第19話
「実は、クロと初めて会った時、貴女のこと魔界人かもしれないと思った」
エルパカ・パインを屋敷まで連行……いや、招待する途中、テレサ様が僕にそんなことを呟いた。
「えっ、何故ですか?」
「髪の色が二色混じってるし、目も髪で半分隠してる。すごい奇抜だったから」
奇抜だと魔界人だと思われてしまうのか!
結構なリスクだじゃないそれ!?
なるほど、だから、テレサ様は初見時に遠巻きに僕を見ていたのか。
「わたくしも、貴女のことお仲間かと思いましたわ!ま あ、わたくしと並び立てる可愛さのものなどいませんが……貴女、いい線いってますわよ!!! 0.3エルパカくらいありますわ!!!!」
小声で話していたというのに、目ざとく、いや耳ざとく、話に加わってくるエルパカは、その星形の目も合わさって、圧が強い。
これと同類と思われていたのか僕……。
「お褒めに預かり恐縮ですけど、単位が謎です」
「0.3エルパカは1パインに相当しますわ!」
「さらに謎に……」
しかし、森の中にいるとこのピンクと赤の色合いがさらに目立つなこの人。
逆保護色みたいになっている。
魔界ではこれが普通だとすれば、目に痛そうな世界だ。
「魔界人は、全存在が魔法を使える上に、その魔法の規模も、自由度も、中界とはまるで違う。だから、みんな自由にやって、結果、色々尖ってくる。容姿とか、センスとか」
魔界人は、その自由に魔法を使えるという事実が自由な性格と自由な容姿を生み出すということらしい。
前にカオスな世界だと聞いていたが、一個人ですらここまでとは……。
「人格についてはまだ彼女がすごい変わってる人なだけの可能性がある」
「わたくしは、ええ、変わっていると言って差し支えありませんわ! 何故なら! そう! 可愛いから!!!!」
可愛いからなんだというのだ。
エルパカがただひたすらに魔界人の中でも阿呆な方、という疑惑が残ったままに屋敷に到着する。
屋敷はテレサ様の制御下、つまりテリトリーなので、戦闘になっても有利に戦える公算は高い。
だが、魔界人はとにかくレベルが違うという話なので、警戒は解けない……いかに相手が阿呆だろうと!
いつもの応接室に通すと、エルパカはソファーに上品に腰掛ける。
「さて、改めて自己紹介いたしますわ。わたくしは、エルパカ・パイン。見ての通り美少女ですわ!」
「申し訳ありませんが、情報量が一向に増えてこないので、もう少し詳細に聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「チャームポイントは目ですわ」
「いや、美少女の詳細を聞いたのではなく……」
確かにすごい目をしてるけども。
文字通り星が輝いてるし。
「お察しの通り、魔界から来ましたの」
「いえ、それも分かってますので、何故来たのかを詳しく」
「魔界からこっちにくるのは大変。その上、なんの得もない。どうして来たの?」
テレサ様が続けて質問を投げかける。
魔界と中界では世界の恒常性が違うので、中界に魔界の存在がくると、魔法の自由度も規模も下がり息苦しい思いをすると聞く。
だからこそ、わざわざ来ないという話なのだが、エルパカには何か事情があるということだろうか。
「相手に可愛らしい背中を見せたまま、勇敢に前進してここに来ましたわ!」
相手に背中を見せたまま…?
いちいち言ってることがよく分からないエルパカだが、その意味を噛み砕くと……。
「つまり、逃げてきたってことですか?」
「そういう表現方法もありますのね」
「いやそれしかありませんから!」
なんだよ背中を向けて前進って、後退だろそれ!
どうやら、エルパカは魔界から逃走してきたらしい。
魔界人は中界に来たがらないという話なので、なるほど逃げ場所としてはピッタリなのか。
「単に逃げただけじゃ、他の世界に来たりしない。貴女の魔法が気になる」
やはりそう簡単に世界移動はできないらしく、テレサ様はエルパカがこの世界まで来た方法が気になっていた。
魔術師としては、当然の探究心と言える。
「ええ、いいですわよ! まあ、さほど可愛くない魔法なので、お気に召すかは、分かりませんけど」
そう言って、エルパカは胸元から鍵を取り出すと、適当な中空でそれを捻った。
するとそこからドアが出現するではないか。
まさに魔法といった光景に面食らっていると、エルパカはそのまま扉の中へと消えていく。
しばらくの沈黙。
そしてさらなる沈黙!
あれ、あの人消えたまま帰って来ないんだけど⁉
もしやこのまま一生現れないのではないか、という不安を抱き始めていると、高笑いが聞こえていた。
部屋の外からだ。
「おほほほほ! これがわたくしの魔法! 扉魔法ですわ!!!!」
遠くから、姿を消したエルパカの笑い声がこだまして聞こえてくる。
屋敷の何処かに移動したらしい。
「超凄い魔法」
「ええ、しかも便利な上に戦闘でも強そうです」
僕もテレサ様も、その想像を超えて強力なエルパカの魔法に驚いていた。
これが魔界のレベルなのか。
「あのー! ここ何処ですの!? な、なんか! 顔に穴が空いたメイドさんがこちらを睨んでますわよ⁉ いや、目はありませんけど! でも、なんか睨んでますわー!」
僕らの驚愕をよそに、エルパカは何処かでギャーギャーと騒いでいた。
メイドたちの部屋に移動したな……。
仕方ないので、急いで助けに向かい、エルパカを応接室に連れ戻してきた。
世話が焼けすぎる。
「その扉魔法でまた戻って来ればよかったじゃないですか」
「わたくしの扉魔法は元々制御が難しくて、なかなか同じ場所に移動することができませんわ。それがこの中界に来て、本格的にランダムになってしまいましたの!! ですので、戻ることは出来ないわけですわ」
つまり、あまり正確な移動はできないらしい。
空間移動なんて確かにめちゃくちゃ制御が難しそうではある。
それが、この中界に来て、一気に悪化したというわけか。
「便利かと思いきや、急に不便になりましたね」
「一応、基本は近場に限定されるので、問題はありませんわ」
問題しかないのでは?
大丈夫かな、なんか壁の中に出現してそのまま出られなくなりそうな雰囲気あるけど。
しかし、テレサ様はなお扉魔法に興味津々だった。
「ううん、ランダムでも凄い。知らない場所に移動するのは、想像力を基本とする魔法の中では超高度。魔界のヤバさが分かる」
そう言われてみれば、扉魔法はかなり魔法の中でも常識に反した魔法に思えてくる。
元々非常識な魔法と分野、その中でも更に非常識。
テレサ様から見ると、そんな感じらしい。
「いや、扉魔法そのものはクソ雑魚ハズレ魔法ですわよ。わたくしの本命は、世界移動を可能にする大扉魔法ですわ!!!!!」
「なるほど、近距離瞬間移動では世界間移動は不可能。更に規模を大きくした魔法があるなら納得いく」
魔界から中界に来たというその魔法は、どうやら扉魔法とはその難易度の桁が違うらしい。
まあ、そうだよね。だって、世界移動が自在にできるなら、世界はもっと大変なことになっているはずだ。
というか、扉魔法を卑下しているが、それが謙遜ではなく事実だと思って言ってるのだとすれば、魔界はこれ以上の魔法がウヨウヨ飛び交っているということに……。
まさに想像を絶する世界だ。
「見たい見たい。 大扉魔法、やってみせて」
テレサ様がおーとびら! おーとびら! と手を叩きコールを始める。
主人だけにさせていてはメイドの名がすたる!
僕も主人に合わせて手を叩く。
おーとびら、おーとびら。
「可愛らしい観客のコールに応えたいのは山々ですが、もう直近で一回使ったので、しばらくは再使用できませんわ。そういう制約で発動しますの」
「なるほど、制約をかけることで想像しやすく、そして意思を強くし実現性も高め、高度な魔法を発動する……面白い」
素早く魔法についての考察を始めるテレサ様は、好奇心が溢れんばかりで、猫フードの目が爛々と輝いている。
これはお嬢様、今日の夜眠れなくなりそうだなぁ。
ご本でも読みにいかなくては。
「それと、先ほども言った通り、魔界と中界では、同じように魔法を使えるわけではありませんわ」
そうか、恒常性があるから大きな魔法は使いにくいのか。
この世界にいる限り、大扉魔法を見るのは困難なのかもしれない。
いや、もしくは魔石を山ほど叩き割れば可能……?
「魔石で魔界の再現って可能なんですか?」
「理論上可能……だけど流石にそこまで出費できない……大扉魔法は我慢する」
「かわりと言うにはやや過剰かもしれませんけど、わたくしの可愛さなら、存分に見学してよろしくてよ!!!! はい!!!! ほっ!!!!」
ポーズを決めるエルパカは確かに可愛かった。
テレサ様はよく分かっていないのか、拍手をしているけど。
テレサ様、別に芸とかではありませんよ!
芸人でもないので、その手に持ったコインはしまってください!
「さて、では拝観料をいただきますわ」
「えっ、有料の可愛さだったんですか⁉︎」
割と芸人だった!
コイン投げてもいいですよテレサ様!
「無料の可愛さなんてこの世にありませんわ! かけがえのない財産と努力で可愛さを守りますの!!!」
い、言ってることは割と正しい気がする!
一体何を要求されるのか戦々恐々としていると、エルパカは床に膝を突く。
「そういうわけですので……わたくしを、雇ってくださいまし!!!! お願いしますわ!!!!!」
瞬間、エルパカはすっと地面に伏せ、僕とテレサ様の方へ手を広げると、深々と床に付く様に頭を下げた。
ど、土下座だ!
魔界にそんな文化があったの⁉
「もう行くところがありませんの! このままでは、雨風に吹かれ、日で身を焦がし、可愛さに甚大なダメージが及びかねませんわ! なにとぞ! なにとぞ! お願いしますわ!!!!!」
魔界からたった1人で異界の地に来た彼女の先行きが真っ暗なのは、冷静に考えればその通りで、しかも、境遇がちょっと僕に似ている。
心苦しいので無視したくはないのだけれど、メイドなのでテレサ様の判断に従う他ない。
しかし、なにせエルパカはもうその存在そのものが怪しすぎるので、いかにテレサ様といえども簡単にはOKしないと思うけれどなぁ!
「いーよ」
軽い!
そしてOKだった!
まあ、そうなると思ってたよ正直!
「ありがとうございますわ! ありがとうございますわ!」
エルパカは地面に頭を擦り付けていた。
彼女的にはあの自身の姿も割と可愛いのかもしれない。
これでとりあえず、エルパカの処遇は決まりかなと、安心して見ていると、テレサ様はまたとんでもないことを言い出した。
「エルパカは、クロのメイドにする。つまり、メイドのメイド。クロも今日からご主人様」
いつだってこちらの想像を超えてくるお嬢様だけど、それにしたって想像以上すぎだよ⁉
何、メイドのメイドって!?
「私のです⁉ 私、メイドですよ!!!」
「メイドのメイドは別に変なことじゃない。執事の執事は割といる」
「ええ、偉い人間が使用人を雇うのが自然な形。つまり有能で金持ちな執事や、美しく偉いメイドが、同じくメイドを雇うのも自然なことですわご主人様」
エルパカ馴染むの早いな!
何しれっとご主人様呼びにしてるんだよ!
「わたくし、同じく可愛らしい存在として、ちょっと貴女に興味がありましたの。一緒に可愛さを高め合っていきたいですわ!」
「いや、私は別に可愛さはどうでもいいから……」
こうして、エルパカはメイドのメイドとして、屋敷で働くことになった。
急にメイド持ちになってしまった僕だが、身近に人間がくることで、一番恐ろしい可能性は……性別バレだ!
地味に今までで一番の危機になりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます