第14話


 謎構造が極まる異界屋敷、その全貌を知る者はいない……しかし、長年この屋敷を徘徊していたルイーゼは、かなり理解を深めているらしく、迷いなく廊下を先導し始めた。

 顔に掛けられたベールは彼女を上品に見せているが、その裏には穴がある……物理的に。


 というか、横から割と穴見える。

 ルイーゼに会って以降、テレサ様は都度都度、嬉しそうにルイーゼの顔を横からじぃっと猫のように覗き込んでは、またこちらに戻ってきて。


「深淵が顔にある。超かわいい。超かっこいい」


 と報告してくるのだった。

 お前超かわ。

 ルイーゼを初めて見た時、僕は恐怖で逃げ出したほどで、可愛いなんてとてもじゃないが口に出来なかった。


 けれど、今はその穴の空いた顔にも慣れたもので、本当に可愛いとすら感じるくらいだ。

 これが慣れ、そして萌えである。

 かっこいいとは,流石に思えないけれど。


『ここからどんどんヤバい感じになっていくんで気をつけてくださいね』


 シロフィーは、先導するルイーゼよりも更に前で、ふわふわと宙を浮かびながら、道の安全を確認して、こちらへ声かけをしてくれていた。

 案外、幽霊というのは便利な存在だ。


 シロフィーの忠告通り、道の先に肉の廊下が続いているのが見えてきた。

 通称、(僕の)トラウマロードである。

 しかし、僕以外の三人、テレサ様、シロフィー、ルイーゼは恐怖なんてものともしない人たちなのでずんずんと進んでいく。


 頼もしいようで、恐ろしいパーティーである。

 肉の床のぶよぶよとした感触に、激しい気色悪さを覚えながら、前に前に進んでいくと、前方からおぞましい者がやってきた。

 それは、真っ赤な魔獣だった。


 四足歩行で、姿は犬や狼に似ているが、それらとまるで違うのはその大きさと肌だ。

 肉の廊下はその高さや幅が一律ではなく、進むごとに差異があって、実にダンジョンらしいのだけれど、このエリアは広く、そして獣はその顔がお嬢様の背丈ほどという巨獣だった。


 まあ、この際、大きさはいい。

 問題は肌だ。


 一瞬、返り血で赤いのかと思ったが、それは剥き出しになった肉の赤さだった。

 同じく剥き出しになった牙と舌は、食い物を見つけた喜びからなのか、激しくカチカチと動いている。

 もうヤバい雰囲気しかしない。

 ワンチャン、シロフィーの飼ってるわんちゃんだったりしない?


『あれは屋敷に紛れ込んで変異化した野良犬ですね。こちらのことはいい食い物に思っているでしょう』


 駄目かー!

 どうやら戦いは避けられないらしい。


「来た。戦闘タイムが!」 


 テレサ様は、恐ろしい怪物を前にして昂っていた。

 頼もしい主人で嬉しい限りだが、主人を矢面に立たせるわけにもいかない。

 メイドとして僕が前に出ようとするが、テレサ様はそれを、片手で遮るようにして制止した。


「私がやるから、見てて」


 愛らしい外見に似合わず、戦意が凄い。

 ここで命令を無視してでも、目の前の魔獣をいち早く倒すべきなのか迷ったが、危なくなったら助ければ良いと判断し、テレサ様の決定を尊重することにした。

 僕もシロフィーも、お嬢様の意思は尊重する派だ。

 主人の成長こそが、メイドの喜び……なんだと思う。多分。


「頑張ってください!テレサ様!」

「超余裕」


 サムズアップするテレサ様の姿には余裕すら感じられて、期待が持てた。

 てくてくと、子供がただただ無防備に散歩してるかの様に、ゆっくりと魔獣に向かってテレサ様は歩き始め、そして、魔獣の前で手を広げた。


「怖くない。怖くない。優しい魔術師」


 何をするのかと思えば、テレサ様は危険じゃないよアピールを始めた。

 ま、まさか、目の前の魔獣を手懐けようとしている⁉

 今、ここで愛!?


 あんなに戦闘意欲に満ち溢れてたのに!

 ヤバい早く助けないと!


『ストップ! まだテレサ様に従いましょう。きっと考えがあるんです』


 今度はシロフィーに止められる。

 めちゃくちゃ危険に見えるので、僕としてはすぐにでも助けたいのだが、上手く行けば無傷でこの場を突破できる解決方法なのも事実。

 一見無茶に見えるが、勝算があるのだろう。

 ここはテレサ様を信じようっ……!


 そう思ってハラハラと見ていたら、魔獣は大きく口を広げ、ぱくりと、テレサ様を丸呑みにしてしまった。

 そのままごっくりんこと、飲み込まれるテレサ様。

 あまりに自然な出来事で、一瞬、僕の思考は停止した。


 ややや、やっぱり普通に無茶だった!

 びっくりして動きが遅れちゃったし!

 目の前の魔獣を1秒でも速く八つ裂きにしなくては!


「大丈夫、まだまだ余裕」


 慌てて魔獣のはらわたを抉り救出しようと駆け出すと、その魔獣の口から声が聞こえた。

 魔獣が話した……わけではないよね?


「えっ、て、テレサ様ですか?」

「いえーす」


 いつもの飄々としたテレサ様の鈴のような声が、魔獣から聞こえてくる。

 丸呑みだったから、生きているとは思っていたけれど、まさかそこまで余裕な雰囲気とは。


「ここからが私の本領発揮だから」

「丸呑みにされてからが本領なんです⁉」


 そんな心臓に悪い本領は一生封印して欲しいのですが!?

 しばらく、魔獣の腹や顔がうねうねと意思に反して動いたような変形を見せると、やがて停止し、テレサ様はまた魔獣の口から話し始めた。


「おーけー、支配完了した」

「支配とは……? あと、魔獣が喋ってるみたいで、凄いシュールなんですが」

「私の影魔法は生命っぽいやつの影を操れる。体内もまた、生物の作り出す闇、そして影。故に無敵。自由自在」


 直後、魔獣がまるで子供向けのショーのように愉快に踊り始める。

 本当に支配している……。

 テレサ様の影魔法は僕の想像以上に強力なものらしい。


 ヌイグルミの影だけ操れるのかとてっきり思い違いをしていたが、あれも、生命っぽいからという理由で操れるとすれば、本当になんでもありだ。

 魔法という力の無茶苦茶さ加減を実感する。


「よし、猫メイド探検隊、再出発」


 肉抜き出しの魔獣はそう言うと、二足歩行で先へ進む。

 あれの後をついて行くのは割と嫌だな……。

 しかし、テレサ様の可愛さがあればセーフ!

 たとえ今後、触手とか乗っ取ったとしても、頑張ってついていこう。


 こうして穴メイド、魔獣、メイド、幽霊メイドというパーティとなり、一行はダンジョンの更に奥へと進む。

 シュールさも極まって来たな……。

 猫メイド探検隊から魔獣メイド探検隊へと変貌した我々のダンジョン攻略は続く。

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