第48話 美那の心情⑫

 沈黙が続き、この場所だけ時間が止まったような空間だった。何も考えられない。考えたくもなかった。悠太の手を取り、何処かに逃げたい…そんな気持ちだった。でも、私よりも悠太の方が辛いんだ…。私まで一緒に辛そうな悲しい表情したらダメだ。そうだ、今まで悠太が私を支えてくれたから、今度は私が悠太の力になろう。

「…ご両親の離婚とか大学も辞めなきゃいけないなんて辛いよね。今まで私の前では元気に振舞ってくれてありがとう。私、悠太が居てくれて本当に助かったの。色んな事が乗り越えられたから。だから、今度は私が悠太の力になる。北海道に行ったら遠距離になっちゃうけど、私、バイト頑張って飛行機代、貯める。それで悠太に会いに行くからね。」涙を拭い、手で握りこぶしを作り、ガッツポーズをしてみた。その姿に悠太が目を丸くして驚いていた。

「…ぷっ、あはははっ。」店内の人がみんな、何事かとこっちを見る位、大きな声で悠太が笑った。その笑い声につられて、私も笑った。

「美那って最高。」

「え?私ってそんなにいい女?」

「はぁ?いい女とは言ってない。」

「えー、そこは否定しないでよ。」また二人で笑いあった。

「美那、ありがとう。俺…北海道に行くことになったらもう別れなきゃいけないと思ってた。」悠太が真剣な顔で話し始めた。

「でも、美那が遠距離って言ってくれたから…俺、向こうに行ったら頑張って働く。お袋と弟は俺を頼りにしてるから。でも、飛行機代も稼ぐ。それで美那に会いに来るよ。」

「うん。離れ離れになっちゃうけど、心は一緒だよ。」

「あぁ。俺、美那で良かったって今、実感してる。すっげー幸せだもん。」

「悠太、そこは美那で、じゃなくて美那が良かったでしょ?」

「あれ?そのセリフ、前に俺が言ったような…。」

「そう。そのままお返しします。」

「マジか、やられた。」また二人の笑い声が店内に響くと、周りのお客さんに白い目で見られた。二人で口元を抑えながら軽く頭を下げた。

良かった、悠太が元の元気な姿に戻って。遠距離は正直、すごく不安。でも、私には悠太が必要なの。だから、悠太とは何があっても絶対に別れない。直ぐに会える距離に居ないのは寂しいし心細い。それは悠太も一緒だと思う。だから耐える。辛いのは私だけじゃないんだもん。心に誓った。だが、この先、想像を超えるような出来事が私に襲ってくるなんて、この時の私は分かっていなかった。

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