第12話
娯楽室には立派なボウリングの為の施設があって、驚愕させられた。
まさかこんな二つの意味で懐かしいものを、この世界で見られるとは。
思いのほか、ボウリングって歴史の深いスポーツだったのだろうか?
確かにボールとピンがあればいいだけなので、かなり原始的でもあるし、どの時代に存在していても違和感はないけれども。
……いや、僕のいた世界とは別なのだから、歴史の深さはあまり関係ないのか。
この世界にはある。
それだけだろう。
『これ昔は一本少ないピンでやってたんですよ。でも、それが賭け事になっちゃうからって禁止になって、抜け道的に数を増やして禁止事項を回避したんです』
シロフィーがボウリング豆知識を教えてくれる。
すごい屁理屈で法を欺いているな……。
僕としてはもうボウリングが気になって気になって、仕方がなかったのだけれど、お嬢様たちは違ったようで、我先にと、カードの置かれた台の方へ向かっていった。
「メイド!これで僕と勝負だ!」
ロザ様はトランプを手にすると、慣れた手つきでシャッフルし始める。
予想通り、カードゲームが得意らしい。
実はぽんこつ予想は、流石にいたたまれないので、外れておいて欲しいが。
「お兄様は割と強いから、私もメイドにつく。然るべきハンデ」
テレサ様が僕の腕を抱いて宣言する。
このレベルの可愛さをこんな至近距離で浴びて大丈夫だろうか?死にかねないのでは?
「別に構わないぞ。それくらい余裕だ!」
ロザ様は胸を張って応える。
おおっ……かつてない覇気に満ち溢れている。
本当にカードに自信があるようだ。
負けてられない、僕もメイドとして頑張らないとな!
メイドとしてトランプ頑張るの合ってるのか知らないけど!
『ここで手加減するようなのは、私の理想とするメイドではありませんね。むしろ全力でボッコボコにしてこそです』
いや、それはそれでどうなんだって思うけれども……。
まあ、通りあえずやってみよう。
数分後。
そこには台に突っ伏し、ぐんにゃりと顔を歪ませる、魂の抜け落ちたロザ様の姿があった。
「えっ、お兄様……よわっ」
テレサ様の容赦のない言葉が兄を襲う!
「いや、そこのメイドがおかしいんだよ!! こっちのカード見えてないか⁉︎」
ええっと、ですねロザ様。
正解です。見えてます。
正確には僕がじゃなくて、シロフィーが見ているのだけれど。
恐ろしいことに、シロフィーのいう全力とは、イカサマをしてでも、どんな手を使っても絶対に勝ちに行くという意味だった。
どんなメイドだよ。
『絶対にバレないイカサマはイカサマではなく技術ですよ!』
いや、だからどんなメイドだよ。
何を豪語してんだよ。
確かに幽霊をつかったイカサマは絶対バレないだろうけれど、子供相手にいくらなんでも大人気なさすぎるよ!
僕の心はもうほんと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「じゃあ、お兄様。敗者は勝者に捧げものをしないと」
よこせよこせとテレサ様がロザ様に向かって猫ポーズで手招きする。
こんな理不尽な目にあって、しかもロザ様は代償を支払わなければならないらしい。
余りにも可哀想だった。
「い、いえ、あの、そんなぁ、メイドに捧げものなんてもったいない話ですので、はい、へへへっ」
「急にしおらしい。何故?」
いきなりとてつもなく挙動不審になった僕の態度を見て、テレサ様が怪しむ。
何故って?
イカサマ野郎だからです! すいません!
「負けは負けだ。くれてやるから、大人しく受け取れ」
ロザ様もなんか乗り気だし!?
善意が、善意が僕の首を絞めてくる!
しかも両側から!
「ほんと!大丈夫です!あの、私なんてその辺の雑草食ってれば生きていけるレベルの存在ですので!」
「それで生きていかれても対外関係的に困るが……」
「見たい。地を這い草を咀嚼するメイドの姿を」
「一応、直で食うのではなく摘んで煮て食うので安心してください」
「安心できん!もう!いいから受け取れって!」
そう言って、僕の手元にロザ様が押し付けてきたものは、一枚の紙だった。
そこには〝クレマティス〟と書かれていた。
「これは……?」
「お前、仮名しかないんだろ?だから、その、ぼくと妹とで一個づつ名前をあげようって話をさっきしてたんだ」
あっ、応接室で耳打ちしてたのは、そういう話だったのか。
そして散乱した紙も名前を考えていたんだ……。
まさか、こんな怪しげなメイド風情にそんなことまでしてくれるとは。
感動で、少し僕は涙をこぼしかけていた。
我ながらチョロい。
でも、こんなの、誰だって嬉しくなってしまうよ!
「それって花の名前だよね。お兄様、ロマンチックぅー」
「いや、色々考えたんだけど、一番無難かなって……女子の名前考えるの難しいんだよ! 男なら適当に英雄の名前でいいのに」
ロザ様は赤くなった顔を隠していた。
知らなかったが、クレマティスは花の名前らしい。
花言葉とかあるのだろうか、今度調べてみよう。
「私もあげる。これ」
テレサ様はそう言って赤い本を取り出すと、ページをめくり、内容の一部を指差してみせた。
そこにはクローニングと書かれていた。
「私、こういうセンスないから、本から持ってきた。クローニングは私の好きな物語のヒロイン」
テレサ様は、書斎で本をすごい勢いで漁っていたが、まさか僕のためだったとは。
本当に嬉しい。
こんなに嬉しいのはいつ以来だろうか、この半年間、ただ囮役として生きるか死ぬかの日々だったのに、こんな急に、幸せが訪れるなんて、信じられない気持ちでいっぱいだ。
お二人は……お二人は美しい方なんだ。
その心が、眩いほどに美しい。
この瞬間、僕は。
クロフィー・クレマティス・クローニングは心に誓った。
二人のご主人様のために誠心誠意ご奉仕しようと。
全身全霊、この身をかけて、メイドとしてできる事全てを捧げようと。
僕のメイドとしての人生は、もしかすると、この瞬間からが本当の始まりだったのかもしれない。
後方でシロフィーが笑いながらいう。
『クロ、きっと私たちは最高のメイドになれますよ。だって、ご主人様が素晴らしいんですから』
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