第13話

 

 男の(今やメイドだけど)名誉として、その後に僕が耐えきれずに涙したかは、秘密にしておくけれど、図らずして主従の親睦を深めた翌日、用意された朝食をお上品に食べつつも、テレサ様は昂っていた。


「今日は、お屋敷ダンジョンを制御して、一人前の魔術師になる」


 そう、いよいよこの安定して不安定な異界屋敷が、魔術師という主人を得て真に安定する日が来たのである。


『肉片ともお別れかと思うと寂しいですねぇ。ほら、そこの花も涙してますよ』


 シロフィーの指差した先の、花瓶に飾られた花々は真っ赤な何かを流している。

 それは涙じゃなくて、血だよ!

 シロフィーはもう慣れたものなのかもしれないが、僕はこんな油断すれば皿が舌みたいになってる狂気的な環境に、一生慣れる気はしない!

 なのでテレサ様を全力応援の姿勢だ。


「頑張りましょうね!お嬢様!」

「うん。ありがと、クロ」


 テレサ様はお馴染みの猫スマイルを向けてくる。

 眩しい……。

 多分、太陽と同価値だな。

 この異界屋敷もその神々しさで、ばんばん浄化してほしい。


 そして気付いただろうか、昨日の一件以来、テレサ様から僕への呼び名はクロになっていた。

 シロフィーが勝手に呼ぶクロはクロフィーのクロだが、テレサ様が呼ぶクロは自身が名付けたクローニングのクロである。

 そうなると当然ロザ様はという話になるわけで。


「僕は一緒には行けないけど、ちょっと知識不足が気になるから先に魔法について教えてやる。覚悟しておけよ。えっと、く、クレィ」


 そう、ロザ様の場合はクレマティスなのでクレィだ。

 まだ慣れてないのか、耳を赤くして呼んでくださっているので、僕の方もなんか恥ずかしいところがある。

 まあ、陰キャとしては名前や呼び方を変えるのに、膨大な勇気が必要なのはよく分かる。

 あだ名とかね、人に付けれる気がしない!


「堂々と呼んでください堂々と! ばしっと! びしっと!」


 しかし、そんなことを言っていては一生恥ずかしいままなので、自分のことは棚に上げて発破はかけておく。


「うるさい! どうせいつかは慣れるし、ほっといてくれ」

「お兄様は、呼びかけ千本練習を行うべき」

「それはもう、喉が枯れて逆に呼べなくなるだろ! トラウマになる!」


 和やかな朝食も終わり、いよいよダンジョン制御へと本格的に乗り出すわけだけれど、そもそもそれってどんなことをするの?という疑問は当然湧くことだろう。

 お優しいロザ様がそのへんを教えてくれるそうだ。 


「じゃあ、講義を始めるぞ。僕自身は魔術師じゃないけど、だからこそフラットな見識を話せるはずだ。間違ってるところがあったら、テレサ、指摘を頼む」


 場所は移って談話室。

 そこには、黒板が置かれている。

 話に花を咲かせるサポートの為のものだろう。

 ロゼ様は黒板の前で腕組みをしているが、その姿はそこそこ様になっていた。


「バシバシ指摘する。ヤジも飛ばす」


 テレサ様は僕の横で一緒に椅子に座り、机をバンバンと叩いていた。

 

「ヤジは飛ばすな……ええっと、そもそもくっ、クレィは魔法についてどこまで知ってるんだ?」

「そうですね、何も知らないと胸を張って言えますね」

「そこで胸を張られてもな……じゃあ物凄くさわりの部分だけざっくり教えてやる」


 一ヶ月頑張って覚えたのは、この世界の文字くらいだ。

 それも相当辿々しいので、知識に関しては普通の子供以下だと思われる。

 つまり、普通以上に聡明であらせられるのお二人から見れば、子供と大人の関係といえども、僕は赤子同然ってことだ。


「まず、魔法についてだがこれは不思議なことを起こせる力……なんて生ぬるいものじゃない。理論上は人の想像しうる全ての事象を、完全ノーコストで発生させることができる万能の力だ」

「えー!チートじゃないですか」


 メイド服というチートの身の上で言うのもなんだけど、魔法がそこまでなんでもありな代物なのは知らなかった。

 何よりノーコストはヤバすぎる。

 カードゲームなら即禁止カード行きになっているところだ。


「しかし理論上はという話で、実際は人の想像力の問題と、世界の恒常性によって、万能ではなく、個人差の生じる不可思議な力という形に収まっている」

「お兄様、恒常性をもっと掘り下げて説明したほうがいい」


 そもそも恒常性という言葉すら聞いたことがないのに、そこに世界のがくっつくので、更によく分からない。

 これが異世界に来たために最終学歴高校中退になってしまった者の悲哀か……。


「そうだな。世界の恒常性というのは、この世界を元の形に保とうとする力のことだ。これを基準に考えると、魔法というのは、元の形を捻じ曲げ、世界を改変する魔の力ということになるな」


 世界を改変!

 なんかとんでもない話になってきた。


「つまり……こう柔らかい粘土で好きな形を作ってみるけど恒常性さんがそれを元に戻しちゃうみたいな話ですか?」

「飲み込みがいいな。でも、一つ付け加えると、その場合、粘土をいじろうとするけどすぐ戻るので結果的にいじってない様に観測されることもある」

「普通は恒常性に負ける。けど、魔術師は負けずに粘土をボコボコにできる。強い」


 なるほど、だから魔術師は特別な存在なんだ。

 粘土でいえば、すっごい力で粘土をいじれる剛腕な人みたいな感じだろうか……ムキムキなテレサ様を想像するが、意外と似合っている気もする。


「一応聞くけど、三つの世界が確認されてる話は知ってるよな?」

「ええっ⁉ い、いや、三つの世界? 想像すらできませんが」

「魔界、中界、天界に分かれてる。私たちがいるのは中界」


 ま、魔界と天界!?

 なんか神とか悪魔とかいそうな名前だけど、実際のところはどんな存在がいるのだろうか。

 気になる。

 それに比べて、僕らが暮らしているこの世界は中界なんて素朴で名前で、なんかすっごく地味だ。


「中界だけ地味というかダサい名前ですね」

「世界にダサいも何もないと思うが……けどまあ、ぱっとしないのは確かだな」

「あっ、本当に地味な感じなんですね」


 僕が過ごした半年間の範疇では、結構この世界はとんでもないことの連続だったように思うのだけれど、それも魔界や天界というスケールで言えば、確かに地味と言えるかもしれない。


「地味と言うか、他の世界と違って魔法が使いにくいんだ。魔法という基準で見れば最弱と言える。だから天界と魔界の人間は中界にわざわざやってきたりしない。逆に中界から魔界や天界に行くことも難しいんだけどな」

「最弱の世界なんですかこの世界!?」


 だから、魔術師はレアだということなのだろうか。

 なぜ我らが中界だけそんな憂き目に?


「これも恒常性が関係していて、魔界と天界は世界の恒常性が弱く、魔法による改変が容易なんだ。まあ、その分不安定ですごいカオスな世界らしいが。逆に中界は恒常性が強く、簡単には魔法が使えないようになってる」

「なるほどー、中界担当の世界さんは働き者なんですね」


 中界担当の恒常性、つまり魔法駄目絶対さんが厳しく見ている感じを想像すると、少し分かりやすい気がする。

 テレサ様が立ち上がって黒板に三つの丸を描く。

 横一列に並んだ丸はそれぞれが少しだけ接していて、テレサ様は真ん中の丸に中界と表記した。


「世界はこんな風な連結で、真ん中だけ魔界と天界に挟まれているから、中界って呼ばれてる。神話では、魔界と天界の仲がすごーく悪くて、その戦争を止めるために魔法の使えない世界、中界を神様が間に挟んだ、なんて言い伝えられてる」

「なかなか面白い神話じゃないですか」

「挟まれた世界はたまったものじゃないけどな」


 過去には戦争に巻き込まれた歴史などもあるのだろうか。

 しかし、ここまでの話を聞くと、そんな魔法を使えないのが特徴みたいな世界で、魔法を使えている魔術師はとんでもなく異常な存在のように思えてくる。


『実際異常なんですよ魔術師は。世界の綻びですね』


 シロフィーは地味に魔術師へのあたりが強い。

 過去に魔術師と喧嘩でもしたのだろうか……うん、普通にしてそうだな。


「そういった理由で、魔術師も実の所お気楽に魔法を使えてるわけじゃないんだ。魔力という概念は聞いたことがあると思うが、これには世界の恒常性を弱める働きがある」


 魔力は恒常性を弱める……?

 ということはもしや。


「あー!魔力を用いて魔法を使うんじゃなくて、魔力で世界恒常性さんを弱めて、魔法を使えるようにしてるんですか⁉︎」

「そう、よく勘違いされるけど、厳密には魔法そのものに魔力は必要ない。あくまでアシスト」


 そうか、理論上は万能でノーコストって言ってたのに、魔力というコストがかかるんじゃおかしな話だもんな。

 すごい、魔法って思ったより理論的だ。


「まあ、だいたい魔法についてはこんな感じか。それで、ダンジョンの制御は、この魔法によって自分の空間を作り出してるやつをぶっ飛ばせばいい」

「あれぇ!? 急に雑で直感的に!?」

「ダンジョンは魔力が多い場所のこと。魔法が使いやすいから、たまに自然と暴走して生まれる。暴走源の生物がいるからそいつを倒す。そして乗っ取る!それだけ」


 自然発生したダンジョンを力づくで乗っ取る!

 それがダンジョン制御……。

 なんだろう、さっきまで知的な雰囲気を醸し出してたのに、にわかに蛮族的な雰囲気になりつつある。

 テレサ様はウキウキで空に拳を振るっているし、もう戦う気満々だ。割と戦闘狂なのだろうか。


「ただ、今このダンジョンを支配してる奴がどの程度の強さなのかは謎だからな。油断はできない。魔石はいっぱい持っていこう」

「そこに置かれてるリュックって魔石が詰まってたんですね」


 それはテレサ様が初日に背負っていた愛らしいリュックなのだけれど、中身はゴリゴリに戦闘用のものだったらしい。

 僕、あれを取るために命かけてたんだよな……それがあんなに沢山。


 なんだろう、凄い格差を感じる!

 これが身分違いか!


『もしかすると、あなたが取ってきた魔石もあるかもしれませんよ?テレサ様の一助になれたことを喜びましょう!』


 シロフィーのその常にご主人様ファーストのその思考は普通に尊敬できる。

 僕もそこまでは思えなくても、まあ、誰かの役に立つ仕事だったんだなと、安心しておくことにした。


 ……というか今気づいちゃったんだけど、もしかしてダンジョンの発生源ってシロフィー?


『いえいえ、私は見ての通り無力なメイド服なので。発生源っぽいものは、別にいますが、いる場所が遠いんですよ』


 ダンジョンは膨張し続ける性質があるというのは、聞いていたが、やはりそんな空間の大元のところまで行くのは大変なようだ。


『道案内は、ルイーゼに頼むとしますか。ヘイ!ルイーゼ!』


 元上司で現悪霊の呼びかけに応じて、久々に、顔に穴の空いたメイドこと穴メイドのルイーゼが姿を表すが、流石に顔を隠しての登場だった。

 そのままだと、ロザ様がまた精神を疲弊しちゃうからね……仕方ないね。


『私、クロ、テレサ様、そしてルイーゼで挑むとしましょう。レッツダンジョン攻略!です!』



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