第54話

 龍之介が就職した。小さい企業だったけど、本人が楽しそうだからと選んで面接に行った。あの暴れた日が嘘のように、今は穏やかに過ごしている。根は優しい子だから暴れたのも龍之介の中では「悪かった」と感じているのではないかと親バカな俺は思ってる。

 美那の四十九日法要を無事に終えた。葬式には参列出来なかったユリを連れて行った。ユリは誰の法事かは分かっていなかった。俺達も美那である事は伏せた。これ以上の刺激は危険と思ったから、親戚とだけ伝えた。

 家族だけ…俺とユリと龍之介の三人だけの法事。俺はそれでいいと思った。美那を家族だけで静かに想いたかったから。

 龍之介のユリに対する気持ちが徐々に緩和されていた。記憶障害って言うのもあるが、姉の死も少なからず影響していると思う。俺は龍之介に対して、静かに見守っていこうと決めた。美那を守ってやることが出来なかった報いとして。龍之介まで失ったらと思うと生きた心地がしない。なんとしても守らなければと思っている、美那の分まで。


 ユリの症状は相変わらずだった。先生の勧めで病院ではなく施設に入所してはどうかと提案された。病院の系列の施設なので先生が今まで通り担当してくれるとの事だった。入院は緊急が無ければ長く入院出来ないのが現状だった。だが、今のユリを家に連れてきても昼夜仕事している俺には面倒見れないのが事実だ。ユリが一人でどこかに行っても困る。まして、龍之介の気持ちも考慮しなければならない。やっと昔の龍之介に戻ってきているのに、ユリが帰って来た事で情緒不安定になるようであれば一緒に生活は出来ない。今、二人を一緒にしても大丈夫だと思うが、今の俺は二人を同時に見守れる程、余裕が無い。ならば施設の手を借りる事も里中家を守るためには必要だと考えた。なので即、施設入所を希望した。しかも入院費よりも安くなるからだ。今は少しでも切り詰めて生活しなければ、事故の被害者に賠償出来ない所まで金に追い詰められていた。

「ユリ、引っ越ししよう。」俺はユリにそう言った。

「え?何処に?」

「今度は庭もあるから、ユリ、花を育てたいって言ってよな?」口角が上がり、みるみるうちに笑顔になっていった。

「いいの?」

「あぁ。好きな花いっぱいの庭にしよう。」

「ありがとう。嬉しい。」

「そんなに喜んでくれるとは思わなかったな。」施設への引っ越しにそこまで喜ぶユリを見ながら心苦しくなった。申し訳ないが背に腹は代えられない状況まで、追い詰められてるんだ。そうして施設での生活が始まった。他の利用者が居る状態で拒否反応を示すかと思ったが、意外とすんなり受け入れてくれた。助かった。正直、症状が悪化するのんじゃないかと恐れていたからだ。そんな俺の不安とは裏腹に

毎日、庭の花に水をやり、他の利用者とおしゃべりしたり、折り紙や音楽を聴いて穏やかに過ごしていた。

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