第53話
ユリの入院が長引いていた。薬を飲んでも効果は見られなかった。医者は焦らない方がいいと言っていた。龍之介は大学受験を諦め、就職すると言い出した。俺は大学に行ってもいいと言ったが、目標が見つからないのに大学に行っても意味が無いと職探しをしていた。ユリの事は未だに許せていない様子が見られた。しかし、ユリの中での龍之介はまだ小学生のままだ。そのため、成長した龍之介を見ても解らず、面会に行くと
「こんにちは。」と他人行儀に挨拶している。そんなユリに怒りをぶつける事など出来ないみたいだ。龍之介も他人行儀に
「こんちは。」と返すだけだった。病院に足を運んでくれるだけで龍之介がユリを少しづつ許し始めている証拠じゃないかと思っているから、俺は挨拶だけでもいいと思っている。いずれ時間が解決してくれる。
俺はユリの入院費と損害賠償を支払うために昼と夜を掛け持ちして働いていた。以前、勤めていた職場は美那の死をきっかけに辞めた。遅かれ早かれ解雇させようとしている職場に依存して居座る程、俺の神経は図太くない。まして、嫌味を言われながら仕事する位なら転職した方がましだ。昼は工事現場で力仕事に励んだ。初めは慣れない仕事に毎日、筋肉痛になってた。その度に龍之介が湿布を張ってくれていた。
「大丈夫?お父さんに力仕事なんて続かないんじゃないの?」と笑われた。
「初めは大変だけど、汗かいて仕事してると、意外と気持ちいいもんだぞ。慣れれば筋肉痛も無くなるから、暫く耐えるしかないな。」男二人で気ままに生活するのも悪くないなと。美那が居なくなった穴を龍之介が埋めてくれている。俺の傍に龍之介が居てくれて本当に良かったと実感していた。
「父さん、夜の仕事に行ってくるから。戸締り頼むぞ。」
「あぁ。解った。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」そう言って自転車に乗り、勤務先のコンビニに向かった。そう、俺の夜の仕事はコンビニ。接客業なんてした事無かったから、大丈夫かと不安だっが、仕事を選んでいる場合じゃないので必死に覚えた。レジ打ちや品出し、発注なんかも夜間にする事がある。コンビニは夜になると酔っ払いなど、女性では太刀打ち出来ないような客も多いらしく、直ぐに採用された。覚える事が沢山あって大変だったが、最近は慣れてレジ打ちもスムーズに出来るようになった。
朝の五時に交代の人が来る。俺は急いで家に帰り仮眠を取る。昼の現場と夜のコンビニの掛け持ちで睡眠時間が朝の二時間と夕方の二時間。初めは寝坊する事もあったが、人間てのは環境に慣れるもんだ。今では二時間すると目が覚める。
最近の龍之介は俺の激務を一番近くで見ている事もあって、食事を作ってくれるようになった。最初はレトルトのカレーだったが、近ごろは野菜や肉を買って、色んな食事を作るようになった。
「お父さんの身体の事も考えて、栄養満点に作ったよ。」とニンニク入りの野菜炒めやハンバーグなんかも作れるようになっていた。
「父さんよりも龍之介の方が料理が上手になったな。美味しいよ。」
「良かった。意外と料理、楽しいよ。」
「そっか?今は料理男子なんて言葉もあるからな。龍之介も料理男子に近づいたな。」
「まだまだだけどね。」と笑っていた。ユリの事故以来、塞ぎ込んでいたのが嘘のように元気になってきていた。
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