第15話
その後もダンジョンの魔力によって変貌した存在たちが、ゾロゾロと僕たちの元へやってきたが、魔獣入りテレサ様がバッタバッタとなぎ倒し、全部やっつけてしまった。
その獣とは思えない二足歩行の動きと、ジャブやローキックを駆使する格闘術は、意外なほど強く、まだまだ余裕を残して撃退している。
『メイドパワーで一掃してやるつもりでしたが、出番はなさそうですね』
シロフィーは何故か残念そうだった。
出番がないくらいで、メイドパワーは丁度いいと思うよ。うん。
テレサ様の活躍を見守っていると、ルイーゼが近くにやってきて、僕の顔をじっと見つめる。
ルイーゼ検定二級の僕の見立てによると、これは何か言いたい時の顔だ!
『そりゃあ、わざわざ近くに来てるんですから、何か言いたい以外ありませんよ。なんですルイーゼ? はい? もう発生源が近い?』
発生源とは、ダンジョンを現在支配してる存在のことだ。
つまり、もう目的地まであと少しというところらしい。
『でも、ここから先の場所がよく分からない?ちょっとルイーゼ! 調査が甘いんじゃないですか!』
シロフィーに怒られて、ルイーゼはしゅんとしてしまう。
こうやって落ち込んだ顔が見抜けるのも、ルイーゼ検定二級の力だ。
『仕方ありませんねぇ。クロ、ここはメイド技術その71〝
超使いたくないんだけど……。
『耳を澄ませてみれば、周辺の生命反応が分かるはずです』
完璧に無視されてしまった。
大丈夫だろうね? なんか、音が死ぬほどデカく聞こえて、心臓麻痺起こしたりしそうなんだけど。
『普通はそうなりますが、今の貴方の体はメイドですから、平気です』
メイドは改造人間か何かなの?
グダグダ言っても、拒否権はなさそうなので、諦めて〝
それは僕の想像とまるで違うものだった。
近くの音が大きく聞こえる……なんてものではなく、音が立体的に、そして詳細に聞こえてくるのだ。
まるで、音そのもの形が理解できるのではないかと思うほどで、例えば魔獣の中にいるテレサ様の鼓動も、そしてその大まかな姿も耳で認識できる。
……目で見ているわけではないので、その顔立ちまでは分からないが、少なくともテレサ様の髪型とか顔の輪郭は、聴覚によって初めて分かったことになる。
なんか、微妙な気分だ。
『羨ましいことやってないで、肉壁にも耳を向けてみてください。壁の向こう側の音も聞こえるはずです』
もうなんだか超能力者になった気分だ。
これで、魔法ではないとは、もはやどういうことなんだ。
『簡単にいうと、魔法は無限の力で、私のは人間の延長線上ですね。魔法には理論上できないことはありませんが、私にはあります。メイドにはありませんが』
一応、そういう違いがあったのか。
そして、メイドに不可能はないというのはシロフィーのポリシーなのか、譲れない一線なのか、きっちりと補足してきた。
言ってる意味はよく分からないが、メイド見習いとして、その意思は尊重しよう。
『ええい! いいから口を動かす前に……いえ、心を動かす前に、耳を動かして下さい!』
心を動かす前にって、そんな無茶な。
はぁ……気は乗らないけれど、肉の壁に耳を寄せてみる。
すると、確かに生命の反応を感じた。
生命の音は一定で、常に規則正しいから分かりやすい。
ほとんどは獣やメイドのもので、特筆するような生命の音は聞こえてこなかったが、よくよく耳を凝らしてみると、異質な音を発見した。
強い生命力を感じさせる音だった。
果たしてその音だけで、そいつがダンジョンの主か判断して良いものなのか、それは分からなかったが、どうせもう他に行く場所もないので、選択肢はない。
「テレサ様、ちょっと気になるものが見つかったので、ついてきて下さいませんか?」
テレサ様(魔獣入り)は、こくりと頷くと、僕の後をついてくる。
ヤバい、だんだんあの魔獣がテレサ様のオーラによって可愛く見えてきた。
一刻も早くダンジョン探索を終えて、真のテレサ様を拝謁しなければ。
音の元まで急ぐと、そこには扉があった。
今までの肉の空間とは違って、そこだけは異質に普通の姿をしている。
なんでもない平凡な扉、それが逆に僕にプレッシャーを与えた。
「お邪魔しまーす」
テレサ様にはそんなプレッシャー皆無なので、悠々と扉を開け放つ!
頼もしいぜ!
後について扉を抜けると、いつもの応接室に似た雰囲気の部屋に、猫が体を丸めて、眠っていた。
ほのぼのとした日常がそこにはある。
そして、力強い音の主は……その猫だった。
『見覚えがあります。こいつはよくメイドたちが餌をあげていた、勝手にこの辺に住み着いていた野良猫です。こいつが発生源でしたか』
野良猫がある日、このダンジョンを作り出してしまったというのか。
『ダンジョンの発生は完全にランダムなんです。その確率は極々稀なので、巻き込まれたら天災と思う他ありません』
この世界物騒すぎる!
「よし、やっつける」
テレ魔獣様が情け容赦なく、猫に向かって拳を振り下ろさんとすると、その魔獣の腕が、すとんと落下した。
いつのまにかに起きていた猫が、その爪を尖らせ、こちらに見せつけている。
先日、僕がメアリ様の人形の腕を切り落としたように、目の前の猫も魔獣の腕を切り落としたのか⁉
「みゃーっはっは! 寝ていても警戒心は解かないのが野生というもの……アレェ!? 人間じゃねぇみゃ!?」
猫の口から聞こえてくる自然な人間の言葉。
猫は二足歩行する魔獣に襲われて結構ビビっていた。
「え? どういう状況みゃ? みゃんで目が覚めたら皮が剥がれた魔獣に襲われてんみゃ?」
言われてみれば凄い怖い状況だな。
やや申し訳なくなる。
「あのー、猫さん? すいません私たちこのダンジョンを攻略中で、その魔獣はうちの主人が操ってるんです」
「ご丁寧にどうもみゃ! みゃるほどー、みゃ術師ってやつだみゃ?け ど、ミャカエルはここを気に入ってるんで、手放す気はねぇみゃー」
思ったより話が通じるなダンジョンの主。
猫のミャカエル氏は毛並みを逆立てて驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、ぺろぺろと毛並みを整え始めた。
「クロ、こいつかなり強い」
そう言ってテレサ様は、ずるりと魔獣の中からついに出てきた。
胃液でベタベタなのはいいとして、その姿は何故か全裸だった。
全裸だった。
全裸だった……。
「テレサ様!ふ,服はどうしたんですか⁉︎」
「邪魔だったから」
「邪魔だったから!?」
僕は部屋にあったカーテンを引きちぎり、テレサ様の体に目にも止まらぬ速さで被せる。
「慎みをもってください!」
「ここ、女しかいないし」
「そ、そそそそそ、そ、それは、そ、そうですが」
「10回もそって言った」
めちゃくちゃ動揺してしまったが、なんとか平静に戻るため、ミャカエルの方へ視線を向ける。
ミャカエルは再び眠っていた。
いや、この騒ぎの中でよく眠れるな!
まるで振り出しに戻ったかのような状況だが、戦いはまだまだ続いている。
魔獣から出てきて、テレサ様はどうするおつもりなのだろう。
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