第22話
エルパカが屋敷にやってきて、数週間が経った。
すっかり、屋敷に馴染んだエルパカは今日も楽しそうに仕事に励んでいる。
……役に立っているかは別として、エルパカの姫であるという身分を歯牙にも掛けないところや、常に周囲を明るくするところは、素晴らしいと思う。
実際いい子ではあるんだ。
変なだけで。
そんなある日、キッチンで下拵えなどしていると、エルパカが変なことを言い出した。
いや、いつも変なことは言っているんだけども。
「あの……最近、森の方でメイドを見かける気がしますの」
森の方でメイド?
この屋敷には私とエルパカの他にもメイドはいるけれど、彼女たちは掃除や洗濯などを基本の業務として、なかなか表に出てこない。
しかも、恐らく彼女たちは屋敷から出ることが出来ないのではないだろうか?
「それは、えっと、じゃあ私じゃないですか?」
残る可能性は僕くらいである。
「ご主人様の可愛さを見間違えるわたくしではありませんわ!可愛さ検定100級ですの!!!!」
「増えれば増えるだけ嬉しいのは段ですよ」
「とにかく!あれは他のメイドでしたわ!間違いありませんわ!!!!」
まあ、確かにここ最近は僕1人で森を歩くようなことはなかった。
シロフィーが見えるようになったとか?
その場合でも、彼女は僕と大きく距離を離れることはできないので、やっぱりあり得ない。
「野良のメイドが……?」
「メイドって、野生に生息してますの?」
『というか、私がそんな気配を見逃すなんて、結構信じられない気持ちですよ!』
シロフィーは憤慨していた。
彼女はあらゆる感覚がチート級なので、野良メイドなんてあり得ない存在を見逃すのは、おかしな話ではある。
やはり、エルパカの見間違いだろうか。
『いえ、見間違いだと切り捨てるのは、優秀なメイドのすることではありません。どんな怪しげな話でも、実際に確認するのが、一流というものです』
うん、それはそう。
どんな意見だろうと、深く確認もせずに頭ごなしに否定するのは、上司として間違いなく良くないことだろう。
実際に確認してみるのが一番か。
朝の警邏もかねて、野良メイド探しも同時に進行することにする。
前に、エルパカを森で探すことをメイド狩りと呼んだが、まさか本当にメイド狩りをすることになるとは。
冷たい空気が、風と共に流れる森の中で、いつも通りにエルパカを背後に連れ、警戒しつつ歩いていると、シロフィーが突然叫んだ。
『あああああ! ほ、本当に何かいます!? そ、そんな私が、欺かれるなんて』
シロフィーは宙に浮かんで木々の中を覗き込みつつ、何かに衝撃を受けている。
一体、何があったというのか。
『木の上に靴の後が残っています。野良メイドとやらは、木の上を移動していたようですね。しかも、気配を完全に殺して。プロの仕業ですよこれは』
一体なんのプロなのか分からないが、どうやら手練れがこの森に来ているらしい。
やはり、屋敷を狙う魔術師だろうか。
『魔術師はこういう細々としたことはあんまりしないんです。私と同類、つまり人間として鍛えに鍛えまくった存在だと思います』
同じメイドであり、同じ超人ということか……。
シロフィーみたいなのが、まさかこの世に2人もいるとは、驚かされる。
「エルパカ、どうやら本当に野良メイドがいるみたい」
「そうですわよね!!!! わたくし、頭おかしくなっていませんわよね!? いやー、結構ビビりましたわ!!!!!」
エルパカはエルパカで、森の中に謎のメイドがうろついているという状況に、相当な混乱を覚えていたらしい。
疑ってごめんね!
「でも、なんでエルパカにはメイドが発見出来たんですか?」
「うーん、わたくし、今でも扉魔法を時々使うんですけど、それで適当に現れたり消えたりするものですから、わたくしから姿を隠しにくいんだと思いますわ」
「もう使うなって言ってるのに……でも、お手柄でしたね。ありがとう」
扉魔法は本人でさえ何処に飛ぶのか分からない魔法。
逆にいえば、何処にいるか分からない。
だからこそ、エルパカを完全に監視することも、エルパカから隠れることも難しい……扉魔法にそんな利点があったとは。
「おほほほほ!!! でしたら簡単な話ですわ! 扉魔法を使いまくって攪乱し、野良メイドを炙りだしてやりますわー!!!!」
言うが早いか、エルパカは即座に扉魔法の為の鍵を取り出すと、何もない空間に扉を作り出し、僕の手を引いて、扉の中に飛びこんだ!
できるとは思ってたけど、やっぱり複数人で使用可能なんだね!
それと、怖いからいきなりやるのは本当にやめて!
作戦はいいと思うけどさ!
目の前にまた森の風景が広がると、間髪を入れずにエルパカはさらに扉を開いて、次の空間に飛び込む。
場合によっては、地面から離れた木の上などにも召喚されたが、それを僕がカバーして、エルパカをお姫様抱っこしつつ着地を決め、次の空間へ急ぐ。
こ、この魔法、僕のメイドパワーと一緒に使う分には、もしかすると、逃走や攪乱には凄い便利かもしれない。
はたから見ると多分めちゃくちゃな速度で移動しているように見えるはずだ。
こんな移動方法の存在を捉え切れるはずはない……つまり隠れている存在も、こちらを視認できないでいる。
視認できないものから隠れられるわけがない。
そして、ある空間に出た時、エルパカの動きが止まった。
僕の動きも止まる。
何故なら、僕と彼女の目の前にメイドが現れたからだ。
茂みの中で身を隠していたそのメイドは緑色のショートヘアーでメガネを掛けている。
ほ、本当にメイドが森の中に潜んでいた。
「おっほほほ! マジで見つけてやりましたわメイド!!!!!」
私たちもメイドだけどね。
謎の野良メイドは、驚いたようにこちらを見たが、すぐに冷静さを取り戻し、スカートからナイフを取り出して構えた。
シロフィーの言う通り、プロ感がある。
『……あの、クロフィー、ちょっとそこのメイドにベム子って呼びかけて見てください』
シリアスな空気の中で、クロフィーがなんとも意味不明なことを言い出す。
なにそのとぼけた名前は?
呼んで何になると言うんだ思ったが、一応呼んでみることにする。
「べ、ベム子?」
「は、はぁ!?」
クールな表情をしていた緑髪メイドは急に平静を崩して、真っ赤な顔で驚いている。
ど、どういうこと?
「お前、なんでその名前を知っている! それは、じ、地元のやつらしか知らないはずで」
ナイフを持った腕をブンブンと振り回しながら、ベム子(仮)さんが威嚇してくる。
じ、地元?
『やっぱり、ベム子でしたか。こいつ、私の生まれ育った山にいた子ですね。同郷ってやつです』
シロフィーの生まれ育った山って情報だけでもういっぱいいっぱいなのに、目の前のメイドさんも底の出身らしい。
なんなの?優 秀なメイドを産出する山みたいなのがこの世界にはあるの?
メイドインメイドなの?
『どちらかと言えば、武術家や仙人を産出する仙人山と呼ばれる場所です』
武術家!
なるほど、メイドよりイメージが湧く。
そうか、シロフィーはそういう類の存在なのか。
「いや! いい! 答えるな!そ の名前で呼ぶやつは相手が誰だろうと……ぶっ殺す!」
「逆鱗だったみたいですわよ⁉」
ベム子さんがナイフを振り上げてこちらへと突撃してくる。
逆鱗だったみたいだね……。
人に何を言わせてんだよシロフィー!
『相手を逆上させるのも武術みたいなもんです。返り討ちにして、情報聞き出しちゃいましょう』
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