第58話
入院する前にユリの入所している施設に行き、職員に暫く面会に来られない旨を伝え、ユリの事をお願いしてきた。ユリには面会に来られないとは言わなかった。必ず治して会いに行くと胸に誓っていたから。
そして俺の入院生活が始まった。入院生活は想像を超える辛さだった。
「里中さん、大丈夫ですか?」俺の背中を看護師が擦っている。俺は抗がん剤の影響で嘔吐が止まらない。髪は抜け落ち痩せ細ってきていた。そんな俺を見た龍之介が
「似合うと思って持ってきた。」と毛糸の帽子を買って来てくれた。優しい息子に育ってくれた。龍之介の為にも生きなきゃと思っているが、嘔吐と血便が続き、日に日に状態が悪くなっているんじゃないかと自分で実感していた。
「ありがとう。」そう言って被って見せた。
「どうだ?似合うか?」
「お、いいじゃん。似合うよ。」二人で笑った。
龍之介が来た時にはなるべく辛い表情を見せないようにしていた。これ以上、龍之介に心配かけたくないと思っていたから。せめて笑顔だけは忘れないようにしようと心に決めていた。
「仕事は忙しいか?」
「まぁまぁかな。」そう言いながら、ベッドの横の椅子に腰かけた。
「また、まぁまぁか?お前はいつもまぁまぁだな。」二人で笑った。龍之介の顔を見るだけで、病気が治っていくような感覚になる。子どもの存在って不思議だ。
「それよりもお父さんの方は大丈夫なの?また痩せてきたんじゃない?」
「そっか?体調がいい時はご飯、モリモリ食べてるけどな。」
「そうなの?ならいいけど…。これ食べれる時に食べてよ。」スーパーの袋に入ったヨーグルトやプリンなどを冷蔵庫に入れていた。
「いつも、ありがとう。ご飯が美味しくない時が多いから助かるよ。」小さい声で言った。
「だろうね。でも、病人なんだから先生と看護婦さんの言う事、ちゃんと聞いてよ。」
「はい。」
「お、今日は素直だ。」
「龍之介には逆らえません。」胸を張って言うと、それが可笑しかったのか龍之介が笑った。俺もつられて笑った。同じ病室の人達には
「仲のいい親子ですね。」と声を掛けられた。
「有難うございます。」お礼を言った。そう見られている事が嬉しかった。隣で龍之介は照れていた。そんな龍之介を悲しませない為にも病気に負けない。今、穏やかに過ごしている龍之介とこれからも一緒に居る為には俺が病気に勝たなければいけない。そう思っていた俺の心とは裏腹に、病魔は俺の身体を蝕んでいった。
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