第55話

 龍之介が就職して一か月が経とうとしていた。

「どうだ、仕事は?」夕食を食べながら聞いた。

「あぁ、まぁまぁかな。」と言い、ご飯を口に入れた。

「そっか。まぁまぁならいいか。」

「そんだけ?もっと聞いてくるかと思ったのに。」と笑っていた。

「龍之介がまぁまぁって言ったんだろ?」と二人で笑い合っていた。こんな穏やかに龍之介と話をするのも久しぶりだ。今日は夜間のコンビニのバイトが休みなので、俺が夕食を作った。男二人で助け合いながら、生活するのもいいもんだ。

「お母さんの具合はどう?」

「あぁ、記憶の方はまだ戻らないな。先生も何時、戻るかは分からないって言ってた。」

「そうなんだ。」そう言って徐にテーブルに封筒を置いた。

「何?」

「初めての給料が入ってさ。少しだけどお金。」驚いたというよりも衝撃を受けた。悲しい衝撃じゃなく嬉しい衝撃だった。俺は涙が出そうになった。

「少なくて申し訳ない。まだ初任給だからさ。」と頬を人差し指で搔きながら苦笑していた。俺は俯いた。涙が零れる顔を龍之介に見られたくなかったから。

「…ありがとう。」

「お父さん、泣いてるの?」

「そんな訳あるか。目にゴミが入ったんだよ。」と目を擦りながら顔を上げた。

「泣くほど入ってないよ。」恥ずかしいのか照れながら、またご飯を食べていた。

「本当にありがとう。助かるよ。」俺は封筒を持ちながら龍之介に頭を下げた。

 美那が居なくなってから、仕事にユリの世話に追われていた毎日はロボットのように働くだけ。稼ぐだけで仕事へのやる気や情熱など、何の感情も無かった。まさか龍之介からお金を貰えるようになるなんて。生きてるとこんなにも良い事があるんだなと実感していた。

「そういえば、お父さん最近、痩せたね。大丈夫?」感情に浸っていた俺に突然、聞いてきた。

「そっか?」

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

「仕事の合間に食べてるよ。」

「ならいいんだけど。」

「ポッコリお腹の中年太りよりはましだろう。」そう言いながら昔よりも凹んだお腹を擦った。

「力仕事で鍛えられてるんだろうね。」

「そうだよ。ジムなんかに行かなくても痩せてお金が貰えるなんて一石二鳥だぞ。」

「ほんと、凄い。」と言いながら二人で笑った。だが龍之介に言われて気が付いたが、ご飯は食べてるけど昼間の肉体労働と夜間のコンビニバイトで忙しいからかと思っていたが、ご飯を食べても太らないなと最近、思っていた。だからと言って特に痛みや苦痛などは無い。忙しいからだとしか、この時の俺は思ってなかった。

だが、俺の身体は悲鳴を上げていた。

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