が長そうだった。


「うぉりゃ! このウサギ……ちょっと可愛らしいからって調子にのってますわね⁉ 圧倒的にわたくしの方が可愛いんだから、そこで平伏してくださいませ!!!!!」


 エルパカはウサギから置いていかれつつ、何故か可愛さで小動物に勝とうとしていた。

 その分野における小動物はなかなか強いぞ?


 しかし、そこに勝てると思っているとは、その心意気や良し。

 可愛さへの執念だけは認めよう。


「もうブチギレましたわ!扉魔法を喰らいなさいまし!!!」

「いや、貴女の魔法、そんな攻撃に使えるものじゃ」


 忠告も聞かずに、鍵を取り出し扉を開けたエルパカはそのまま扉の中にうおおおおおお!と可愛くない声を上げながら突っ込むと、姿を消した。

 取り残されたウサギは、呆然としている。


 その隙にウサギをしれっと狩った僕の次の仕事は、どうやらエルパカ狩りのようだった。

 メイド狩りという名のメイド探しにいざ。



 数分後、エルパカは木の上で発見された。


「おほほ、この短時間で発見できるとは、さすがですわねご主人様」

「とりあえず適当に魔法使うのはやめときましょう?」


 探すの面倒だし、なんの意味もないし!


「魔界にいた頃は、少なくとも相手の進路上くらいには移動できたはずなんですの。中界の恒常性は聞きしに勝る厳しさですわね」

「ああ、なるほど」


 どうやらまだまだ、魔界にいた頃の感覚が抜けきれてないらしい。

 思えば彼女は世界の外側から来てまさに常識知らずの状態なのだから、もっと優しく色々と教えていくべきなのかもしれない。

 異邦人の辛さは僕には痛いほど分かる。

 言葉が通じればいいというものではないのだ。


「でしたら、仕方ありません。その辺はゆっくり馴染ませていきましょう。大丈夫、人間半年も過ごせばなんだかんだ慣れるものですよ。一緒に頑張っていきましょうね」


 境遇がほんの少し僕と被る部分があるので、ついつい甘くしてしまう……。

 しかし、この時、僕は魔界人に気を許してはいけないという、シロフィーの忠告を忘れてしまっていた。

 そう、魔界とこの世界とでは常識が違うのである。


「ご主人様……それは求婚と受け取ってよろしいですわね?」


 何を言い出してんだこいつ!


「何もよろしくありませんが!?」

「ですが、魔界的には一緒に頑張ろうはほとんど結婚しようと同義ですわ」

「そんなわけあるかい!」

「魔界は超個人主義なので、その、そんな嬉しい言葉なかなか言われませんの……ぽっ」


 顔を赤くしてなんか言ってる⁉

 自由が極まった魔界では、自ら不自由になりに行く共に生きるという選択はほぼ結婚レベルってこと?


 それとも単純に自由すぎて恋愛も奔放とか?

 よく分からないが普通にピンチだ!

 

「男という可愛らしくない生物よりは、実はわたくし、女性の方が好きなんですの」


 ジリジリとにじり寄ってくるエルパカ、その目の星はさらなる輝きを見せている。


「この流れで、急にカミングアウトするのはやめて!」


 これが魔界人の恐ろしさか!

 常識が通用しない!

 あと僕、男だから可愛らしくもないよ!

 

「うふふ、大丈夫ですわ。優しくいたしまヴエフォッ!!!!」


 僕はエルパカの腹をぶん殴る。

 貞操の危機故、致し方なし……!

 彼女は呻き声を残し、眠るように気絶した。


「危ないところだった……」

『いや、危ないのは我々の方かもしれませんね』


 確かに状況は少女1人がぶん殴られて気絶したというシンプルにこちらが犯罪者の構図だ。

 でも目撃者もいないし、セーフ。


『魔界人はこういうところあるんですよね。自由が行きすぎて、もうなんか我慢とかしないんです』


 シロフィーは何故か実感のこもった声色で、そんなことを言った。

 生前に何かあったのかもしれないな……。

 怖いから聞かないけど。


 僕はその後、エルパカを背負って帰宅した。

 メイドのメイドがメイドに担がれている。

 彼女が立派なメイドになる日が来るのか、甚だ疑問だった。

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